28 武器を持っていない俺は自由に持っていっていいと言われた待機室の一角から一本の剣を手に取った。 細身の軽い剣だ。 何もないよりはあったほうがいいよな。 さて、準備運動をするか。 十分ストレッチをして身体を温めたところで再び俺達のところに試験官が来た。 「お前達の番だ。ついて来い」 震えそうになる身体に力を入れてグレン達と試験場へと向かう。 その時、順番待ちをしている別の組みの会話が耳に聞こえて来た。 「なあ、どうやらまだ合格者は出ていないらしいぞ」 「一人もか?」 「ああ、みな再起不能らしい」 「しかし先に戦った者の中には有力者がいたよな?」 「それでも駄目だったって事だ」 「マジか」 ……。 えーと、これから戦うっていうのになんで聞こえちゃったんだ! 一体、どんな魔物が出てくるんだろう。 いやいや、弱気になってはダメだ。 俺にはグレンもアレクもいるんだから力を合わせたらなんとかなる! 「グレン、アレク一緒に合格しような!」 拳を握って大きな声を出すと二人は笑ってもちろんと頷いた。 通路をしばらく歩き、試験官が突きあたりの両扉を押し開ける。 すると青空の下に戦う場所が現れた。 そこは破壊されている箇所が多く目立ち、戦った形跡が残っている。 赤い色とかも視界に入って来るけどそれは見なかった事にしよう。 周りには試験官が囲み始まりを待っている。 俺達はそっと足を踏み入れた。 深呼吸をして開始の合図を待つ。 「ではこれから第二次試験を始める。お前達が戦う魔物はこれだ」 試験官が手を上げ俺達の直線状にある扉が開く。 どうやら二重扉になっているようで奥にある鉄柵が音を立てて上がっていった。 そしてそこからズシンズシンっと大きな足音を立ててこちらに歩いて来たのは……。 鋭い牙を剥き出しにして威嚇しているライオンだ。 しかし普通のライオンではない。 頭が二つある。 それに首が長いし、大きさは五倍くらいはある。 シッポはシッポで巨大な蛇だった。 「なんじゃこりゃー!!」 魔物なんだからとりあえずは覚悟してたけど突っ込まずにはいられなかった。 レベル高過ぎだろ!? どう見てもゲーム後半の中ボスに出て来そうな感じだぞ! あれと戦えというのか……戦えと……。 「オロトルスかよ!」 グレンも叫び、引き攣った顔をする。 えっと、もしかしてその反応はかなり強い魔物だったりして? アレクをチラリと見るとめんどくさそうな顔をしている。 ……よし、分かったぞ。 この魔物はものすごく強くてやっかいな魔物だってな! 「そんなの知りたくなかったー!」 「第二次試験開始っ!!」 俺の叫びは試験官の試験開始の合図に虚しくもかき消された。 「セイジ、オロトルスは双頭がそれぞれ火と氷の魔術を使う。シッポは補助と回復の魔術だ」 剣を構えながらグレンが教えてくれた。 なるほど。 それはやっかいだな!! 順番的に回復を扱うシッポから倒すべきなんだろうけど、それを双頭が阻むだろう。 誰かが双頭の囮にならないといけない。 それはとても危険だから俺がやる!と言いたいところだけど……。 「アレク」 「何だ?」 「スピードには自信あるって言ってたよな?」 「ああ」 俺はアレクに向き直り、心苦しいがお願いをした。 双頭の囮になってくれないか?と。 「すごく危険な事だ。でも俺達の中できっとアレクが一番スピードがあると思うんだ」 「セイジとグレンは?」 「俺とグレンはその隙にシッポを倒す」 回復の魔術が扱えなくなるまでオロトルスの体力をなくす方法もあるけど、その前に俺達の体力の方がなくなってしまう。 「分かった。セイジの提案を受け入れる」 「ありがとう、アレク。でも決して無理はするな」 アレクはタガーを持つと大丈夫だと笑った。 次に俺はグレンに出来るだけ早く回復の魔術を発動出来ないくらいシッポを集中攻撃して真っ先に倒す事を告げる。 「任せておけって!俺がぶった切ってやるよ」 「うん。でも、グレンも無理はするなよ」 「セイジもな」 俺達は地面を響かせてこちらへとやってきたオロトルスと対峙した。 双頭が俺達を見据えると、すぐに突進して来た。 俺とグレンは右にアレクは真っ直ぐ駆ける。 アレクに向かって双頭が火と氷の攻撃を仕掛けて来る。 「アレク!」 アレクがいた場所が一瞬にして火と氷で埋め尽くされる。 焦る俺の目に高く跳び上がったアレクの姿が見えた。 よかった、無事だ。 次は俺達の攻撃の番だ! オロトルスの後ろ側へと回り込む事が出来た俺とグレンはシッポに斬りかかった。 しかしシッポも先が割れている長い舌を出し噛みつこうと俺達に襲いかかって来る。 蛇の姿だけあって、かなり素早い。 「セイジ!噛みつかれるなよ!毒があるからな!」 シッポは毒蛇だったか……ま、そんな気はしてたけどな。 グレンが何度か斬りかかっているがやはり素直に斬らせてはくれない。 口を大きく開けて毒を持つ牙を見せて威嚇してくる。 「グレン!俺が囮になるからその隙に斬ってくれ!」 囮っていってもアレクには程遠い素早さだけどさ、素人同然の俺が斬りかかるよりグレンの方が確実に仕留められると判断した結果だ。 レヴァになって攻撃する事も出来るけどその力は限られている。 今はまだその時ではない。 レヴァの力は双頭のために残しておかないと。 グレンは俺が囮になる事をもちろん反対した。 だが、先に俺をターゲットにしたシッポが襲いかかってくる。 うわっ!あぶね! ぎりぎりのところを避けた。 避けたと言っても転びながらだけど。 続けて俺に噛みついて来る。 これも間一髪で避けた。 冷や汗ものだ。 そんな事を何回か繰り返した。 囮としては時間は稼げているのだろうか。 一向にシッポが倒れる気配がしない。 まだダメージを与えるのに時間が掛かるのか。 後どれくらいだろう。 シッポから逃れる事に精一杯でグレンの様子を把握する事が出来ない。 もしかしてグレンに何かあったのでは?と思った不安から一瞬だけシッポから視線を逸らしてしまうという行動を取ってしまった。 俺の目に映るグレンはなぜか動かずそこに立って構えているだけのように見えた。 ――なぜ? シッポが俺に集中している今がチャンスだっていうのに。 「――っ!」 顔のすぐ傍に気配を感じて視線を移動するよりも先に肩に焼けるような熱を感じた。 硬い鋭い牙が肉を引き裂いて奥へと侵入してくる。 「あ、あああああーっ!!」 逃れる事の出来ない酷い痛みが襲ってくる。 誰かが叫んだ。 何て言っている? 分からない、分からない。 俺は永遠と感じる痛みから必死にもがく。 しかし抵抗する程、牙はさらに食い込んでいく。 シッポは食いついたまま全く離してくれない。 肩から血がどんどん失われていく。 そして朦朧とする中、気付いた。 蛇は俺の血を飲んでいる? 「やめ、ろ、離せ……っ!」 ゾッとした。 このまま血を飲みつくされてしまうのではないかという恐怖が俺を襲う。 いや、その前に毒で死んでしまうのかもしれない。 ジル……。 まさかこのままジルに会えずに俺は……。 やだ、いやだ! ジルに会えないまま死んでしまうと思ったら悲しくなってきて目から涙がボロボロと出て来た。 「ジル……、ジル……」 もう声にもならない声で何度も名前を呼ぶ。 必死に意識を繋ぎ止めてジルが来てくれると信じて最後の最後まで呼んだ。 だけど……俺の名前を呼んでくれる事も、俺を抱き締めてくれる事も……なかった。 俺はたった一人、暗闇の中へと沈んでいった。 main next |