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「おや、急に大人しくなっちゃったね。これでもお食べ」

なぜか、エドとドリード将軍、そして総統と一緒にティータイムが始まった。
対面にエドとドリード将軍が並んでソファーに座り、総統はというと、俺の脚の間に座っている。
くるりと後ろを振り返った総統が焼き菓子を俺の口元に差し出して来る。

「いや、いいで……むぐっ」

断ろうとしたら、口の中へ突っ込まれた。
出すことも出来ずにそのまま咀嚼する。
あ、おいしいっ!

「ははっ、ジハイルの伴侶はかわいいねぇ」
「え、かわっ!?」

かわいいって何だよ……。
俺は男だぞ。

「はははっ、ほら、かわいい」
「え……」

総統の指が俺の頬を突っつく。
無下に振り払う事も出来ず、総統が脚の間にいるから逃げる事も出来ない。
こんな状況を救ってくれたのはエドじゃなくてドリード将軍だった。

「アリアス様。セルファード公の伴侶の方がお困りですぞ」
「私の周りにいるくせ者たちなんて、セイジのように素直に喜怒哀楽が顔に出ないだろ?腹の中で本音を隠しちゃって全然かわいくない」
「それは、私も含まれているのですかな?」
「んー。お前は怒る時だけ素直だよね」

総統とドリード将軍のやり取りを聞いている俺は自分の顔を触った。
俺、無意識のうちに表情に出てた?

「ふふふっ、ジハイルの伴侶がこんなかわいい子だなんて、ウィルバーもリジーナも想像していなかっただろうね」
「?」

ウィルバーとリジーナって誰だろう。

「おや。この二人を知らないの?」

また、顔に出たのか、何も聞いていないのに総統は心の中で思っていた疑問に笑いながら答えてくれた。

「ジハイルの父親と母親だよ」
「ジルの、お父さんと、お母さん……」
「そうだよ。二人の事は聞いていないのかい?」
「えっと、亡くなっている事しか知らないです」
「ジハイルは答えてくれなかった?」
「いや、俺が聞いていないだけで……」

なんか本人に聞くのも悪い気がして、詳しく聞けずにいた。
総統はソファーから下りて、俺の方を向き、身を乗り出して覗き込んで来る。

「聞けば教えてくれると思うよ。あれは皆知っている事だしね」

総統の目が細くなる。
あれって何だろう。

「私から教えてあげようか。リジーナがウィルバーを殺し、そして当主殺しのリジーナをジハイルが断罪した」
「え?」
「当主殺しは大罪でね。次期当主であるジハイルがリジーナを殺すのは当然の権利だ」

さらりと告げられた言葉に頭が追いつかない。
ジルが……母親を殺した?
困惑している俺を余所に総統は話し続ける。

「私は反対だったんだ。リジーナを伴侶にするとウィルバーから聞いた時から。絶対うまくいかないってね。男女間の問題ならまだしも、これは種族の問題でもあったし。でも、ウィルバーの意志は固くてね。リジーナはともかく本人は幸せそうだったし、ジハイルも生まれて順調そうに見えていたんだけど……」

ダメだったね、と伏目で呟いた。
俺は少し早くなっている鼓動を感じながら、口を開いた。

「あの……。お父さんとお母さんが亡くなったのってジルが十二歳の時って聞いたんですけど」
「うん、ジハイルが十二の時にあった事だよ」

特になんでもないような感じで総統は言うけど、俺はさらに鼓動が早くなって、手が震えてくる。
ジルは、一体どんな気持ちだったんだろう。
自分の母親が父親を殺し、そして母親を殺さなくてはならなかった十二歳のジル。

「泣きそうにならなくてもいいよ。確かにあれは悲しい出来事だった。だけど今は君という伴侶を得て、ジハイルは幸せなんだからね。そういえば、私がジハイルに会いたいって言っても会わせてくれないくらい大事にしているセイジがどうしてここにいるのかな?アートレイズ公と一緒にいたって事は彼に連れて来てもらったのかな?」
「あ」

本来の目的を思い出して、俺は向かい側のソファーに座っているドリード将軍に視線を向けた。
総統は俺の横に座って、腕を絡めてきた。

「あの、腕……」
「いいじゃないか。私はセイジが気に入っているんだから」
「え……」
「ほら、ドリードに用があったんだろ?」

俺は総統にひっつかれたまま、ドリード将軍と目を合わせる。
すると、ドリード将軍は深く頭を下げた。

「貴方がセルファード公の伴侶の方だとは知らず、無礼を働いた事、お詫び申し上げます」
「え、いやっ」

魔界の四大将軍の一人に頭を下げられるなんて、どうしたらいいか分からない。
ジルの屋敷から連れ去られそうになった時は驚いたけど、別に怒りとかは全くないし、むしろこれからお願いをする身だし。

「あの、頭を上げて下さい。勝手に敷地内に入った事はまずかったとは思いますけど、俺自身に詫びる必要はないんでっ。 ドリード将軍にジュリーの、あの時の事件で何があったのか知らせたくて来たんです」

ドリード将軍は頭を上げ、真剣な顔つきで頷いた。
俺はエゼッタお嬢様からジュリーを助けた事がきっかけでニナさんと知り合った事から話し始めた。
ジルと喧嘩した時、無意識にリグメットへ転移してしまい、そこでニナさんに今度は自分が助けられて、少しの間、家にいさせてもらった時に、キットさんと同じ研究室のイースさんが二人を……。
あの時の状況を思い出して俺は、一旦、話を止め、ぎゅっと目をつぶった。
俺の腕にひっついている総統が、レヴァの影ね、と呟く。
その言葉にドリード将軍が口を開いた。

「大学の教授一家が襲われたのもレヴァの影を調べていた故に起きた事件です。イースという者は事件当日から行方不明になっていて、追ってはいるのですが、過去の経歴は全て偽りのものであり、捜査は難航しています」
「ドリードが手こずっているなんて珍しいね。まぁ、セイジの話によると、自身の影を操る事が出来るみたいだし、ただの小者ではなさそうだ」

総統は口角を上げてニヤリと笑う。
美しい少年の顔から禍々しさがにじみ出ている。
やっぱり魔界を統率する総統なんだな……。

「でも、いつまでもかくれんぼに付き合っている暇はないよ。それは分かってるよね?」
「承知しております」
「ウルドバントンっていうお馬鹿さんとその一味もコバエのように飛び交っているし、相手にするのも飽きてきたから、そろそろ一掃しようかな」

クスクス笑っている総統を見て、俺はふと疑問に思った事を声に出してしまった。

「あの……なぜ、ウルドバントンは総統を狙っているのですか?」

総統がちらりと俺を見て、冷たい笑みを浮かべた。
背筋がゾッとして体を引いたけど腕を絡められているため、動けない。

「はははっ、怖がらせちゃったかな?ウルドバントンの数々の愚行を思い出して、つい笑いがこみ上げてしまったよ」
「いや、あの……変な事を聞いてすみません」
「別に話せない事ではないよ。知りたかったら教えてあげる」

そう言って、総統から教えられたのは、ジルの出生にも関わっていく過去の出来事。
そして今のレヴァ・ド・エナールで起きている問題に繋がっていく話。





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