18




どれだけ怒鳴っても動こうとしないジルを一睨みしてから離れ、廊下に繋がるドアまで早足で近寄った。
ドアノブを掴み、捻るが鍵が掛かっている。

「壊れろ」

レヴァの力を発動させ、手のひらに出した光球をドアノブに当てた。
大きな爆発音と共にドアが半分吹っ飛び、ごなごなになった。
ドアノブだけ壊そうとした俺は予想外の破壊力にギョッとしたが、廊下に出る為、一歩踏み出そうとした。
――しかし。

「聖司」

ジルが腕を掴んで部屋に引き戻した。
頭にきていた俺は激しく抵抗して、何とか廊下に出ようとする。
その時、振り回していた右腕だけが廊下側へ出た。
すると、紫色の魔法陣が突然浮かび上がり、壁のように立ち塞がって腕を弾き戻した。
バチンっと大きな音がした後、痛みが右腕を襲う。

「痛っ!」

今のは何だ?
驚いて半壊したドアの内側から廊下を見るが、さっき一瞬だけ浮き上がった魔法陣はなくなっていた。
そーっと、右手を廊下の方へ伸ばしてみる。
しかしその手はジルに握られてしまった。
すぐに寝間着の裾を捲ら……破かれた。
肩の所まで引き裂かれた時、重みのある低い声が聞こえて来た。

「如何なされましたか?」

振り向くと廊下に初めて見る黒服姿の男の人がいた。
髪も瞳も黒いその人はジルの身長を軽く超えていて、黒服を着ていても筋肉が盛り上がっているのが分かる程、体格がとても良い。

「腕が腫れていらっしゃいますね」
「あの……」

貴方は誰ですか?と尋ねようとしたら、キオやヴィーナ、それにレイグも駆け足でジルの部屋にやって来た。
ドアの惨状を見たレイグが俺に向かって舌打ちをする。
あっ、あの魔法陣はレイグの仕業か!
くっそー、あんな痛いものを仕掛けやがって。
ヴィーナが俺に近寄ろうとしたが、黒服の人から何かを頼まれたのかどこかに行ってしまった。
黒服の人とキオは室内の灯りを全部付けていく。
そのおかげで自分の腕の怪我がよく見えるようになった。
血は出てないけど、二の腕から手首まで火傷したように赤く腫れてしまっている。

「うわ〜」
「ご主人様、今治しますから!」

キオが手を俺の腕に翳すと温かさが腕全体に伝わって来て痛みが引いていき、赤みもなくなって完治した。

「キオ、ありがとうな」

礼を言うとキオがホッとした表情を見せる。
頭を撫でようとしたけど、ジルに引き寄せられて抱き込まれ、腕を持ち上げられたと思ったら……そこに唇を落とされた。
ちょっ!何してんだよっ。
慌てて腕を引き戻して睨みつけた。
元はと言えば、ジルが命令してレイグに魔法陣を張らしていたんだろ。

「離せよっ!」

身体に腕が巻きついてジルが離れない。
俺がもがいていると、ヴィーナと双子のメイドのレイラさんとライラさんがやって来て、壊れたドアの片づけを始めた。

「あ、俺も」

片付けをやらなきゃ。
ドアを壊してしまったのは俺だ。
知らんぷりは出来ない。
だけど、ジルに抱きかかえられて寝室へと強制的に連れて行かれそうになる。

「ジル!離せっ!」

セバスさんを連れ戻さなきゃいけないし、ドアの片づけもしなきゃいけないのに寝室なんて連れて行かれたら最後、明日からジルの部屋からではなく寝室から出してもらえなくなるかもしれない。
話し合いをしたところでジルがセバスさんを呼び戻す考えになる確率は低いだろう。
ジルは一回決めたら譲らないもんな。
俺は藁にもすがる気持ちでヴィーナを呼ぼうとした。
だけど、ヴィーナは結局ジルの味方だし、レイグは問題外だし。
キオに助けを求めるのはあまりにもかわいそうだし危険だ。
えっと、誰か、誰か。
最終的に俺の目に映ったのは……。

「あのっ、ジルを止めて下さい!!」

名も知らない、さっき会ったばかりの黒服の大きな男の人に訴えた。
黒色の瞳が俺を見てから視線をジルに移した。

「ジハイル様。私の自己紹介を含め、奥様と少しの間、会話を交わす事をお許し下さい」

ジルは何も言わず、腕を緩め俺を絨毯に下ろした。
大きな男の人は、ジルに礼を言って俺の目の前に来ると跪く。

「御挨拶をする予定が少々早まりましたが、昨日までセルファード家に仕えていた執事のセバス・チャンに代わり、今日からジハイル様と聖司様のお世話をさせて頂く事になりました、ヴァンスター・ヘーゼルと申します」
「え?……と」

この人がセバスさんの代わりに来た執事って事?
ヴィーナより少し年上くらいで初老のセバスさんと比べたら全然若い……ヴァンスターさんが?

「不安に思われるかもしれませんが、全身全霊をかけて努めて参りますので、ご安心下さい」
「いえ、あの……でも……」

えっと、待って。
ヴァンスターさんが執事をしたら、セバスさんが戻って来れなくなっちゃうじゃないか。

「セバスさんは……っ」
「セバス・チャンは解雇されました」

きっぱりと事実を言うヴァンスターさんに思わず非難の目を向けてしまう。
そんな俺の視線を気にすることなく受け止め、言い聞かすようにゆっくりと話し始めた。

「なぜ解雇されたのか申し上げますと、前執事は当主であるジハイル様の信頼を失ったからです。屋敷の管理をジハイル様から直々に任されていました。しかし、屋敷内で伴侶である聖司様が危険に冒された。それも一度や二度だけではありません」
「そんなの!セバスさんがそうさせたわけじゃないじゃないかっ!今回だって誰が悪いわけじゃない!偶然、転移鏡があって、俺がっ!」
「聖司様、どんな事があろうと、それが偶然であろうとなかろうと、我々、主に仕える者にとって、そこに至る過程ではなく結果が全てなのです。前執事が務めを全う出来なかったという結果は主の信頼を失う事に繋がり、そしてセバス・チャンは解雇という形で責任を取ったのです」
「そんなの……。そんなの、酷いよ……」
「貴方が庇えば庇う程、彼の執事としての誇りを貶める事になりますよ」
「――っ!」

俺が何かをしてもそれはセバスさんの為にならないと理解してしまってこれ以上何も言えなくなってしまった。
だけど、この状況を素直に受け入れるのにはまだ納得いかない自分がいる。
これは……俺の我がままだ。
失くしたものを取り戻したいのに再び手にする事が出来ない子供のだだこねと同じだって分かってる。
取り返しのつかない状況を作ってしまった悔しさが滲み出て来て唇を噛みしめた。

「それから、ジハイル様を責めるのもお止め頂きたい。本来なら、もっと重い処罰を与えられてもおかしくはなかったのですから」

じわりと目に涙が溜まっていく。
みんながいるところで泣きたくないのに。
自然と唇を噛む力を強くした時、ジルの手が俺の目元を覆って引き寄せられた。
するとジルが命令したのかそこにいたみんなが部屋から退出していく気配がした。
誰もいなくなって物音一つ聞こえなくなる。

「聖司」
「ひとりにして……」

抑揚のない声を出した俺をジルは抱き上げて寝室へと運ぶ。
俺を抱くその手はとても優しい。
肩に顔を埋めたまま、ごめんと呟いた。
セバスさんがいなくなって一番困るのはジルだ。
幼い時に両親を亡くしてからもずっと世話をしてくれたセバスさんを何も考えず簡単に辞めさせる訳がないじゃないか。
ジルにセバスさんを辞めさせたのは俺だ。
悪いのは、愚かだったのは……気楽に考えていた俺自身だ。

「ごめん」
「……」
「ジル、ごめん」
「謝るな」
「ひっ……く……うぅっ……うっ」
「泣くな」

この後、ジルが仕事に行くまでの間、ずっと腕の中にいた。




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