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「……!……さい!!」
「……だ。……で……な」

声が……聞こえる。
朦朧とする意識のせいで途切れ途切れしか聞き取れない。

「このままじゃ……!……解毒剤を……さい!!」
「だめだ……。……だろう……あらかじめ……だ」
「それは、最低限の量では……!……セイジ……!」

必死に誰かに訴える声が聞こえた。
その声は……ああ、グレンだ。
グレンと話している声は知らない。
凛とした声は多分、女の人かもしれない。

「グ……レン……」

声を出すのも苦しいが、今すぐにでもこの苦痛から解放されたくて、そこにいるであろうグレンを呼んだ。
グレンが俺の名前を叫ぶ。
しかし誰かに阻まれたようだ。
どいてくれ!と訴える声が聞こえて来た。
瞼も開けられない俺はグレンの状況を知る事は出来ない。
だけど早く身体を焼き尽くすような熱から、息もまともに出来ない苦しさから助けて欲しくてもう一度グレンの名を呼ぶ。

「セイジ!!放せ!放してくれ!!お願いです!!隊長!!早く解毒剤を!!」

何度も訴えるグレンの叫び声が聞こえた。
それに対して慈悲のない声も。

「グレンよ。しばらく頭を冷やせ。グレンを連れて行け」
「ノエル隊長!!」

グレンの声がだんだんと遠ざかっていく。
ああ、グレン、行かないでくれ……。

「アレク、もう一度あれを躾直せ。冷静さにかける」
「俺はあいつの親ではないんですがね」
「部下の躾もお前の仕事だ」
「やれやれ……」

アレ……ク?
確かにアレクの声が聞こえた。
だけど熱にうなされている俺には声を聞き取る事が精一杯で、会話を理解する事は出来なかった。
ひんやりとした手が、汗が浮かぶ俺の額に触れる。
苦痛しかない俺の身体が一瞬だけ和らいだ。

「セイジ・キルセスの名を語る者よ。聞け。お前が反総統の一味である事は分かっている。バルバティアス城に侵入しようとした目的を言え。正直に吐けば解毒剤を与えよう。もし、このまま黙っているのなら今よりもさらなる苦痛がお前を待っているだろう。言っておくが自害はさせないぞ」

冷たい手が離れたと同時に頬を叩かれた。
そしてもう一度。

「……っあ……」

突然の痛みに襲われて俺は混乱した。
叩かれた理由が分からない。
このままでは危険だ。
自分の置かれている状況を把握しなければ。
そう思って目を開けようとした。
だが、なかなか開ける事が出来ない。
そうしている間にまた、頬を叩かれた。
こんなにも苦しんでいるのになぜ叩かれなければならないのだろう。
早く目を開けなければまた叩かれると思って必死に瞼を持ち上げようとした。
そうしてようやく視界が開けた。
まず、かすむ目に映ったのは薄暗い石の天井だった。
ゆっくりと視線を動かすと髪を一つにまとめた凛々しい女の人が。
隊服を着ているのできっと警備隊の人だろう。
その女の人は俺を無表情で見下ろしている。

「目が覚めたか。どうだ気分は?苦しいだろう?」

抑揚のない低めの声で淡々と聞かれる。
苦しい俺は目で肯定した。
すると誰かから受け取った小瓶を俺に見せて来る。
揺らしながら口角を上げた。

「これはオロトルスの解毒剤だ。コレを投与すれば今の苦しみから解放される。だが、投与しなければ苦しみながら死を待つだけだ」

なら、早くそれを……と、訴える視線を向けたが解毒剤が俺の視界から消えた。
胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。

「……うぅっ」
「ならば言え。この城に侵入しようとした目的を。そしてウルドバントン側の情報もな」
「ウル……ド……バン……?」

何を言っているのだろうか。
ただでさえ思考能力がまともに働いていない俺はこの女の人が言う事が何一つ理解出来なかった。
虚ろな目でしばらくその人を見ていたが鋭い痛みが頬を走る。

「案外口が堅いな。――アレを」

何かが用意される気配がした。
そして俺は布のようなものを口に詰め込まれる。
それまで荒い呼吸を口でしていたので苦しくて眉根を寄せた。
取ってくれと、声にしたが塞がれていて、んーんーという声しか出ない。

「んーんんー!!?」

女の人が手に持っているものを見て、さすがに動かない身体を引こうとした。
なぜなら、それがまっ赤に焼けた鉄の棒だったからだ。
怯えた俺を見てニヤリと嫌な笑い方をする女の人。
まさかそれを俺に?
ど、どうして?
ここってジルの城だよな!?
敵の城ではないのになんで俺がこんな状況になっているんだ!?

「んーんーんー!!」
「ああ、これが怖いのか?そんな顔をするな。今お前が想像している事より遥かに恐ろしい事がこれから起きるだろう」

冗談じゃない……っ!!
パニックになっている俺はなさけないけど目からポロリと涙がこぼれ落ちた。
それを指で掬う女の人。

「お前の体液はきっと美味なのだろうな。血からも芳しい匂いがしていた。しかし残念だ、毒が回っている今、口にする事が出来ないのだから。――さて、楽しい時間の始まりだ」

涙が乗っていた指を弾いた後、焼けた鉄の棒を俺の顔に近づけて来る。
毒による熱以上の熱さが俺の肌を焼き尽くそうとして来る。
俺は必死に頭を左右に振った。

「んーんーーー!!」

目の前まで接近して来たそれにもう駄目だと目をギュッと瞑った。
その時――。

「ノエル隊長!カミーユ隊長がお越しです」
「カミーユが?」

焼けた鉄の棒が俺から遠ざかる。
カミーユ隊長……ってそうだ、グレンの憧れている隊長だ。
グレン……グレンはどこに行ってしまったのだろう。
ここにはいないと思ってもグレンを探すように視線を動かす。
窓一つない石の部屋、まるで牢獄のような所には数人の隊員がいる。
その中にアレクがいた。
アレクを呼ぼうとしたがその前に鉄のドアが開き、そこからカミーユ隊長が部下だと思われる者と共に入って来た。

「ノエル、こっちは口を割ったぞ」

女の人が舌打ちをした。
それにカミーユ隊長が苦笑いをして俺の方を見た。

「そのセイジ・キルセスはどうだった?」
「これからだ」
「そうか」

頷いてカミーユ隊長が俺に近づいて来る。
ジッと俺の状態を見た。

「これ以上、引き延ばすのは危険だな。アレク、解毒剤を寄こせ」
「カミーユ!それは私が決める事だ!」
「ノエル、みすみす死なせてしまっては元も子もないぞ」
「そんな失態を私がするとでも思っているのか」
「ははっ、思わないさ。だがセルファード公の事になるとがんばり過ぎてしまうからな」

うるさいと冷たく女の人に言われたカミーユ隊長は笑ってアレクから解毒剤を受け取った。
俺は苦しみから解放される事をすごく期待してしまう。
早く、早く解毒剤をっ。
だけど俺の口から布を取ったカミーユ隊長から質問されてしまった。

「君の名前を聞かせてくれないか?」
「……セ、イジ」

俺が答えるとカミーユ隊長は何か言おうとした女の人を手で制した。
穏やかな声で優しく頭を撫でながら聞いて来る。

「フルネームは?」
「セイジ・タ、カノ……」
「……セイジ・タカノと、いうのか」

微かに頷く俺にほほ笑みを向けるカミーユ隊長。

「君はウルドバントンを崇拝しているかい?」

崇拝……?
何でそんな事を聞かれるんだろう。
もう一度同じ事を言われたので否定した。
すると理由を聞かれる。

「だって……アイ、ツは……ジルを……殺そうとして、いるから……」
「ジル?」
「俺の……」

ああ、ヤバイ……急に視界が回り始めた。
息もさっきより、さらに出来なくなってきている。
俺の耳に自分の息遣いがうるさい程、聞こえて来る。
目の前が真っ白になって何も見えなくなった。
俺の思考はそこでぷっつりと途絶えてしまった。




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