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「セバスさん、俺はただ、みんながどうなっているか知りたいだけなんだよ!また城に行きたいとか言っているわけじゃないんだ」
「聖司様」
「セバスさん!」

セバスさんの手が俺の手を取り、ソファーへと導く。
俺がそこに腰を落とすと、傍で跪いた。

「あの日、屋敷の中をどれだけ探しても聖司様はみつからず、外へ出て行った可能性も考えましたが、その形跡さえありませんでした。運よくレイグ殿が書庫で聖司様のお姿を見ていましたので、書庫を隅々まで調べたところ、隠し扉をみつけ、階段を下って行くと、埃の中に足跡が残されていました。辿って行けば、そこに転移鏡があったのです」

その後、セバスさんは転移鏡を持ち、すぐにジルの元へ行った。
そして転移鏡の縁についていた血をジルが舐め、俺の血だと分かると、その転移鏡でどこかに転移してしまったと判断したという。
鏡面にジルの血をかけたが、反応がない。
考えられるのは対になっている転移鏡が壊された可能性が高いという事だった。
……うん、城の地下水路でアブイブと戦って割れちゃったんだもんな。
俺が詳しくその時の説明をすると、ヴィーナが信じられないと呟いた。
だから俺も同意したんだ。

「まさか割れるとは思わないよな」
「違うわよ!」
「え?」
「聖ちゃんがアブイブと戦った事が信じられないって言ってんの!」

どうやら、アブイブって俺のレベル以上の魔物だったらしい。
運が悪かったら殺されていたかもしれないって、逃げずに戦った事をヴィーナに散々怒られながら始めて知った。
でも、逃げなかったからこそ、精玉が手に入って、入隊試験が受けられたんだよって言ったら、もっとヴィーナの顔が険しくなって、さらに怒られた。
カミーユ隊長と出会ってからの事は詳しく知っていて、特に俺から何かを説明する必要はなかった。
きっと、警備隊のみんなから話しを聞いたんだと思う。

「なぁ、どうして警備隊の事を教えてくれないんだよ」

俺の話しをみんなから聞いてるんだから、隊長達やグレン達が今どうなっているのか知っているはずだ。
それなのに教えてくれないのはなぜなんだ。
立ち上がろうとすると、セバスさんの手に俺の手がそっと包まれる。
セバスさんは憂いを帯びた顔で見つめて来る。
そんな顔をされるとこれ以上、何も言えなくなってしまう。

「あの一件でジハイル様のお心はとても深く傷ついておられます。一睡もせず、行方が分からない聖司様をずっとお探しになられていたのです」

ジルが俺を探してくれている姿を想像したら、胸がとても痛くなった。
今回の出来事でジルの中に不安と恐怖が生まれてしまったのだ。
ぎゅっとセバスさんの手を握る。

「不安と恐怖……」
「聖司様?」
「ジルが知った感情だよ」

ポツリと小さい声を漏らす。
だけど、セバスさんとヴィーナにはちゃんと聞こえていた。
二人は驚いた顔をしている。
そして、セバスさんは痛みに耐えるように目を閉じた。
ヴィーナも口元を押さえて俯いている。
それはそうだ、主が苦しむような感情を知ってしまったんだから。

「ごめんなさい……知らなくてもよかったのに、俺のせいで……ごめんなさい」

頭を下げて謝ると、セバスさんが俺の肩に触れた。
顔をそっと上げると、頭をゆっくり振っている。

「聖司様、謝らなくてもいいのですよ」
「でもっ」
「不安と恐怖は確かに知らなくてもいい不要な感情かもしれません。ですが、そこから派生するものは ジハイル様にとって必要となるでしょう」
「どういう事?」

俺が理解出来ないでいると、ヴィーナが答えてくれた。

「聖ちゃんを失いたくないって想いがずっと強くなったんじゃないかしら。誰にも無関心で、誰かを愛する事をしなかったマスターが不安と恐怖を感じてしまう程、聖ちゃんは無くてはならない存在なのよ」
「……そうなのかな」

俺の言葉を聞いてヴィーナは笑う。

「マスターが感情を現したり、新しい感情を知るのっていつも聖ちゃんが関係している時だけだもの。 だから、不安と恐怖を知った事自体には問題ないの」

頷いたセバスさんが続きを話した。
問題は、不安と恐怖の感情を知るきっかけになった心の傷だと。
それが今の状況に影響しているとも。

「ジハイル様は聖司様に何も関わって欲しくないのです。何か関わる事でまた、予期せぬ出来事が起こり、今度こそ聖司様を失う事になってしまったらとお考えになったのでしょう」
「だから、教えてくれないの?」

ジルにそこまで不安にさせてしまう程、心に傷を負わせてしまったのか。
はぁっと溜息を吐いた時、ふと思い出した事があって、立ち上がった。
そして廊下に繋がるドアのところまで駆け寄った。
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえて来るが、返事もせずにドアノブに手を掛ける。
そして――。

「やっぱり、開かない」

寝室のドア同様、開く事はなかった。
俺は振り返り、二人に問い掛ける。

「これも、そうなの?」

セバスさんもヴィーナも肯定も否定もせず、黙って俺を見ている。
きっと、俺の様子を窺っているんだろう。
……大丈夫だよ。
閉じ込められている事を分かったからって、暴れたりなんかしないよ。
ジルにこうさせてしまったのは俺のせいでもあるんだから……。




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