12




鏡から飛び出た身体がごろりとベッドの上に転がる。
ふぅっと息を吐いて起き上がった。
部屋の中には誰もいない。
キオ以外の誰かがいた時点でアウトだけどな。

「あー、なんか疲れた……」

エドから精気をもらったっていうのにこの疲れようは何なんだ。
転移鏡を持ってベッドの下を覗き込み取り付ける。
これでよしっ。
明日もまた今日と同じ時間に行けばいいんだよな。
あ、そうだ、マディ……なんとかっていうのを聞き忘れたぞ。
そんな事を思っていたらノックの音が聞こえて来てビクッと身体が跳ねた。
しかし現れたのがキオだったのでホッと胸を撫で下ろす。

「あ、ご主人様!」
「キオ」
「大丈夫でしたか?あの失礼な魔族に何かされませんでしたか?」
「別になにも……問題はー……なかった、うん」

思い出しながら返事をしたから間延びになった。
重要視する程の問題はなかったぞ。
ただ衝撃的な事は言われたけど。
でも……本当にエドが言うみたいな吸血を俺がしてるのか?
半信半疑なところもある。
そうだ!
俺はキオを見た。

「どうしましたか?まさか何かされたんですか!?」
「キオさ、俺に吸血された時ってどんな感じだった?」
「え?吸血ですか?」
「うん」

過去に何回かキオから血をもらっているから気になった。
キオはえっと……と身体をもじもじさせる。

「痛かったか?」
「いいえ!痛くはありません。えっとご主人様の吸血はとても気持ちがいいです。 身体がふわふわします」
「ふわふわ?」
「はい。まるで雲になって空に浮かんでいる感じです」

そっか。
感じ方はそれぞれなのか?
もしかしたらエドにからかわれた可能性もあるな。
俺がテクニシャンってありえないだろ……。

「ご主人様?どうかされましたか?」
「あ、ううん。なんでもない。そうだ、ジュリーはどうしてる?」

ここ最近ジルから逃げられなくてジュリーに会っていない。
久しぶりに顔を見たかったのだが今はお昼寝中らしい。
そっか、じゃあ起きたら会いに行くかな。

「ゲコ助の様子はどうだ?」
「はい、順調に育ってますよ」

あの大雨の日に救出したゲコ助は鉢に植えかえられてジュリーが世話をしている。
毎日、観察絵日記を書いていて俺に見せてくれるんだ。
ゲコ助もそうだけどジュリーもいろんな事を学びながら元気よく育っている。
あっという間に大きくなっちゃうのかなぁ。
それは嬉しい事だけど寂しい気もする。

「聖ちゃん?」
「はぁ……」
「聖ちゃんってば!」
「いてっ!」

額をズビシっと突っつかれた。
見上げるといつの間にか目の前にヴィーナがいて変な声が出た。
驚いた顔をしていたらまた額をズビシっと突っつかれる。
なんだよ、痛いな!
どうしたのよ、と問われて額を擦りながら何でもないと答える。
ヴィーナの両手が俺の頬を覆ってきて顔を持ち上げられ、目を覗きこまれた。

「何?」
「うーん、顔色は悪くないわね」
「どこも悪いところなんてないけど」
「熱もないし」
「そんなのないってば」
「ぼーっとしているから体調が悪いのかと思ったじゃない」

エドから精気をもらっておいて正解だったよ!
ぼんやりしているだけで体調チェックされるんだもんな。
ヴィーナからなぜぼんやりしていたか理由を聞かれ、言ったら笑われるのは目に見えているからもちろん拒否したけどしつこく聞いて来るからしょうがなくそれに答えると案の定、爆笑し始めた。
くそっ、だから言いたくなかったんだ。

「ああ、おかしい!チビッ子が大きくなるのって当分先の事よ」
「もう、ずっと笑っていればいいだろ!」
「怒らないでよ〜」
「ふんっ!」

隣の部屋に移動するとセバスさんが丁度ティーセットを持って部屋に入って来たところだった。
怒った顔の俺とニヤつきながら謝っているヴィーナを見て何があったか察したみたいだ。
ニッコリと笑って紅茶を入れ始める。
ソファーに座ってローテーブルの上にあるお菓子を摘まむ。
もごもご食べていると目の前にセバスさん特性の紅茶が置かれた。
その時、さりげなく俺の様子を見ている事に気が付いた。
う、う〜ん。
そんなに気にしなくていいのになぁ。

「セバスさん」
「はい」
「ヴィーナもそうなんだけど、心配してくれるのはありがたいんだけどさ、大丈夫だよ。 体調が悪かったらちゃんと言うし」

ボスンッと隣に座ったヴィーナが俺の肩を引き寄せ口角を上げて覗き込む。
スッと目を細めて来たのがちょっと怖い。

「体調が悪くなった事に本人が気が付かなかったら意味ないわよね?」
「だ、それはっ」
「また倒れたら元も子もないわよね?」
「それはあの時で、今はちゃんと気が付く……よ」

なにかあってからじゃ遅いのよ!と額を指で弾かれる。
いってぇ〜!!

「それ、マジで痛いから止めろよー!」

額を擦って……ふと手を止めた。
さっきのなにかあってからじゃ遅いという言葉がある事を思い出させたのだ。
ハッとした顔でヴィーナとセバスさんを見る。

「どうしたの?聖ちゃん」
「ヴィーナ、セバスさん。ジルって朝どうだった?」
「朝?いつものマスターだったけど……」
「ええ。そうですが」

昨日、ジルから心配になる言葉を聞いたから朝、様子を見てみたんだけど 特に具合が悪いようには見えなかったんだよな。
むしろ血色が良かった気がしたし。
というか腰に大ダメージがあった俺の方がぐったりだったよ。
俺とヤッたら治るみたいだったからもう大丈夫なのかなと思って安心したらその後、二度寝しちゃって ……キオに起こされた時はすでにエドとの約束の時間が迫っていてバタバタしちゃったからさ、 セバスさん達に聞けずいたんだけど。
ヴィーナとセバスさんは顔を見合わせてから俺を見た。

「聖司様、何か気になる事でもありましたか?」

ジルが痛い、苦しいって言った事を告げると2人とも真剣な顔に変わった。

「聖司様、詳しく聞かせて下さい」
「どういう状況で言ったの?」

どういう状況って……ヤベッ。
言えないよそれ!
俺の顔が熱くなって来る。

「聖ちゃん」
「えっと、昨日寝ている時だよ」
「どんな風に?」
「え!?」

どどどんな風って!
説明は無理!
頭を勢いよく左右に振っているとヴィーナが状況が分からなかったら何も判断付かないでしょと 真面目な顔で諭される。
それはそうだけどさ……キオがいるところでは話しにくいぞ。
ちらっとキオを見ているとセバスさんがそれに気付く。
そしてキオに何か言って退出させた。
ドアの閉まる音を聞いてから俺はクッションを抱きボソボソッと話し始めた。
ああ、恥ずかしいっ!
誤魔化しながら話しても結局セバスさんの話術に誘導させられて言う羽目になっちゃうしさ。
最終的にクッションに顔を埋める形で話し終えると、部屋が静まりかえった。
時計の秒針の音しかしない。
そっとまっ赤になった顔を上げると……。

「……!」

セバスさんが真っ白なハンカチを目元に当てている。
ただし、ほほ笑みながら。
ヴィーナが顔を両手で覆って俯いている。
ただし、ニタリと笑いながら。
なんなんだよ!

「聖司様」
「な、なにっ」
「ジハイル様が痛いと苦しいと仰ったのは聖司様を深く愛しておられるからですよ」
「へ?」

どういう事?
きょとんっとする俺にセバスさんはすぐ傍まで来て跪いた。

「痛いと訴えたのは聖司様の取った行動がジハイル様の中で胸を熱くさせ、愛おしさが高まり 過ぎたせいでしょう」
「え……?」

俺が、自分のアレを舐めたから?
絶対ジルは引いたと思ってたんだけど……。

「じゃあ、苦しいって言ったのは?」
「それは聖ちゃんと一回だけって約束をしたからでしょ?」

ヴィーナがニヤニヤしながら俺の頬を突っついて来た。
その手をバシバシと払う。
確かに一回だけって約束はしたけど。
それと苦しいがどう関係するんだよ。

「胸が痛くなる程、大好きっ!って感じているのにそれ以上何も出来ないのよ?」

それは苦しいでしょー?マスターがかわいそう!とヴィーナから非難の目が向けられる。
おい、俺は悪くないぞ……。
というか俺、まんまとジルに騙された気がする。
くっそー!
心配して損したーぁ!!
しかもこんな恥ずかしい事を暴露しちゃったしさ!
もう、当分お預けだ!!
そう決めて俺はクッションに顔を埋めた。




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