そっと目を開くとそこは見上げる程高い天井がアーチ形になっている大きな廊下だった。
蝋燭の灯火が揺らめいているシャンデリアが等間隔にぶら下がっていて薄暗い廊下を照らしている。
どこだろう、ここ。

「あの、ここは……?あ、俺、歩きます」

抱きかかえられていたままだったからラヴィアさんの腕から下りようとする。
けど、ダメだった。
身体にしっかりと回された腕は外れなかった。
それに。

「ああ、もし君が無実だというのなら大人しく私に運ばれていなさい。 ここは本来立ち入ることなど出来ない区間だからね。へたに動いていると怖ーい近衛隊達に 捕まえられてお仕置きされてしまうよ」

思わず、ビクッと身体が揺れる。

「怖い近衛隊達?警備隊じゃなくて?」
「そう、警備隊じゃなくて近衛隊だ」
「?」

警備隊と近衛隊の違いが良く分からない。
俺の顔を見て笑ったラヴィアさんが説明してくれた。
警備隊は主に領内の治安維持と城の警備で、近衛隊は領主の警護だそうだ。
ちなみに近衛隊は一般公募はしていなくて警備隊の中から選ばれるとか。

「特に近衛隊副隊長には気を付けた方が良い」
「何で?」
「彼を怒らすとすごく怖ーいからだ。頭からバキバキ食べられてしまうよ」
「え!?」

顔を引き攣らせて身体を強張らせる俺にラヴィアさんは小さく噴き出した。
も、もしかしてからかわれた?
うぐっ!
文句を言ってやろうと思ったら――。

「では、バキバキと頭から食べてもよろしいでしょうか。ラヴィア隊長」

廊下には俺達以外、誰もいなかったはずなのにすぐ傍で声が聞こえて来て、どわぁっ!!と声を 上げてしまった。
それも俺一人だけ。

「おや、大変だ。噂をすれば近衛隊副隊長に見つかってしまった」

大変だと言いつつも慌てた様子もなく冷たい視線でラヴィアさんを見る副隊長にふわりと笑う。
副隊長は短めの黒い髪に碧の瞳をした外見は20代前半くらいの細身で長身の美形だ。
目を細め、睨んでいる姿がどこかレイグと重なって、 俺が睨まれている訳じゃないけどなぜかハラハラしてくる。
副隊長は怒りを抑えた声を出した。

「……分かっているのですか?今の貴方の立場を」
「分かってるよ。だから大人しくしているではないか」
「ほう、大人しくですか。近衛隊の少なくとも5名の目がある所にいなくてはならない貴方が どうして勝手に一人で行動しているのですか」
「勝手にではないよ。彼らが私の傍を離れただけではないか」
「――っ!」

あ、副隊長の眉間に深い皺が刻まれ、カッと目が見開いた。
身体からものすごく怒気が立ち上っている。
こ、怖えぇっ。

「それは貴方がほいほい転移をするからでしょう!転移符を使わずに転移を出来るのは この城の中で貴方を含め一握りしかいないのですよ!それにその腕の者は一体誰です!?」

ギッと鋭い目が俺に向いた。
ぎゃあ!!

「こら、ディアルカが睨むから驚いているではないか」

マジでビビっていたらラヴィアさんの手がよしよしと俺の頭を撫でて来た。

「貴方がいつもそうだから、警備隊の者達から疑われてしまうのですよ!」
「警備隊というよりは、あの女だけだが」
「貴方だけではなく、近衛隊全体によからぬ噂まで立っている事を知らないとはいわせませんよ」
「ああ、近衛隊全員がウルドバントンの配下だという事か?」

俺は目を見開いてそうなの!?と叫んでしまった。
すぐに副隊長が否定したけど。
ラヴィアさんがふぅと愁いを込めた溜息を吐いた。

「もともと近衛隊と警備隊はあまり仲が良くなくてねぇ。私のバカな父親が ウルドバントンの一味になってしまったおかげで肩身の狭い思いをしているのだよ」
「え!?」
「何があったとしても私の忠義はセルファード公に捧げているのに。それを分かってくれない 警備隊の者がいてね。困ったものだ」
「困っているのはこっちですよ。で、その者は一体誰なんですか?」

ものすごく怪しい目で見られている俺。
それはそうだろう。
どうやって説明をしたらいいだろうか。
言葉に詰まっていると俺を抱えたままラヴィアさんが歩き出す。
その後を追いかける副隊長のディアルカさん。

「隊長、どこへ?これ以上、勝手な真似は……っ!」
「ディアルカ、もしかしたらこの子は我々にとってプリンセス……いや、クイーンかもしれないよ」

並んで歩くディアルカさんにラヴィアさんが横目で笑みを見せる。
途端に訝しげな顔になるディアルカさんがクイーン?と聞き返す。
クイーンって女王の事だよな?
俺、男なんだけど。

「隊長、そっちは執務室ですよっ」
「そうだね」

ディアルカさんが声を上げて平然と返答して来たラヴィアさんの前に回り込み、 立ち塞がった。

「こら、どきなさい。通れないではないか」

ラヴィアさんが子供のいたずらを叱るような声を出すとディアルカさんの怒りの視線がなぜか俺に向いて来た。
俺は咄嗟に視線を逸らす。

「その者の素性が明らかになっていないのに、これ以上は行かせません」
「だから、クイーンかもしれないと言っているのに」
「かもしれないだなんて隊長の推測ではないですか。それにクイーンとは何ですかっ」
「それは後で分かる事だ。隊長命令だよ。どきなさい」
「いいえ。私が近衛隊副隊長である以上、セルファード公に害をなさないと判断できていない者を 近づかせるわけにはいきません。例え、近衛隊隊長の命令だとしてもです」

凍えるような冷たい視線をラヴィアさんにぶつけてくる。
それにフッと笑ったラヴィアさんだったが……。

「その心得はとてもいい事だ。しかし」

一瞬で周りの空気がずしりと重くなる。
俺はヒュッと息を呑んだ。
ラヴィアさんから殺気が放たれている。

「この私が考えもなしに行動するとでも思っているのかい?私のセルファード公に対する忠義を 君はまだ知らないのかな?」
「い、いいえ」

若干、顔色が悪くなってるディアルカさんが頭を振る。
それを満足そうに見たラヴィアさんは頷いて再び歩き出した。
殺気から解放されて息を整えた後、俺はそっと質問してみる。

「あの、ラヴィアさんってレヴァの……上位ですか?」
「ん?まぁ、そうだね」
「近衛隊隊長なんですよね?」
「ああ、そうだよ」

なんともないようにさらりと答えた。
上位なのにジルに仕えているんだ。
しかもすごく忠義心があるみたいだし。
なんでだろ?

「さて、こちらにセルファード公がいらっしゃれば良いけれど」
「え?」

考え込んでいた俺は瞬きをして呆けた顔でラヴィアさんを見る。
ここにジルがいるの?

「いるんですか!?ここにジル、じゃなくてっ、セルファード公が!」
「ふふふ、言い直さなくても良いよ。君はセルファード公の事をいつも“そう”呼んでいるのだろう?」
「……」

恐る恐る頷く俺にほほ笑みを向けながらラヴィアさんが大きな両扉をノックする。
いる……。
ここにジルがいる。
会える、会えるんだっ!




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