「ん……、ここは?」

目を開けるとひんやりとした空気にだるい身体が寒さで震えた。
俺は薄暗い牢屋の中の硬いベッドの横たわっていた。
牢屋の外にある通路の壁に付けられている僅かなランプが唯一の明りだった。
身体に掛けられていた使い古しの布を捲って上半身を起こす。

「……!!」

肩に痛みが走り、ぐっと耐える。
忘れてた、怪我してたんだっけ。
なんとか痛みをやり過ごして立ち上がった。
足に力が入らない。
なんだか熱を出した時のような力の抜け具合いだ。
歩けない事はないのでふらふらしながら鉄柵のところまで行く。

「誰か、誰かいませんか!?」

何度か叫んだけど俺の声が響くばかりで何も返答はなかった。
体力的につらくなって、ずるずるとその場に座り込む。
どうしてこんな事になったのか記憶を辿って整理する。
偶然にも俺と同じ名前の受験者が城に侵入しようとしていたウルドバントンの一味に 殺害されいた。
その事を知らずに俺がその名を使っていたから、疑われてしまったのだ。
そして今も容疑が掛かったままだ。
床につている手をグッと握る。
……。

「……ヴィーナ」

俺が注射を打たれる前に耳に入って来た名前。
もしかしたら聞き間違いかもしれない……でも…… それでも、俺がいなくなって探しに来てくれたんだろうかと期待をしてしまう。
今はほんの僅かな希望にでも縋りたい。
鉄柵を掴み声を張り上げた。

「ヴィーナ!!ここから出して!!ヴィーナ!!俺、ここにいるよ!!」

続けてジルの名前も叫ぶがいくら叫んだところで反応はなかった。
ぐったりと鉄柵に寄り掛かる。

「ジル……ジルのバカ……なんで気付いてくれないんだよ。何が俺を呼べだ」

やつあたりだと分かっていても伴侶であるジルに対して文句を言ってしまう。
だって……だって、俺。

「――っ」

あ、会いたい……。
会いたい……っ!
ジルに会いたいんだよ!!
心の奥底がどうしようもない寂しさで震えて胸を手で押さえても溢れ出してきて、ボタボタと 涙が石の床へ次々に落ちていく。

「……くそっ」

なんで俺がこんなに泣かなきゃいけないんだ。

「くそっ!」

手の甲で涙を拭っても涙は止まらない。

「興味深いねぇ」
「えっ?」

いきなり声が聞こえたから驚いて前を向くと、鉄柵の向こう側に人の足が見えた。
徐々に視線を上げていけば……壁に寄り掛かりながら俺を見ている20代後半くらいの男の人が。
金色の長い髪は緩やかにウェーブしていて、それを一つに結び前の方へ垂らしている。
薄暗い中でもはっきりと分かる顔立ちは整っていて美しい。

「あ、貴方は?」
「私はラヴィアだ」
「ラヴィアさん?」
「君は……レヴァか?」
「え?」
「君からレヴァの気配がするのだが……」

ラヴィアさんは俺の方に歩いてくる。
歩くっていっても数歩の距離だ。
そしてしゃがむとジッと見て来る。

「瞳の色は黒なのにどうしてだろうね」

このセリフ……過去に言われた事がある。
そう、レヴァから。
という事は、まさか。
不思議そうな顔をしているラヴィアさんの瞳は紅かった。
レヴァ?

「貴方はレヴァ?」
「ふふ、おもしろいねぇ。紅い瞳はレヴァの証し。確認を取る必要などないのだよ。 確認をするのなら……そう、黒い瞳の君にレヴァの気配を感じた私が君に、だ。 もう一度聞くが、君はレヴァか?」
「……」

……。
ど、どうしよう。
俺が半分レヴァだって言っていいのか?
いや、よくないだろ、ラヴィアさんの事もよく知らないのに。
それになんでレヴァがジルの城にいるんだろう……。

「あ、あの……」
「なんだい?」
「えっと、その……ラヴィアさんは、ジ……セルファード公とどういう関係なんですか?」
「関係?そうだね、絶対君主と奴隷ってとこかな?」
「え?」

奴隷?聞き間違いだと思って聞き直したけど……。

「私はあの方の為だったらなんだってするよ。死ねと言われれば喜んで死ぬさ」

うっとりと笑うラヴィアさんに困惑する。
思わずどうして……と呟いてしまった。
俺の疑問に答えようとしたのか口を開こうとした時、どこからかバタバタと急いでいるようなたくさんの足音がこっちに向かって来る。

「な、何?」
「もしかしたら刑の執行が決まったのかな?」

足音が聞こえて来る方向に向いていたラヴィアさんがニッコリと俺に笑って来た。
執行って……。
まさか俺?
鉄柵を掴んで頭を振った。

「違うっ!俺、俺は何もしてないっ!」
「たいてい罪を犯した者はそう言うけどね」
「ほ、本当だって!!」
「ふむ。それを証明できるものはあるのかい?」
「それは……っ」
「または君を無実だと証明できる人物」

俺を無実だって……。

「ジ、ル……。セ、セルファード公っ。セルファード公に会わせて!」

俺が叫ぶとラヴィアさんが訝しんだ顔になった。
それでも必死に会わせてくれと懇願する。

「君はセルファード公の命を狙った罪で投獄されているのだろう? それなのにみすみす会わせるとでも?」
「俺がっ、ジルを殺す訳がないだろっ!!」

興奮したせいもあって弱りきっている身体がもう限界だ。
その場にへたり込んで息を切らす。
だから俺は自分に注ぐラヴィアさんの探るような視線に気付かなかった。
耳にさっきよりも大きくなる複数の足音が聞こえて来る。
そしてラヴィアさんのどことなく楽しそうな声も。

「もし私が想像したありえない事だったら……。そうだねぇ。 あの女のくやしそうな顔が見れるかもしれない」

身体がふわりと浮いた感覚がした。
あれ?
なぜか俺はラヴィアさんに抱きかかえられている。
いつの間に牢の中にラヴィアさんが入ったのだろう。
鍵を開けた様子はない。

「では、行こうか。捕らわれのお姫様」

お姫様って何だと言い返そうとした瞬間、空間がぶれる。
あ、転移だと思って咄嗟に目を瞑った。




main next