11 部屋中に俺のバカみたいな笑い声が響き渡る。 ジルの指は巧みに動き、俺を笑いの先にある、踏み込んではいけない場所まであっという間に連れて行ってしまう。 やばい、三途の川っぽいのが見えた気がする。 いや、ここは魔界だからあれは冥界なのか? 無理矢理引き出される行き過ぎた笑いの苦しさをジルは知らないからか、容赦がないんだよっ、このバカ! 笑ってるから、きっと楽しいんだ、よし、もっと笑わせてやろうとか考えてんじゃないんだろうな!? さっきから叫んでいる拒否の言葉がジルにちっとも伝わらない!! 「マジ、やめ、ジル!!」 「……」 「死んじゃうっ、も、う、死んじゃうからぁっ!!」 「……」 「無理だってぇ!はぁはぁっ、いやだっ、触んなよ!やり過ぎだってぇ!」 「……」 「やぁっ!これ以上、しないでっ!ジル!これ以上はっ!」 「……」 「ひっ!やだぁ!止めてっ、ああっ!無理、もう無理ぃっ!」 「……」 「許して……っ!許してジル、助けてっ!やだぁー!」 「……」 我を忘れてジルに訴えていた俺はどんだけ何を叫んでいただなんて覚えていない。 それほど必死だったんだ。 ようやくジルの手が脇腹から離れて、九死に一生を得たのであった。 「はぁ、はぁ、はぁっ」 呼吸を整えるまで少し時間が掛かりそうだ。 なので残念だが、罵倒する言葉はすぐにはジルに浴びせられない。 荒い呼吸のせいで弛緩した身体がベッドの上で大きく浮き沈みする。 そんな俺をジッと見下ろしているジル。 この、変態危険馬鹿男!!と、早く罵りたい俺が大きく深呼吸した時、強いノックの音が寝室に響いた。 「マスター」 げげぇっ!! この声、レイグだ。 ……ハッ! 俺とジルのこの状況! いかんっ、早くどけ、ジル! 手足を動かして身を捩っていると、俺の上からあっさりと、どいたジルがベッドから下りて、さっさと寝室から出て行ってしまった。 「え?」 俺はポツンっと一人取り残された。 散々、くすぐられまくって死にそうになって、最後は放置かよ! 何だか腹が立ってきた俺はジルの後を追う。 そこにレイグが一人や二人、三人いたって……。 いや、一人で十分だな、うん。 頷きながらドアを開けようとしたら……開かなかった。 またかよ! 「ジルが出て行った時は開いたじゃんか!」 元々ジルに怒っている俺は壊す勢いでドアノブを強引に捻って引っ張ったり押したりした。 そうしていると外側から誰かがドアを開けて入っている。 「もう、壊れちゃうでしょ?」 困ったような顔で現れたのは……。 「ヴィーナ……?」 「何、その顔」 「ヴィーナ!」 クスリと笑ったヴィーナに俺は抱きついた。 俺の顔を押し返して来る胸筋の感触がなつかしい。 「ごめん、ヴィーナ!ごめん!」 「無事で良かった」 ヴィーナも強く抱き返してくれた。 痛いくらいにぎゅーって、ぎゅー……ちょっ、いだだだだ! 俺の顔は胸に埋まって声が出せない。 必死に手を突っぱねるけど、ヴィーナの腕の力は強くて抜け出せない。 「もー!どれだけ心配させるのよ!」 「――っ!――――!!」 「私達がどれだけ探したと思っているの!」 「――――!む――――!!」 やっと声が出せると、ヴィーナが気付いてくれたようで、腕を緩めてくれた。 「ぷはっ!ぜーーぜーーっ」 「怪我は?傷を負ってるって聞いたけど」 「もう大丈夫だよ。キオが治してくれたから」 ヴィーナは息を吐き、もう一度俺を抱きしめた。 俺が屋敷から消えた後の状況を聞こうとしたら、ヴィーナがまた身体の心配をしてきた。 心配性だなぁ。 「怪我は肩だけだったから大丈夫だよ」 「そうじゃなくて」 「何?」 頬に手を当て俺を覗きこんで来るヴィーナ。 え、何? 「さっき、マスターにすごく攻められてたんでしょ?」 「は?」 「だって聖ちゃんの声が隣の部屋まで聞こえて来たもの」 「声?」 聞き返した俺にヴィーナがその時の声の再現をした。 「止めてぇんっ、これ以上は無理よぉ〜っ!やり過ぎよぉ!許してぇ〜、死んじゃうわ〜ん!」 俺の身体がふるふると震え始めて怒鳴った。 「そんな言い方してないっつーの!!」 「激しかったみたいだけど、寝てなくて平気なの?」 「違うっ!ジルとは……っ、……ない、からっ」 「マスターとは?」 「くっ」 やってないと言いたいが声にはっきり出せなくて、俯いている俺にヴィーナはつんつんっと頬を両側から突っついて来る。 これ絶対わざと言ってんだろ。 その手をベシッと払い、両手でヴィーナの脇腹をがしっと掴んだ。 そして思いっきり、くすぐった。 だが……。 「聖ちゃん?何してるの?」 「あれ?何も感じない?」 「いやん、もしかして私、襲われてる?」 「何言ってんだよ!くすぐってんだよ!」 くっそー! ヴィーナの腹も筋肉がしっかり付いているのがちゃんと分かる。 筋肉か? ジルもヴィーナもくすぐっても何も感じないのは筋肉のせいなのか!? 「ヴィーナが大笑いしているところが見れなかった」 「何言ってんのよ。いつも聖ちゃんに十分に笑わせてもらってるわよ」 「それって喜んでいいの?」 「もちろん」 なんか腑に落ちないんだけど。 ジトーッとヴィーナを見ていてハッと気付いた。 そしてペタペタと身体全体を確かめるように手を動かした。 前に俺が屋敷の敷地内でドリード将軍に連れて行かれた時、ジルはみんなを殺す勢いでそれはものすごく怒っていた。 今回、俺が城に転移してしまった原因となったのは、かくれんぼだ。 かくれんぼのメンバーだったキオはさっき見たところ無傷だったし、キオよりも小さいジュリーもきっと大丈夫だろう。 だけど、問題はヴィーナだ。 ジルの怒りを受けた可能性が一番高い。 「聖ちゃん、やだっ!そんな大胆!いやんっ」 「ちょっ、変な声出すなよ!怪我がないか確認してんだから」 「怪我?怪我をしたのは聖ちゃんでしょ?」 「今回の事でジルに酷い事されなかった?」 俺の心配している事が分かったのだろう。 ヴィーナは安心させるようにほほ笑んだ。 「大丈夫よ」 「本当に?誰も何もされてない?ヴィーナもセバスさんもレイグもだよ」 「ええ、されてないわ」 頷いたヴィーナを見てようやく胸を撫で下ろした。 良かったぁ。 城に転移したのは俺の不注意でもあるから、 たくさん心配を掛けている上に、これで誰かがジルに何かされてたりでもしていたら、きっと自分自身が許せなかったと思う。 「そうだ、城の人達は!?どうなってんの!?ノエル隊長もカミーユ隊長も、グレンも……っ!」 「聖ちゃん、落ち着いて」 「落ち着けないよ!だってジルに聞いたって全然、教えてくれないんだ!」 真剣な目で見上げているとヴィーナが諭すような声を出した。 「マスターが教えてくれないのなら、私からも言えないわ」 「何だよそれ! 」 ヴィーナは興奮している俺を宥めながら隣の部屋に移動させた。 納得がいかない俺はジルの姿を探したけど、そこにはすでにレイグもいなくて、いたのはセバスさんだけだった。 ずっと昔からセルファード家に仕えているセバスさんなら、ジルも少しは聞く耳を持つのではと思って訴えた。 警備隊がどうなっているか俺に教えるようにジルを説得してくれって。 だけど、頷いてはくれなかった。 main next |