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セバスさんとお茶をするだけだっていうのに、すごくテンションが上がるんだけど!
俺がセバスさんの分のお菓子を取ろうとしたら、紅茶だけでと言われてしまった。

「もしかして、セバスさんって甘いもの苦手ですか?」
「いいえ、そんな事はありませんよ」
「じゃあ、どれ食べますか?」

ソファーから立って仁王立ちする俺に、セバスさんは困ったように笑って、自らガレット・デ・ロワをもう一切れ用意した。

「では、これを頂きます」
「うん、それおいしいよって……セバスさんに教えてもらったんだもんね」

座った後、キオにもお茶をしようよ、と声を掛けた。
いつもならすぐに反応して嬉しそうにお菓子を選ぶのに、左右に頭を振る。
そして紅茶を入れようとしているセバスさんの所に行って頭を下げた。

「先生。僕に入れさせて下さい」
「キオが入れてくれるのですか?」
「はい」

頭を上げたキオは背筋をまっすぐに伸ばし、セバスさんを見つめた。
キオを見下ろすセバスさんは先生のように厳しい表情をしていたけど、優しくほほ笑んでからその場を譲り、俺の向かいのソファーに腰を下ろした。

「セバスさんの一番好きなお菓子って何ですか?」
「お菓子の中で一番ですか。そうですね……ガレット・デ・ロワです」

へー、ガレット・デ・ロワが好きなんだ。
おいしいもんなぁ。
セバスさんが上品にガレット・デ・ロワを一口食べた。
思わず見つめてしまう。

「どうですか?」

俺が作った訳じゃないけど、気になって聞いてしまった。
ゆっくりと味ってから飲み込んだ後、セバスさんはニッコリ笑った。

「とてもおいしいです。昔から変わらない味です」
「昔から?」
「初代の当主の時代からアヴァロン家は代々料理長を任されています。そのレシピも受け継がれているのですよ」
「初めからブレーズさんのご先祖様は料理長をしていたんだ。すごいね。そういえば……セバスさんは」

セバスさんはいつからこの屋敷で仕えてたんだろう。
そう思って聞こうとしたら、ちょうどキオがセバスさんの紅茶を入れて持って来た。

「先生、どうぞ」
「ありがとうございます。キオ」

自分の入れた紅茶がどう評価されるのか緊張しているキオはセバスさんの傍で姿勢よく立っている。
目や鼻、口でキオの紅茶を確認したセバスさんがゆっくりティーカップをソーサーに戻した。

「キオ」
「はいっ」
「今までとても努力しましたね。ルノッサムの茶葉が最大限に生かされている。これならどこで出しても恥ずかしくない味です」
「先生……」
「おいしいです」
「……っ」

キオの空色の大きな瞳から、ぶわりと涙が溢れて来てボロボロと大粒の涙が頬を流れ落ちていく。
初めてキオの紅茶がセバスさんに認められて俺も嬉しくなって思わずもらい泣きしてしまった。
絨毯の上で蹲って泣いているキオに近寄った。

「良かったな、キオ」
「ひっ、う……く、ひぃっく」

しばらくしても泣き止まないキオに俺は笑ってキオの背を擦ってやる。

「ううーっ、ひっ、ひっく」
「キオ、どうした?」

泣き止む様子がなく、さすがにおかしいと思い、伏せている顔を覗き込む。
すると、しゃくり上げながら顔を上げ、必死に何かをセバスさんに訴えようとした。
しかし泣き声のせいで言葉にならず、何を言いたいのか分からない。
困ってセバスさんを見ると、いつもの厳しい先生の顔でキオに注意をした。

「キオ、主の前ですよ。いつまで泣いているのですか。立ちなさい」
「ひっ、く、はい……せん、せい」

立ち上がるキオを片膝を付いた状態で見上げていたら、セバスさんの手が目の前に伸びて来た。
手を重ねると引っ張られ、立たせられる。
ソファーに誘導されて、素直に座ると、握られている手はそのまま離されず、セバスさんは俺の傍らに跪く。

「聖司様、キオはあのようにまだまだヴァルタとして未熟です。ですがどうか一つ一つ、成長を見守ってあげて下さい」
「え?ああ、うん。キオはとてもがんばってるよ。一人前のヴァルタになるのが楽しみだよね」
「ええ、そうですね」

優しく、時には厳しい先生になるセバスさんはニッコリとほほ笑んだ。

「聖司様」
「何?」
「この先、ジハイル様と聖司様が苦難の道を歩むことになったとしても、きっとお二人の愛の力で乗り越えられるでしょう。私はそう信じております」
「あ、愛!?」

セバスさんの口からさらりと愛の力という言葉が出て来て、俺は過剰に反応してしまった。
ちょっとばかり顔が熱くなる。

「ちょっと、いきなり変な事を言わないで下さいよ」
「ホッホッホ」
「セ、セバスさんっ」

困ったような声を上げる俺に慈しみに溢れた瞳を向けた。
握られた手にほんの少し力が入れられた。

「ジハイル様の伴侶が貴方で良かった。本当に良かった。性根が真っ直ぐで、情が深く、弱き者の盾になろうとする強い心……。なんて素晴らしい奥様なのでしょう」
「お、奥様って言うの止めて!それにおだてたって何も出て来ないですよっ」

セバスさんは、笑った後、穏やかな表情のまま、口を開いた。

「いつまでもジハイル様と聖司様の幸せを願っています。短い間でしたが、聖司様をお世話出来た事、生涯忘れません」
「え?」
「私に至らぬ所があり、聖司様を幾度も危険に晒してしまった事、心からお詫び申し上げます」
「セバスさん?」

するりと手が離れ、セバスさんが立ち上がった。
そして、とても綺麗な礼をする。
セバスさんが頭を上げ姿勢を正して直立になった時、俺は埃の一つ付いていない黒服を咄嗟に掴んだ。




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