23 俺がグレンに連れて行かれた場所は城の一階部分にある寄宿舎だった。 城と言ってもここは中心からかなり外れた西側に位置する。 それなのに寄宿舎だけでも俺が通っていた高校の校舎一個分くらいの広さはあった。 どれだけこの城は大きいんだよ。 寄宿舎はだいたい一部屋に二段ベッドが二つあって4人が寝泊まり出来る。 さっきの試験は第一次試験だそうでそれに合格した者は次の第二次試験を受ける為にここを使用出来るという。 適当に空いているベッドにグレンと座り、俺が一番知りたかった事を聞いた。 「えっとさ、まず、ここはどこだ?」 「さっきも言ったけど、バルバティアス城だって」 「うん、バルバティアス城な。で、この城は地図的にどの辺なんだ?」 「バルバティアス城はイクニスにあるぞ」 イクニス? 俺が分かっていない顔をしていたのでグレンは紙に地図を書き込んでくれる。 「ここが首都だとする。首都はルゼにあってそこに総統閣下がいるルベーラ城がある。 で、イクニスはそこからそんなには離れていない。だいたいこの辺だ」 首都と隣接した二つの領地を挟んだところがイクニスだった。 隣接している二つの領地を併せても大きい。 グレンはイクニスの中心に丸を書く。 「ここが今いるバルバティアス城だ。バルバティアス城は三大魔城ともい言われていてルベーラ城に 匹敵する大きさなんだぜ。イクニスで有名なのはバルバティアス城だが次に話題になるのは学問に関してだな。他の領地からここに来る程、有名だ。その代表がリグメットだ」 「リグメット?」 グレンはイクニスの南の方にリグメットという文字を書いた。 といってもまだ読み書きが出来ない俺には読めないが。 リグメットはニナさん達と出会って俺がお世話になっていたところだ。 キットさんがそこの学校の先生だった。 そして……悲しい事件が起きた場所でもある。 リグメットはジルの屋敷からそんなに遠くなかったはず。 ということはバルバティアス城はジルの屋敷からものすごく遠いってわけじゃないって事か? 「あ、あのさ!グレンは……」 「ん?」 「ジル……じゃなくて……」 俺は一瞬、『セルファード公』の名前を出していいものか迷った。 もし、敵だったらまずい事になりそうだからな。 でも、グレンの面倒見のよさとか雰囲気とか見るとウルドバントンの仲間とは感じられない。 「なんだ?知りたい事があれば言えよ」 「うん。えっと、セルファード公って知ってる?」 「……」 グレンが急に黙ってしまった。 げっ、ま、まさか……っ。 出してはいけない名前だったか!? ビクビクしながら様子を見ていると、グレンは溜息を付いて頷いた。 「セルファード公の名前は忘れてないんだな。よしよし、それは褒めてやろう」 「な、何?」 「セルファード公を知っているも何もこのバルバティアス城の城主はセルファード公だぞ」 「……は?」 俺は聞き間違いではないかと思ってもう一度確認した。 するとグレンはセルファード公がイクニスの領主でバルバティアス城の城主でもあるとはっきり言った。 ちょっ、ちょっと待って。 なんかすごく混乱中なんだけどっ。 ジルがセルファードの当主なのは知ってる。 公って事は領地を治めているんだろうなっていうのは思ってた。 思ってたけど、今まで詳しい名前の事まで知って……いなかった……! 「セイジ、どうした?」 「……へこんでいる最中だ」 「はぁ?」 「それって、みんな知っている事だろ?」 「そりゃ、常識だよな」 「……。ダメだ……」 ダメだ、これではダメだ! 世間の当たり前な情報を知らないなんてこのままじゃダメだ!! それもジルに関係している事なら尚更だ。 屋敷に戻ったら最低限の一般常識は勉強しておこう。 でもさ、みんなもジルがこんなすごい城を持っているって教えてくれたって良かったじゃん。 もっと早くここに来たかったよ! 頭を抱えているとグレンに大丈夫か?と声を掛けられる。 「だ、大丈夫だ。これからやるべき事が分かっただけでも良かった」 「?そうなのか?」 「うん」 それにしてもジルの屋敷にあった転移鏡の対が偶然にもバルバティアス城の地下の中にあったんだな。 同じ領地内で良かったと思ったけど、もう少し安全な場所の方が良かったなと思うのは贅沢なんだろうか。 とにもかくにも、アブイブだっけ?アイツに転移鏡を壊されてしまったからこっちからはもう帰れない。 これはジルに直接会うしかないな。 「すごく問いただされそうな気がする。でも不可抗力だよな」 「セイジ?」 「なぁ、グレン。ジル……じゃなかった。セルファード公に会いたいんだけどさ、城のどこに行ったら会える?」 さっさと会って屋敷に帰らないと俺がいない事が分かったら、みんな心配するだろう。 レイグは関心なさそうだけどな。 ふとグレンを見たら、記憶がないって怖ぇ〜と呟いて引いた顔をしていた。 「セイジ、今簡単にセルファード公に会いたいって言ったけどさ、それ無理だから」 「無理?」 肩をガシリと掴まれて諭される。 「いいか、さっき会った隊長達でさえ、俺達が気軽に会えるような方々じゃないんだぞ! 今回は試験官としての立場だから話しが出来る機会があったようなものなんだ」 「そうなの?」 「そうなんだよ!その隊長達でさえ、セルファード公とは簡単に会う事は出来ない」 「そ、そうなの?」 「そうなんだよ!!」 ぎりぎりと肩に食い込む手が痛くて顔を顰める俺に真剣な目をするグレン。 「あ、そうだ。城の中でセルファード公が仕事をしている場所ってあるよな?」 「執務室ならきっと最上階だと思うが……それがどこにあるのか詳しくは知らない」 「そっか」 がっかりとした声を出してしまった。 そんな俺にグレンは釘を刺す。 「絶対に、セルファード公を探そうだなんて思うなよ。特に今は反総統の一味が表立って動いている情報があちらこちらから入っている。領地内や城の警備の警戒レベル上がってるんだ。そこにお前がうろうろしていたらあらぬ容疑が掛けられて獄中行きだぞ」 俺は獄中行きよりも反総統の一味が表立って動いているという方に反応した。 またあいつらが動きを見せたのか? そんな事、俺は何も聞いてない。 「なぁ、それって最近の事か?」 「ああ、何人かのレヴァの一族が殺されているみたいだ」 だからか? だから、ジルが最近帰って来なかったのは。 エドがしばらく屋敷に帰らないから一旦、修業を中止するって言ったのは。 きっとセバスさん達は反総統の一味が動き出している事を知っているはずだ。 「何も知らなかった……」 今の状況がなかったら俺はずっと知らずにいたのかもしれない。 あのジルの屋敷の中で。 「セイジが知らないのは当たり前だろ?今、記憶がないんだからさ」 勘違いをしたグレンが肩から手を離し、励ますように背を叩く。 「まぁ、明日になったら思い出すさ。そういえば自分の事は覚えているのか?」 「あ、うん。まぁ、なんとなく……」 「そっか。明日は第二次試験だからな」 第二次試験? そういえば何気に俺、警備隊の受験者になってるな……。 「明日の試験が受かれば、正式に警備隊員になれるんだ。今日の試験は魔物を倒し、精玉を手に入れる事だった。数があればいいっていう訳じゃなくて精玉にもランクがあるからな。合格ラインのランクに満たせなかったら失格だ」 覚えてないだろ?と言われて記憶喪失だと思われている俺は頷く。 そっか俺の倒したアブイブの精玉は合格に値していたんだな。 受験者は身元がはっきりとしている者で、一般の領民から身分が高い者までいるという。 俺はすでにダンジョンの中にいたから受験者に間違えられたんだろう。 何気なく視線を移すと寄宿舎の窓から夕日が見えた。 やばいなぁ。 ヴィーナ達とかくれんぼしてから結構時間が経ってしまっている。 早くジルの屋敷に戻らないと……。 「なぁ、グレン。ここからセルファード公の屋敷まで歩いてどれくらいかかる?」 「歩いて?そんなの数日かかるぞ」 グレンは多分この辺にセルファード公の屋敷があったはずとリグメットの近くに丸を書いて俺には読めない文字を書いた。 バルバティアス城から線を引っ張り繋げる。 「近くに見えるかもしれないが相当距離あるからな」 「マジか……」 「何だよ、そんなにセルファード公に会いたいのか?」 「いや、その……。あ、そうだ!転移符!」 転移鏡が使えないんだったら転移符があるじゃん! 「……記憶がないって……はぁ……」 グレンが目を細め深く溜息を吐く。 まず転移符というのは貴重品で一枚がすごく高いらしい。 それに力があるものではないと扱う事が難しく移動する距離も決まっていてここから ジルの屋敷まで転移符だけで移動するとなると20枚以上は使用するという。 「隊長クラスぐらいの力がなければまず無理だ」 「そ、そうなのか」 お金も力もないので転移符案は早々に却下だ。 一番手っ取り早いのが俺がジルの伴侶だって言う事だけど……誰も信じないだろうな。 それにヴィーナが反総統の一味が捕まるまで俺の身の安全を考えて公表しないって言っていたのに 自分からばらすのもまずい気がする。 うーん、どうするかなぁ……。 項垂れている俺を見てグレンは考え込み、もしかしたら正式に警備隊員になれば入隊の式典で セルファード公が姿を現してくれるかもしれないと教えてくれた。 「え?そうなの?」 「いや、必ずってわけじゃないぞ。可能性としてあるっていう話しだからな」 これは自力で帰るよりは二次試験に合格してジルに会う機会を待った方が早いかも。 それに……ここにいたら俺が知らない情勢をもっと知る事が出来るだろう。 ジルの屋敷は安全な鳥かごみたいなものだ。 俺はそれを望んではいない。 しばらくみんなに心配させてしまうのは心苦しいけど。 main next |