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「よっと」

エドの屋敷の転移鏡が飾られている部屋の絨毯の上に着地した俺は待ち合わせになっている隣の 部屋へと移動する。
すると……。

「久しぶりですね、仔ウサギ君」
「あ!」

そこにいたのは金髪の兄ちゃん……ウェルナンだった。
ウェルナンはノンフレームの眼鏡のブリッジを指で押し上げ、笑む。

「マスターを含め他の皆も都合が悪く、今日は俺が仔ウサギ君の相手になります」
「そうなんだ……って、俺の名前は聖司だって!」

ウェルナンは、では始めましょうかと言って俺の話しを綺麗にスルーした。
おいっ!

「ウェルナン!」
「力を分けて使えるようになりましたか?」

それを聞かれた途端、俺は口を閉ざし視線をウェルナンから外した。
明らかに使えるようになっていないという態度にウェルナンがフフと笑い腰に装備している 二本の剣のうちの一本を抜く。
そして用意してあった別の剣を渡された。
ずっしりとしていて結構重さがある。
ヴィーナとか軽々使っているからこんなに剣が重いとは思わなかった。

「俺は魔術がそれほど得意ではありませんから、今日は剣を少し教えようと思います」

抜いて構えて下さいと言われてドキドキしながら鞘から剣を抜く。
鋭い刃を見ると緊張気味な俺の顔を映し出している。
こんな感じかなと構えてみたらまたフフと笑われた。

「な、何?」
「それでは隙だらけですよ。重心を少し落として」

腰を少し落とし構えなおすとウェルナンが頷く。

「さあ、どうぞ」
「え、どうぞって……」

戸惑いながらも俺は踏み込んでウェルナンに斬り込んだ。
しかし目に見えない程の速さで剣が後方へ弾き飛ばされ、絨毯の上に突き刺さる。
げっ!!絨毯が!!

「絨毯……」
「仔ウサギ君」

呼ばれて振り返って……思わず後退する。
ウェルナンが紫色の瞳を細め、冷笑を浮かべていたからだ。
何を言われるかとビクビクしていたらウェルナンは剣を鞘に納めてしまった。

「今日はこれで終わりです」
「え?終り?」
「まるで剣が扱えないという事が分かりました」
「う……」

ウェルナンは俺に剣を本当に教えてもらいたいか確認を取って来る。
もちろん迷うことなく頷いた。

「では、課題を出します。素振りを毎日しなさい」
「素振り……何回?」
「それは仔ウサギ君次第です」

俺次第……。
100回くらいかな……とボソッとつぶやけば、無表情でスッと目を細められる。
げっ!少なかったか!?
徐々に200、300と回数を上げていき最終的にウェルナンの表情が緩められたのは……。

「1000回……」
「では、頑張って下さい」
「あ、ちょっと。これで終り?」
「そうですよ。他に何か質問でもありますか?」

別に質問はない……あ、あった!
修業とは関係ないけど気になっていたマディリアリッタという言葉が出てきた。
エドが俺に目指せって言ってたんだよな。

「マディリアリッタですか?」
「うん、この前エドに言われたんだ。マディリアリッタを目指せって。それって場所か何か?」

ウェルナンは笑って否定した。
それは人の名前ですよと。

「人?」
「ええ。マディリアリッタというのはレヴァの始祖の伴侶の名前です」

始祖の伴侶……。
なぜ俺はそれを目指すんだ?

「彼女はそれはとても美しかったそうです。彼女に落ちない男はいない程に」
「え?」

その人の何を目指せって言うんだ?
マディリアリッタって女の人なんだろ?
俺は男だし。
エドは何を言いたかったんだか……と思っているとその答えが明らかになる。

「魅了してしまうのはその美貌だけではなく吸血にもあったそうです」
「……きゅ、吸血?」
「はい。彼女に吸血されたものは一瞬にして彼女の虜になったそうですよ」
「……」

マジか。
黙った俺をウェルナンはおもしろそうに見ている。

「まぁ、嫉妬した始祖が彼女を屋敷に閉じ込めてしまったという話しもあります。 ですから、仔ウサギ君も気を付けて下さいね」
「え?」
「セルファード公に一生閉じ込められてしまうかもしれませんから」

な、な、何で俺が閉じ込められなきゃいけないんだよ。
パクパクと口を開閉させている俺にフフと笑うウェルナン。

「マスターから聞いていますよ。第二のマディリアリッタだと」
「ち、違うっ!俺は女じゃないしっ!」
「性別など関係ありませんよ」
「俺は美人じゃないし!」
「ああ、そういえば……」

ウェルナンが思い出したように話し出す。
マディリアリッタは美人だという話しだが一説によるとごく普通の容姿だとも言われていると。

「伝わっている話しは必ずしもそれが真実だとは限りませんからね。セルファード公の伴侶で ある仔ウサギ君が世間では絶世の美女だと言われているみたいに」
「うっ」

その話しには触れないで欲しい……。
もう降参ですと俺はウェルナンに白旗を降った。




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