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あまり修業らしい事なんかしていないまま、エドの屋敷から帰って来た俺はさっそく 素振りを1000回試みる事にした。
最初は順調だったけど100回を過ぎた頃くらいからペースが落ち始め、腕も痛くなって来る。
途中で疲れてソファーに倒れ込んでいる俺を見つけたキオが事情を聞いて来たので説明すると、 いきなり短時間でやるのは無理だから一日の間で分けてやったらどうでしょうか?という 良いアドバイスをもらい、何とか寝る前までに1000回をやり遂げる事が出来た。
その後、疲れた身体を癒そうとバスルームに行って湯につかった。
思わず間の抜けた声が出てしまう。

「ふへぇ〜っ」

ああ、気持ち良い〜。
湯の中で腕を揉んで筋肉をほぐす。

「ちょっとは筋肉ついたかな?……しかし、これを毎日って相当キツイんだけど」

いやいや!
今から弱音を吐いてどうする!
強くなるって決めたんだ、このくらいっ、このくらい……この……くら、い……。
だんだん眠くなって来て瞼が下りてきた。
バスルームから出なきゃと思うんだけどお湯の温かさにまだつかっていたくて身体が動こうとしない。

「……」

あ、ヤバイ……。
このままじゃ寝ちゃうかも……。
ここから出なきゃ……。
でも……もう少しこのままで……。
このまま……。
……ぶく……ぶくぶくぶくぶく……。
………。

「ごぼっごぼっ!?ごぼっ!ごぼぼぼっ!!ごべばぁっ!!ぜっ、ぜへぇーっ、ぜへぇーっ、ぜへぇー!」

あああ、あぶっねー!!
もう少しで溺れるところだった。

「ビ、ビックリしたーっ」

風呂で溺れて気を失ったなんて事になったら……今後一人で入れさせてもらえない気がする……。

「ハハハ……」

わ、笑えねえ。
あー、誰にも見られなくて良かった。
っていうか普通にこんな姿見られたくないしな!

「もう、出よう……」

寝間着を着てベッドへうつ伏せに倒れ込む。
風呂から出た直後だからまだ身体がポカポカしていて温かい。
その温かさがこれまた良い具合に俺を眠りの世界へと誘っていく。
もともと眠かったからすぐ寝てしまった……んだけど、誰かに身体を揺すられて起こされてしまう。
嫌々目を薄っすら開いたら……。

「ちょっと、聖ちゃん」
「な、んだよ……」
「もー、髪がまだびしょびしょじゃない」

なんでヴィーナがここにいるのとかは今の俺にはどうでもいい事だ。
俺は眠いんだ!
寝たいんだ!
プイッと顔を背けて俺は再び寝ようとした。
だけどヴィーナは無理矢理俺の上半身を起こしてタオルで力一杯、髪を拭き始める。

「いててててっ!!」
「また風邪を引いたらどうするの!」
「痛い!痛いって!」

ヴィーナの手が止まる頃には痛さで目が覚めてしまった。
ムスッとした顔でどうして俺の部屋に来たのかと聞くと本来の目的を思い出したヴィーナがそうそうと 手を打った。

「今日はマスター屋敷には帰らないから」
「それを伝える為に来たの?」
「そうよ。重要でしょ〜!聖ちゃんが寝ずに帰りを待ってるかもしれないと思って知らせに来たのよ!」

ヴィーナが俺をジトッと見て来る。

「それなのに聖ちゃんはさっさと寝ちゃっているし」
「だって、眠かったんだからしょうがないじゃん」
「何かあったの?」
「え?」

首を傾げながらヴィーナは頬に手を当てる。

「だっていつもならもっと遅くまで起きているじゃない」

早く寝るときもあるよ……と誤魔化してみたけどヴィーナは誤魔化されてくれなかった。
くそっ。
ヴィーナはしつこく理由を聞いて来る。
こうなっては正直に言うまで解放されない。

「ちょっと特訓をしたからその反動だと思う……」
「特訓?」

ヴィーナが顔を顰める。
もちろん特訓の内容を聞かれた。
自発的にやっている事にしておけばいいから今日から素振りを始めたんだと答えると やっぱり良い顔はしなかった。

「素振り?聖ちゃんが?」
「そうだよ」

ヴィーナはあさっての方向を向いて大きな溜息を吐いた。
チラッと俺を見て何回したの?と聞かれたからこんだけしたんだぞ!と 自慢するように1000回と答えると、また大きな溜息を吐かれた。

「何だよ……」
「それって毎日するつもり?」
「うん、もちろん」

頷く俺にヴィーナがまたまた大きな溜息を……っておい!
何だよ、続かないとでも思っているのか?
ちゃんと毎日続けるって!と強く言ったら額を突かれた。

「痛っ!」
「聖ちゃんは強くならなくてもいいのに」

俺は額を擦りながらヴィーナを睨み付ける。

「俺の事を言うならジュリーこそ強くなる必要がないじゃん!」
「あの子はナイレイト族なの。聖ちゃんとは違うの」
「ジュリーは女の子なんだぞ!しかもまだ小さいし!」
「ナイレイトに性別も年齢も関係ないの」
「えー……」

俺は非難の声を上げながら力が抜けたようにごろりとベッドに寝転がった。
さすがにいきなり素振り1000回は身体に負担を掛け過ぎたのかな。
横たわるとまた眠気がやって来る。

「ねぇ、ヴィーナ……」
「何?」
「ナイレイトってどうして……そんなに強くならなきゃいけないの?」

うつらうつらしながら疑問に思った事を聞く。
男も女も関係なくジュリーのような年齢からでも剣を扱っている。
それがナイレイトにとって普通のようだ。
そういえば……キットさんが言っていたな。
ナイレイト族は全ての者が生まれながらにして戦士だって。

「……、……から、よ」

あれ?ヴィーナが何か言っている。
もしかしたらさっきの質問に対する答えなのかも。
だけど眠過ぎる頭ではほとんど聞き取れなかった。

「何?……聞こえなかった……」

もう一度言って欲しくて今にも閉じてしまいそうな瞼を必死に開ける。
ヴィーナの手が伸びて来て頭を撫でられるとそのまま瞳を覆われた。
そして。

「おやすみ聖ちゃん」

優しい声に誘われて俺は寝入ってしまった。




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