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調合師の人に作ってもらった回復剤を飲んで寝ようかなと思った時、ノックの音が聞こえて来て、 驚いて身体が跳ねた。
まさか……さっきのおじさんが来たのか?
俺がセイジ・キルセスではないとバレたのかも。
いや、もしかしたらグレンかもしれないし。
速まる心臓を押さえつつ返事をする。

「は、はい」
「どうも」

ドアから入ってきたのはグレンでもおじさんでもなかった。
俺よりも少し年上くらいの茶髪の男だ。
肩くらいまでの髪を一つにまとめている。
メガネを掛けていて瞳の色は髪の色と同じで茶色だった。
髪や瞳の色がカラフルな魔族が多い中、俺にとっては馴染みやすい色だ。
俺を見てニッコリと笑う。
目じりが少し垂れているので人が良さそうな感じがした。

「この部屋ってさ、まだ空きがある?」
「え?」
「俺が使っていた部屋でちょっとトラブルがあってね。 空きのある部屋を探しているんだけど……」
「ああ、この部屋は俺を含めて二人しかいないから大丈夫だよ」

男は安堵した様子で俺に使っていいか許可を求めて来た。
別にここは俺の部屋ではないし、断る理由もない。
頷くと荷物を向かいにある二段ベッドの下の段に置く。
そして、自己紹介をしてきた。

「いやいや助かったよ〜!俺はアレクだ。よろしく!」
「俺はセイジ。よろしく」
「他に使っているやつは?」
「ああ、グレンっていうんだけど今、食堂に行っている」

アレクは食堂かと呟いて俺を食事に誘った。
悪いとは思ったけど誘いを断る。

「ごめん、ちょっと食欲がなくて……」

するとグレンと同様に明日の事を考えてくれて食べる事を勧めて来る。
それでも頭を振ろうとした俺だったけどその前に腕を掴まれて、強引に部屋の外に連れ出された。

「ちょっと、アレク」
「せめて何か胃に入れた方がいいって。スープぐらいはいけるんじゃないか? それに人が食べているのを見てたら食べる気が起きるかもよ」

ぐいぐい引っ張られて食堂に連れて行かれてしまった。
食堂の中は広くてたくさんの長いテーブルが等間隔で並べられていた。
そこは大勢の人でにぎわい、いい匂いが充満している。
アレクが立ち止まり空いている席を探してたので 俺もキョロキョロと見渡してみる。
ふと、奥の方で長いテーブルの端の席に座って食べているグレンの姿を発見した。

「セイジ、どうした?」
「あそこにグレンがいる」
「グレンって同じ部屋のだよな。よし、挨拶も兼ねて行くか」

人の間を縫いながらグレンがいる席に向かった。
俺達が傍まで来ると、タイミング良く席が空いてそこにアレクと座る。
俺はグレンの前に。
アレクはグレンの隣に。
最初に話しかけたのはアレクだ。

「よお!」

いきなり話しかけられた事に驚いたのかアレクを見て持っていたフォークを皿の上に落とす。
グレンが何か言う前にアレクが名乗って経緯を話した。
アレクが視線を俺に向け、グレンもつられて同じようにこっちを見た途端、目を見開いた。
俺に気付いていなかったのか。

「セイジ、食欲出たのか?」
「いや、アレクに連れて来られた」

グレンはアレクを見てそうかと呟いた。
そしてまた俺に視線を戻す。

「せっかく来たんだから何か食ってけよ」
「うん。あ、お金……」

一銭も持っていないと知っているグレンが手を顔の前で左右に振る。

「ああ、大丈夫、大丈夫。食事代はタダなんだ」
「タダ!」

良かったー!
お金がいらないと知ってホッとしているとアレクが食事を配膳している所へ俺を誘った。
入り口とは逆の場所にあり、メニューはみんな一緒みたいだ。
トレイを持って並ぶとその上におかずやスープ、パンを乗せていってくれる。
受け取り終わったら結構な量が乗っていた。
すごくおいしそうだ。
……ギョロットメ以外はな。
まさかこんな場所でギョロットメとまた再会するとは思わなかったぜ……。
屋敷にいる時はセバスさんに苦手だと言った事があったからか出た事はなかったけど。
なるべくトレイから顔を背けて歩くがそれでもギョロギョロとせわしなく動くギョロットメが視界に入って来る。
ようやく席に戻って深く溜息を吐き、ギョロットメを遠ざけて赤いスープを口にした。
トマトスープだろうと思いきや、コーンスープだった。
……うん、濃厚でおいしい!
パンは見た目、硬いフランスパンのようだったが予想外にふんわりと千切れた。
中はクロワッサンみたいに層になっている。
甘味があってこれもおいしい!

「おいしい」

俺が呟いたらグレンもアレクも食欲が出て良かったなと言ってくれた。
二人ともいいやつだなぁ。
おかずも食べようとフォークを持つ。
たくさんの野菜や香草の上にソースを絡めた揚げた肉がある。
見た途端、食べたいという気持ちが湧き上がる。
さっきまで食欲がなかった事が嘘のようだ。
すでに肉は食べやすい大きさに切ってあった。
そのうちの一切れにフォークを刺し、口の中に入れる。
屋敷で出される肉よりは硬かったけど 元の世界で食べていた肉を思い出して懐かしかった。
野菜と香草も残さず全部食べた。
……後は。

「セイジって好きなものは最後に取っておくタイプか?」

いつまで経っても手を付けないでいるギョロットメをグレンが指差した。
グレンの隣にいるアレクが俺は先に食べるタイプとすでに何もないギョロットメがあった皿を見せる。
俺は好きなものは最後に取っておくタイプだけど、この場合違うんだよ。
食べれないから取ってあるんだ。

「あのさ、二人ともギョロットメ好き?」

俺の質問に当たり前だろうと二人とも肯定した。
そうか……じゃあ俺のギョロットメをあげると言って差し出した。

「まさか嫌いなのか?」
「嫌いと言うか……苦手なんだ」

グレンは本当に?という疑っている顔で俺を見て来る。

「何が嫌いなんだ?食べてみろよ。ほら」

アレクは理由を聞きながら俺のフォークを取り、ギョロットメにぶっ刺した。
ぎゃあ!!
赤い液体が滴るフォークを俺に近づける。
止めてくれ!!

「ムリ!!」

身体を遠ざけて頭を振る。
信じられないという顔をしているグレンとアレクだが本当にムリなんだって!
俺があまりにも拒否したのでアレクがぶっ刺していたギョロットメを食べた。

「うまいのに」
「そのまま全部食べていいから!グレンも食べて!」

必死に勧めてようやく俺の皿からギョロットメが消えた。
はぁ〜、良かった。
なんだかぐったりとしてしまった俺は先に部屋に戻ろうとした。
するとグレンが立ち上がる。

「俺も戻るよ」
「じゃあ、一緒に部屋に行くか。アレクはどうする?」
「俺はもう少しゆっくりしてから行く」
「分かった。また後で」

俺とグレンはアレクと別れて先に部屋へと戻った。
そういえばどこのベッドを使うか相談してなかったなと思って聞いてみた。
グレンは下の段を希望したので俺は上の段を使う事にした。
荷物を持って梯子を上る。
荷物と言っても回復剤が入っている袋だけだけどな。
上の段に上がって袋から回復剤を一つ出した。
褐色のビンを掲げて揺らしてみる。
そう言えば使用用量等が書いてある紙が入ってたはず。
あ、あった。
広げてみて見るが……やっぱり読めない。
俺は身を乗り出して下にいるグレンを呼んだ。

「グレン!」
「何だ?」
「これさ、読める?」

俺が手を伸ばして紙を差し出すとそれを受け取ったグレンが目を通す。

「あー、使用用量は……一日一瓶だと。吐き気や発疹等症状が出た場合は使用を中止する事だってさ、っていうか何で俺に読ますんだよ」
「え?ま、まぁいいじゃないか!」

怪訝な顔をしたグレンから紙を再び受け取って身体を引っ込めた。
そして瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
うーん、なんだろうこの独特の匂い。
栄養ドリンク剤に近いかも。
ちょっとためらったが明日の試験の為だ。
精気を回復しないとな!
意を決してぐいっと飲んでみた。
少し粘性のある液体で、うまいとは言えないが身体に精気が回って来るのが分かる。
これなら明日の試験が何とかなりそうだ。
ごろりと横になって目を閉じた。
はぁ……ジルに会いたいなぁ。
その為には頑張って試験に受からないと。
そんな事を考えていたらいつの間にか寝てしまっていた。




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