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久しぶりにエドの屋敷に足を踏み入れ、転移鏡がある部屋から隣の部屋へと移動する。
夜だからか、いつもなら知っている顔がいる部屋は静まりかえっていて誰もいない。
薄暗い室内をそっと歩いてドアを開けると、壁に付けられている淡い灯りの照明が長く続く廊下をぼんやりと照らしている。
そういえば……エドの屋敷の中を歩くのは初めてだな。
勝手に歩き回っていいかな?と思って部屋から出る事を躊躇ったが、俺には時間制限があるのでエドを探す為、前に進み出た。

「す、すみませーん」

小さな声を出してみるが、誰の反応も返ってはこない。
いくつかの廊下の角を曲がって歩き進んではいるものの、これまで誰にも会えず。
こ、困った……。

「エド、ユーディ、ニケル、ウェルナン、どこだよー」

引き返した方がいいかな。
ジルの屋敷でも迷子になった経験があるし。
それに見慣れてない屋敷の中って、お化けが出そうな雰囲気を醸し出していてすごく怖い……。
よし、引き返そう!と決めて振り返ろうとした時。
真後ろに誰かの気配がして、足から頭の先まで震えが一気に走り、身体が硬直した。
首に冷たいものが当たって、耳元に吐息が掛かる。

「ひぃっ!?」
「おや、誰かと思ったら仔ウサギ君じゃないですか」

振り向くと手に短剣を持ったウェルナンがフフと笑った。
そして笑んだ顔のまま、もう少しで殺してしまうところでした、と言われ背筋がゾッとした。

「あ、あの、エドは……?」

引き攣った顔で問うと、もう少ししたら帰るらしく、エドが来るまでウェルナンが修業の相手をしてくれるという申し出に、喜んで飛び付いた。

「ありがとう!ウェルナン!」

さっそく部屋に戻ると、なぜか背中や腕や関節などを触られた。
しばらくして、一つ頷いたウェルナンに剣を渡される。
だがこの間使った剣より刃が短い。

「これ、短剣?」
「そうです。仔ウサギ君には攻撃する剣術ではなく、護る剣術を教えます」
「護る?」

ウェルナンがいきなり、俺に攻撃を仕掛けて来た。
間近に迫る長剣に驚いて、身体が硬直する。
鋭い切っ先が俺の胸の手前で止まった。

「死んでますよ、仔ウサギ君」
「だ、だって……」

急に来たからと言おうとしたけど、その言葉は声に出さずに飲み込んだ。
実戦だったらそんなの理由にならないからだ。

「もう一回、お願いします」

胸元にあった切っ先が引いて行って、ウェルナンが俺から距離を取る。

「俺から目を逸らさないで、この剣の軌道を読みなさい」
「う、うん」

すごく難しい事を言われているけど、がんばるしかない。
一歩踏み出したウェルナンが剣を振りかざす。
俺はその一撃を短剣で何とか受け止めた。
刃がぶつかり合う高音が部屋に響き渡る。
ウェルナンの力が強くて、受けて止めている手がプルプルと震え始めた。

「重いでしょう?そのままだと押し潰されてしまいますよ」
「どうしたら……っ、お、重っ」

ウェルナンはどんどん力を入れて来る。
押し返せないなら、何とかして逃げないとっ。
だんだん身体が沈んで行って、膝が絨毯に着いてしまった。
すると今まで手に圧し掛かっていた重みが突然消え、目の前に切っ先が。
反射的に目をぎゅっと強く瞑る。

「――っ!……、……?あ、れ?」

痛みも何もなく、恐る恐る目を開いて見上げれば、ウェルナンがノンフレームのメガネのブリッジを指で押し上げて肩を竦めていた。

「剣の軌道を読みなさいと言ったのに、なぜ目を瞑るのです?」
「うっ……」
「殺してほしいのですか?」
「ううっ」
「目を瞑るのは死ぬ時でいいんですよ」

剣を持ち直したウェルナンは再び切り込んできた。
さっきよりもスピードが速い。
ちょっ!?
必死に目で剣を追う。
胸元に飛び込んできた長剣を短剣で受け止めようとしたが、寸前で腹部を裂くように軌道を変えた。
しかも途中で止める気配がない。
き、斬られるっ!

「――っ!!」

本能で感じ取った危機がレヴァの力を引き出す引き金となった。
俺とウェルナンの間に小さな爆発が起きる。
俺は反動でひっくり返るように転がって、ウェルナンは後方へ大きく跳躍した。

「左手で光球を出し、それを斬られる直前の刃に当てましたか」
「あ、ごめんなさい」

剣ではなくてレヴァの力を使ってしまった事を謝ると、ウェルナンが微笑する。

「剣術しか使ってはいけないというルールではないので、いいのですよ。それに実戦だったら持っているもの全ての力をどう選択して使っていくかが重要になって来ますからね。さて、まだ続けますか?」

俺は、もちろんと大きく頷いた。
ウェルナンの剣術指導を受けて、しばらくした頃、聞き覚えのある声が耳に入って来た。
その頃の俺はレヴァの力も体力も無くなって、絨毯の上で息を荒くして座り込んでいたが、ようやく目当ての人物の登場に顔を上げる。

「よぉ!久しぶりだな、セイジ」
「あ、エド――」
「あ〜ん!聖くーん!会いたかったぁ〜っ」

俺の言葉をユーディが掻き消し、両腕を広げてドアから一直線に走って来る。
キオがいないので、障害物がないユーディは俺に思いっきり抱きつく事が出来た。
疲れ果てていた俺は受け止めきれず、絨毯の上に倒れてしまう。
ユーディはここぞとばかりに密着して、目をうるうる潤ませている。

「聖くん」
「やだ」
「ちょっと、まだ何も言ってないでしょ」
「離れろって」
「せっかく聖くんに会えたのに、どうして離れないといけないのぉ?」
「くっつかなくても会えてるだろ!」

ぎゃあぎゃあと騒いでいると、エドが来てニヤニヤと笑っている。
ムッとした俺はユーディを何とかしてくれるように頼んだ。
だけど、すぐ傍のソファーに座って、ウェルナンと会話を始めた。

「エド!」
「聖く〜ん」
「ちょっ、擦り寄るな!」

ユディの顔を手で思いっきり押しやっていると、救世主がすぐ傍に現れた。

「ユーディ、離れなさい」

ニケルだ!
絨毯の上から見上げて、慌てて目を逸らした。
相変わらず、隠してほしいところを隠してないというか、そんな感じで……下から見るとすごい危険だ。
ジルの屋敷にはニケルのような女の人がいないから、見慣れてない俺はかなりうろたえてしまう。

「もー、聖くんのバカー!」
「何だよ!」

俺を見たユーディが怒って、ポカポカと叩いて来る。
直ぐにニケルがユーディの首根っこを掴んで引き離してくれた。
やっと起き上がると、エドに手招きされた。

「会わなかった間に面白い事あったか?」
「面白い……?」

俺の頭の中に早送りでジルの城に行ってから、今に至るまでの映像が流れた。
全部面白かったら良かったのだが、大変だった事の方が大きかったので溜息が出た。
何かあった事に感付いたエドは俺を隣に座らせて肩を組んで来る。

「何があったんだよ」
「えっと、何から話せばいいか……」




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