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あれからジルが屋敷に帰って来ない日が5日続いている。
俺がこっちに来てからめずらしいのではないだろうか。
なぜ帰れないのかセバスさん達に理由を聞くとやはり仕事だそうだ。
当主の仕事は大変なんだなぁ。
帰ってきたら労わってやらないとな!
そう思う一方で約束は破ってしまったがエドから精気をもらっておいて良かったと胸を撫で下ろす。
だって、ジルから吸血する選択をしていたら自然に回復するまで精気がない苦しさに耐えなければならなかったからだ。

「よーし、素振り300回終り!」
「ご主人様、お茶の用意が出来ました」
「ありがとな」

俺はソファーに座ってキオが入れてくれた紅茶をひと口飲み、身体を休めた。
エドとの修業はお休み中だから今はウェルナンの修業の方をがんばっているのだが まだまだ慣れなくて一日の素振りのノルマはそう簡単にこなせない。
焼き菓子を口の中に放りこんだ時、部屋のドアが開く。
そこから顔を覗かせたのは小さなかわいい女の子、ジュリーだ。

「おとーさん、あそぼ!」

あどけない笑顔でジュリーにそう言われたら断る理由なんてない。
目の前に来たジュリーを俺は抱き上げいいよと頷いた。
すると嬉しそうにはしゃぐジュリー。
さて、何をして遊ぼうかと考えているとキオがジッとこっちを見ている。
もしかしてと思って、遊ぶか?と聞くと満面の笑みを浮かべたキオがシッポをパタパタと振る。

「僕もいいんですか?」
「ああ、いいよ。そういえばこっちって小さい子達はどんな遊びをするんだ?」

するといくつかキオが例を上げ、名前は違うのはあったけど元いた世界とそんなに変わりなかった。
へーどこも共通なんだなぁと感心していたらジュリーが俺にしがみ付いてハーイと 手を上げる。

「ジュリー、かくれんぼがいい!」
「かくれんぼか、いいよ」

かくれんぼー!とジュリーがはしゃいでいるとノックの音がした後にヴィーナが 部屋に入って来た。
俺達を見て何をしてるのか聞いて来る。
今からかくれんぼをするんだと言うと、意外にも私もするわ!と参加を申し出た。

「ヴィーナってこういう遊びに関心がないっぽい気がしたんだけど」
「あら、私だってたまには童心に戻る時があるのよ!」

それにかくれんぼは得意だったんだから、と胸を張った。
確かに猫って身を隠すのが得意そうだなと想像してしまったけど口にはもちろん出さない。
だって、絶対怒られそうだし。

「じゃあ、誰が鬼になる?」

俺がそう問いかけるとヴィーナ達は首を傾げた。
それを見てかくれんぼだろ?と確認する。

「聖ちゃん、決めるなら天使でしょ?」
「天使?」
「そうよ、かくれんぼは天使に見つかっちゃいけないんだから」

……そうか。
ここは魔界だった。
ん?あれ?

「ねえ!ヴィーナ!まさか、天使っているの!?実在するの!?」
「何言ってんのよ……。そりゃいるでしょ」
「マジで!?」

良く考えれば魔界があるんだから天界もあるって事か!?
すっげーー!!
俺、今めちゃくちゃ感動している!
ヴィーナはそんな俺を放っておいて誰を天使にするか考えている。

「キオが天使になっちゃうと聖ちゃんはすぐ見つかっちゃうからだめね」
「え、ああ。俺の気配が分かるんだっけ。ジュリーは鬼……じゃなくて天使にするにはかわいそうだな。じゃあ、天使になるのは俺かヴィーナだな」
「私が天使になるわ」

いいの?と聞くと、だって私が隠れたら難易度高いわよと言われて素直にヴィーナに 天使をしてもらう事にした。
かくれんぼを始めようとしたところでヴィーナに止められる。

「その前に代価を決めなきゃ」

ヴィーナの言葉にきょとんっとした。
代価って何?
かくれんぼにそんなの必要だっけ?
詳しく聞くと、制限時間以内に天使は全員を見つけた場合、その隠れていたメンバーの中から 一人を選んで代価という名のあらかじめ決めていた命令をする事が出来る。
逆に天使が全員を見つけられなかった場合、メンバーの中で決めていた命令を聞かなければならないのだ。
さすが魔界。
遊びもシビアだ。
まぁ郷に入っては郷に従えって事で俺とキオとジュリーで何にするか相談する。
これが案外難しい。
ヴィーナに命令か……。
三人でどうしようかと悩む。
ジュリーは俺の真似をして腕を前に組んでいる。
キオは耳をピコピコと動かしながら考えているようだ。
……。

「あ!」

声を上げた俺に視線が集中した。
ニヤッと笑いながらヴィーナを振り返る。
そんな俺に怪訝な顔をするヴィーナ。
ふっへっへっへー!!

「何?決まったの?」
「決まった!!代価はヴィーナの耳とシッポだ!」
「は?耳とシッポ?」

俺はキオを指差す。
その途端、ヴィーナの顔が渋面になった。

「まさか」
「そう!もしヴィーナが俺達、全員見つけられなかったらキオみたいに耳とシッポを出してもらうから!」

俺にはまだ良く分からないけど相当抵抗があるみたいだな。
キオも早く取れるようになりたいと言っているし。
ヴィーナは深い溜息を吐いた後、いやいや頷いた。

「まぁ、いいわ。私が勝てばいい事だし」
「ヴィーナは決まったの?代価」

もちろん決まったわよとそれはそれはあくどい顔で俺を見た。
めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……。

「もしも私が勝ったら」
「……勝ったら?」

何かもったいぶるように間を空けて笑みを湛えている。
俺はゴクッと音を立てて喉を鳴らしてしまった。
そしてヴィーナの口からとんでもない事を言われて、えぇ――――っ!!?と 大きな声で叫んだ。

「ヴィ、ヴィーナ?マジで言ってんの?」
「あら、マジよ。ならもう一回言うわよ?私が制限時間内に聖ちゃん達、三人を見つけられたら、 聖ちゃんはマスターを自ら褥に誘う事。後は積極的にね!」
「ちょっと待った!その積極的はさっきなかったぞ!」
「ちょっとしたオプションじゃない」
「どこがちょっとした、だよ!」
「男でしょ!」
「意味分かんねえ!」

俺達が言い合いをしているとジュリーがキオに純粋なキラキラとした目で質問した。

「おにいちゃん、しとねにさそうってなぁに?」

キオが俺を見てくる。
もちろん俺は腕をクロスして大きな罰を作った。
そんな知識はジュリーに必要ありません!




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