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「どうするの?回復剤作っていいのかしら?それとも止めておく?」

調合師が俺達に聞いて来る。
俺はグレンが渡してくれた500ルガの銀色のコインをジッと見た。
出会って間もないグレンからお金を借りるのは……。
でも、借りない事には他に方法がないしなぁ。
……。
俺はよく考えてからコインごとグッと握って……調合師に差し出した。

「作るのね。少し時間が掛かるからそこの椅子に座って待ってて」

調合師はカウンターから隣の部屋にアブイブの精玉を持って行った。
俺達は入り口の近くにある椅子に腰を掛ける。

「グレン、ありがとうな!必ず借りた金は返すから!本当にグレンと出会えてよかった!」

感謝しながら言ったら、数回瞬きをした後、そっぽを向いてしまった。
ちらりと見えた耳と頬が赤い。
あれ?もしかして怒っている?
やっぱり迷惑掛けてるよ……な。

「ほ、本当に返すからさ。ごめん」
「あ、謝るなよ。返すのはいつでもいいって。気にするな」

小さな声だったが俺の耳にはちゃんと聞こえた。
嬉しくなって思わず肩を掴んでグレンを俺の方に向かせる。

「グレン!俺に出来る事があったら何でも言ってくれ!」
「え……?」

俺に出来る事なんてたかが知れてるだろうが。
それでも少しでも何かの形でこの恩は返しておきたい。
グレンとは気が合いそうだし、こっちの世界での友達になれたらいいなーだなんて思ったりして。

「か、考えておく」
「うん!」

少しすると液体の入った小瓶を3つ持った調合師が隣の部屋から出て来た。
茶褐色のビンだったから中身がどんななのかは確認できない。
呼ばれたのでカウンターまで行く。

「お待たせしました。これがアブイブから調合した回復剤よ。回復剤の 使用用量、注意書き等が書いてある紙と一緒に袋に入れておくわね」
「ありがとうございます」

礼を言って袋を受け取る。
やった!
これで精気が回復するぞ!
しかし何か解決するとまた問題と言うのは発生するもので……。
寄宿舎に戻った俺はグレンの一言に目を丸くした。
なぜなら……。

「二次試験に受かった者は番号と名前を登録しないと明日の試験が受けられなく なるぞ。就寝時間までに試験官達が部屋を回って聞きにくるはずだからその心配はないけど」

番号と名前?
まずい……。
番号なんてないぞ!
このままだと受験者じゃないってバレて、ジルに会うチャンスが無くなってしまう!
ど、どうにかしないと。

「あ、あの……俺さ」

冷や汗を掻きながらどう言ったらいいかしどろもどろになっていると、グレンが気付いたように 声を上げた。

「そうか!セイジは記憶がないから番号を覚えてないんだな。控えの紙とかどうした?いや、その前に お前の他の荷物は?」
「……えっと、それは……」

グレンや他の受験者達は着替え等が入った大きな荷物をそれぞれ持っている。
俺の場合、荷物なんて始めっからないんだよ。
手ぶらでこっちに来ちゃったからさ。
あるのは仮の隊服に着替える前の汚れた服だけだ。
どうしよう、どうしよう〜。
頭を悩ませていると、珍しくひらめいた。
アブイブと戦っている最中になくしてしまったと誤魔化したら グレンは納得してくれたようだ。

「ああ、それは災難だったな。でも、全部持って第一試験を受けなくても良かったじゃないか? 荷物を預けられる所に置いておけばよかったのに」
「そうだよなっ。そうしておけば良かったよ。あはははは」
「うーん、番号はなぁ……セイジの名前から調べられるかな」
「え?」

それは、まずい。
非常にまずい。
確認されたら俺の名前が登録されていないと分かってしまう!

「グレン!」
「なんだよ」
「な、名前なんだけどっ!そのっ、あのっ!」

どうしよう、どうしよう〜。
再び頭を悩ませる。
だけど、さっきみたくひらめかない。

「セイジ、どうした?あ、来た」
「え?来た?」

ノックの後、部屋に入ってきたのは正規の隊服を着ている中年の男の人だった。
左腕に腕章を付けていて、束ねている紙とペンを持っている。
俺達と目が合うと、名前と番号を聞いて来た。
げぇーーーーっ!!
何でよりによって今聞きに来るんだよ!
俺が慌てている間にグレンはさっさと自分の名前と番号を告げる。

「グレン・モルターナ、番号は30547」
「明日は朝9時に寄宿舎前に集合しろ。で、お前は?」

チェックしているおじさんが俺を見る。
う、ううっ!

「おい、セイジどうした?」
「グレン、俺……」

怪訝な顔で近寄って来たグレンの腕をガシッと掴み、ジッと目を見た。
きっと見るに耐えないすごくなさけない顔をしていると思うけど無言で 助けを求めてしまうのはしょうがないだろう。

「セイジ、お前……」

無言の訴えがまさか伝わったのか!?と思いきや……。

「腹でも痛いのか?」
「違うって!」

グレンに突っ込むと、おじさんが俺に催促してくる。

「どうした、名前と番号を言え」
「な、名前は……」

言い淀んでいたら頭の上の手が乗っかりグッと下に押された。
わわっ!

「コイツの名前はセイジ。第一次試験の時に記憶をなくしてしまって番号が分からない状態 なんです」
「記憶が……?」
「はい。カミーユ隊長もその事をご存じです」
「ふむ。セイジか……」

おじさんは名簿を目で辿りながら俺の名前を確認していく。
ごめんなさい。
探させてしまっていますが、絶対ないです。
まだ頭の上に乗っているグレンの手の重みを感じながらガクリと項垂れていると。

「ん?もしかしてこれか?」

え?あった……?
そんなバカな!!
グレンも俺も身を乗り出す。

「セイジ・キルセス」

お、俺と同じ名前!?

「それだ!良かったな、セイジ!本名ってセイジ・キルセスって言うんだな」

いいえ、セイジ・タカノですと訂正をしたいところだけど、したいところだけど! 俺はへへへへと引き攣りながら笑った。
おじさんがセイジ・キルセスの番号を教えてくれる。

「30268だ。覚えておけよ」
「は、はい」
「カミーユ隊長にこの事は申し上げておく。もし問題があった場合は後で知らせにくる」
「はい……」

おじさんが立ち去った後、グレンは俺が第二次試験を受けられる事を喜んでくれる。
俺も喜びたいところだけど……もし、この後セイジ・キルセスって人物が現れたら どうなるんだろう。
俺が受験者ではないと発覚して、たちまち不審者扱いになってしまうに違いない。

「なぁ、グレン」
「何だ?」
「第一次試験の後、受かった者と落ちた者って、試験をしている側は把握してるよな?」
「そりゃ、そうだろ。合格者と不合格の名前と番号をチェックしてるんだから」
「それって、みんな精玉を渡した時点で名乗っているんだよな?」
「ああ、見せる前に言っているぞ……ん?」

グレンはそこで気付いたみたいだ。

「そういえば、カミーユ隊長はセイジの名前と番号を聞かなかったよな?」
「うん」

そうなんだよ。
ただ、精玉を渡しただけだった。
どうして聞かれなかったんだろう?
グレンはニッと笑って背中を叩いて来た。

「でも、ちゃんとお前の名前が名簿にあったんだから問題ないって。 さすがカミーユ隊長だよな!」

いやいや、問題あるって。
それ、俺の名前じゃないし。
この際、カミーユ隊長が名前と番号を聞かなかったのはいいとして というか、むしろその方があの時は良かったんだけど、今はセイジ・キルセス本人が 現れてしまった時の事を考えないと。
名前が残っているって事は受かっているんだから……おじさんが俺のところに来るのも 時間の問題だ。
そしたら確実に怪しまれて……俺は捕えられるだろう。
そんな事になったらジルに会えなくなる。
会えない……そう考えたら大きな不安が押し寄せて来た。

「セイジ?どうした?」
「な、なんでもない……」

元気のなくなった俺が明日の試験の事で不安になっていると勘違いしたグレンが 励ましてくれる。
夕飯を誘ってくれたんだけど食べる気がまったく起きなくて断った。

「ごめん、今は食べたくないんだ」
「でも、ちゃんと食べないと明日の試験で力が出ないぞ」
「うん。お腹が空いて来たら食べるよ」
「食べる場所は寄宿舎内の食堂だから、もし俺が戻って来る前に食べたくなったら 誰かに聞けば場所を教えてくれるからな」
「分かった。ありがとう」

四人で使う部屋は元々俺とグレンしか使っていなかったのでグレンがいなくなると静かになった。




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