18




「大丈夫ですか?ご主人様」
「いててて……」

キオが心配そうな顔でソファーに座っている俺を見る。
少し腕を動かすだけでそこを中心に身体中がすごく痛い。
完全に筋肉痛になってしまった。
昨日いきなり無茶しすぎたかな。

「今日は素振りはしない方がいいですよ」
「でも……」

毎日っていう課題だし。
取り合えず、もう少し動けるようになってからやり始めよう。
それまではエドからの課題をするか。
ふうっと息を吐いてからレヴァになる。
やり過ぎると精気がゼロになってしまうから気を付けなきゃだな。
腕に力を入れると痛むのでなるべく力を抜いた状態で構えて手のひらに光球を出した。
キオにまた結界を張ってもらい、そこに当てて消滅させる。
それを5回くらい繰り返していくと……。

「ご主人様、なんだか力が均等になっている気がします」
「だよな!俺もそう思った!」

前は力が大きかったり小さかったりしてバラついていたのに今回はほぼ同じ大きさだ。
レヴァの力もまだ余裕がある。
この分だと10回いけるかも。
続けて8回までやってみる。

「俺、エドの課題出来たかもしれない!」
「すごいです!ご主人様!」

あと2回分の力は残っている気がする。
でも今これを出してしまうと動けなくなるからここではやれないな。

「キオ、あとの2回はエドのところに行ってやってくる」
「今日も行くんですか?」

キオはちょっと不満そうな顔をした。
ここ最近毎日行っているからなぁ。
留守番よろしくなと頭を撫でると嬉しそうな顔をしてシッポをパタパタと振った。
それにしても、なんでいきなり出来るようになったんだろ?
筋肉痛のおかげか?
転移鏡をくぐった先でそんな事を思いながら隣の部屋に入った。
すると、ユーディが笑顔で振り返る。
俺は思わず一歩、後退した。

「げ……」
「ちょっと、げって何!?」

ヤバッ、声に出てしまった。
ユーディは怒った顔をして俺に近づいて来る。

「聖くんが来るかもと思って待っていたのに!」
「ごめん、ごめん。怒るなよ」

俺はついキオを宥めるようにユーディの頭をよしよしと撫でてしまった。
あっ。
止めてよ!と文句を言われるかもと思って慌てて手を離すが……。

「べ、別に怒ってないよ」

なぜか頬を赤らめながら上目使いで見て来る。
俺は首を傾げたけどそっかと頷いてエドが屋敷にいるか聞いた。

「今日は、マスターいないよ」

なんだ、残念。
せっかくエドの課題をクリア出来ると思ったのに。
じゃあ、エドがいる日を聞いて帰ろうとしたらなぜかユーディがムスッとした顔になった。

「なんだよ」
「どうしてさっさと帰ろうとするの?」
「だって、エドがいないんだろ?」

そう言うとますますムスッとした顔になる。
訳分からん。

「もう少しいたっていいじゃない」
「え、だって……」

別に用はないしな。
そう思っていたのが分かったらしいユーディがまた怒り出した。

「もー!僕は聖くんとお話しがしたいのに!」
「え、ああ。ごめん……って、おい。話しがしたいなら抱きつかなくてもいいだろっ」

どさくさにまぎれて抱いついてきたユーディを押しやるが全く離れない。

「あーん、聖くんの感触〜!」
「気持ち悪い事言うなよ!」
「これをセルファード公は毎日堪能しているんだよねーいいなぁー」
「何を言ってんだ!」

全く俺の抗議を聞いちゃいないユーディがそういえばマスターに何の用だったの?と質問して来たから 課題がクリア出来そうだったからエドに見てもらおうと思ってさと答えるとなぜか笑顔になる。

……嫌な予感だ。
ユーディが話し始めた途端、俺は素早く遮って断った。

「ちょっと、ボクまだ何も言ってないでしょ」
「言ってないけど、断る」
「ひどいよー!せっかくボクがマスターの代わりに課題の成果を見てあげようと思ったのに」
「だから、ユーディは見なくていいって」

残り2回の光球を出せて成功させてもだ、きっと俺はその後、精気がなくなって動けなくなるので 非常に危険だ。
いろんな意味でな。
これがユーディじゃなければ代わりに見てもらおうかなという気になったんだが。

「なぁ、明日エドがいる時間帯を教えてくれよ」
「……」
「ユーディ?」
「……聖くんのバカ」

頬を膨らませてユーディは俯く。
ああ、拗ねてしまった。
俺は頭を掻いて少し考える。
うーん。
まぁ、動けなくなった俺に近づかないように約束させればいっか。

「ユーディ」

呼ぶと顔をゆっくり上げる。
俺がまた口を開こうとした時、ノックもなしに部屋のドアが開きそこからエドが現れた。
あれ?今日はいないんじゃなかったのか?
思わずユーディに視線を戻すと少し驚いた様子でエドを見ていた。

「マスター?今日は……」

エドは手招きをしてユーディを呼ぶ。
そして何か耳打ちした。
するとユーディの顔つきが変わって頷き俺を振り返った。

「ごめんね、聖くん。用事が出来ちゃった」
「あ、うん」

何かあったのか?
そのままユーディは部屋を出て行き俺はエドの傍に近寄る。

「よう、来てたのか」
「うん。課題が出来そうだったから仕上げを見てもらおうと思って。10回のうちの8回まではクリア出来たんだよ」
「そうか、じゃあ、残りをやってみろ」
「いいの?」

なんか慌ただしい雰囲気な感じがするけど。
俺の課題に付き合ってもらう時間があるのか?
疑問に思っているといいからやってみろと言われ、俺は残りの2回分の光球を出せるように 構える。
そして手のひらに光球を出した。

「あ、これの行き場所どうしたらいい?」
「俺にぶつけろ」
「え?わ、分かった」

キオみたいに結界を張るのかと思いきや、エドは何事もなかったように手を振って俺の力を打ち消した。
すげー……。
これが俺とエドの力の差だよなぁ。
ジルにいつも負けているけどエドも高位のレヴァだもんな。

「おい、セイジ。今考えていた事を口に出してみろ」
「えぇ!?べ、別に何も考えてないよ?」

眉間に皺を寄せているエドが俺を見下ろしている。
俺は誤魔化すように最後の光球を出す。
そしてさっきと同じようにエドに放って見事、10回均等に力を出す事が出来た。

「やったー!!エド!出来たよー……」

喜んだのも束の間、身体に力が入らなくなってその場に座り込んだ。
あー、精気がなくなったんだ。
精気がなくなった苦しさと筋肉痛の身体の痛みを耐えていると俺の腕をエドが掴み引き上げる。

「課題はクリアだ。この後も付き合ってやりたいところだが、そうも言ってられねえ事情が出来てな。 一旦、修業は休みだ」
「事情?」
「ああ。今日は予想外の事が起きて一時的に屋敷に戻って来る事になったがしばらく俺はここにいねえからよ」
「分かった」

エドはほらよと首筋を見せる。
あ、吸血か。
その途端、ジルの顔がちらついた。

「あのさ、精気をもらいたい気持ちはあるんだけど……その……」
「何だよ」

俺がキオから吸血していた事がバレてジル以外から吸血しないと約束させられたと言うと エドが吹き出して爆笑した。

「あははははっ!!お前の僕、瞬殺されただろっ!」
「されてないよ!!」

危なかったけどさ。
笑いが落ち着いてきたエドがバレなきゃいいんだよと吸血を促す。
それでも躊躇っている俺に選択肢を出してきた。

「一、吸血をする。二、吸血をしない。この場合、お前の様子を見たやつらから色々事情を聞かれるだろうな。そして三……」
「三つめ?」

何だろうと思って聞くと……。

「俺の精液だな」
「それはないっ!!」
「一番いい案じゃねえか?吸血出来ないんだろ?だが精気は欲しいんだろ?」

高速で俺は頭を振って拒否をする。
エドは舌打ちしてそろそろ行かなくちゃいけねえから早く決めろと急かす。
キオからは絶対にもらえないし……。
ジルからもらうとして、今、結構苦しい状態なのにいつ帰ってくるか分からないジルを待てるかと 言われれば……厳しい。
それにエドが言ったように精気がない理由をジルはもちろんヴィーナ達にも問われるだろうな。
どうしよう……。

「時間切れだ。俺はもう行くぜ」
「あっ!」

俺は立ち去ろうとするエドの服を掴んだ。

「決めたか?」
「吸血……する」

断腸の思いで選択するとエドはニヤリと笑って俺を引き寄せる。
目の前にエドの首筋が。
おずおずと口を開ける。
ええいっ!
ジルとの約束を頭から追い出すように勢いを付けてガブッと噛みついた。
普通に吸血と唱えながら必死に精気を吸い取る。
口の中においしい血が流れ込んできてごくごくと喉を鳴らして飲み込んでいく。
しだいに精気が身体の隅々まで満たしていった。

「はぁっ……。ありがと、エド」

十分に精気をもらって身体を離そうとしたら……いつの間にか身体に回っていたエドの腕に 力が入る。

「エド?」
「お前……、くっそこれ……どうすんだ……」
「エ、エド?」
「分かっちゃいたが……前よりもすげぇってどういう事だ」

取り合えず、腕を突っぱねてエドの身体を押しやるがビクともせず。
……ん?なんか硬いモノが当たるんだけど……。
エドは腰を揺らして俺にそれを擦り付けて来る。

「エド!?」
「あー、起っちまった」
「うわぁ!」
「そうだ、飲んでいくか?」
「いらない!!」

必死に暴れるとエドの腕が外れる。
エドは残念そうな声を出した。

「マジで時間があれば色々とセイジの相手をしてやったのに」
「色々ってなんだよ!」
「詳しく聞きたいか?」
「聞きたくないっ!じゃあ、また今度!今日はありがとうございました!」

俺はじりじりとエドから遠ざかって転移鏡のある部屋に行き、ジルの屋敷へと逃げ帰った。




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