ついに、この時が来た。

「では、植えるぞ」

俺の左手にはゲコ助入りのコップ。
右手にはシャベル。
俺とキオとジュリーと護衛としてヴィーナがいるここはジルの屋敷を出たすぐ傍の 庭。
どこでも好きな所をーっと庭師さんがわざわざ咲いている花を抜こうとしていたので慌てて止め、 空いている場所を拝借して穴を掘らせてもらった。
それでも綺麗に刈ってある芝生にシャベルを突き刺すのは申し訳ない感じだ。
しかし…。

「本当におたまじゃくしを土に入れていいのか?」

入れた途端に死んでしまいそうな感じがするんだけど。
コップの中で泳ぎまくっているゲコ助を見ていると 本を片手にキオが問題ありませんと言った。
半信半疑のまま掘った穴にコップを傾けてゲコ助を水ごと流した。
穴を覗き込む俺たちの目にぴくりともせず横たわったゲコ助が。

えええーーーっ!?
マジで大丈夫なの!?
慌てているのは俺だけで3人は冷静に観察している。
なんだよ、これは人間と魔族の差ですか?

「あ、もぐってる」

わくわくしている顔でジュリーがゲコ助に指を差した。
ジュリーの言う通り、ゲコ助は手足を使って…。

「手足!?」

なかったよね?
さっきまでなかったよね!?
おたまじゃくしだったもんね!?
その姿はカエルになる一歩手前の姿だ。

「えっと、リップルップは種から孵って土に触れると手足が生えます…だそうです」

キオが驚いている俺に本を見て説明してくれた。
ゲコ助はせっせ、せっせと手足を使って穴を掘っている。
なんだか応援してあげたくなる。

「がんばれーゲコ助ー!」
「がんばれーげこすけー!」

俺とジュリーがエールを送リ続けているとやがてゲコ助は無事に土へ潜り込んだ。
キオにこの後どうなるのか聞いてみる。

「えっとですね。数日すると芽が出るそうです」
「そっか」

ちゃんと芽が出ますように!
俺はパンパンっと手を合わせてゲコ助の発芽を願った。
これからは毎日経過観察だな。
立ち上がってヴィーナを振り返ると、ここからは遠すぎて見えないが門の方に 無表情のまま視線を向けている。

「ヴィーナ?」
「まったく、やっかいなのが来たわ」
「え?」
「聖ちゃんは中に入ってなさい」

やっかいなのって?
まさか…。
敵?

「ヴィーナ、誰が来たの?」

緊張した面持ちで聞くとヴィーナはめんどくさそうな顔をして嫌そうにその人物の 名を言った。

「エゼッタお嬢様よ」

あ、うん。
それは…やっかいだ。
ヴィーナに促されて俺とキオとジュリーは屋敷の中へと入った。
もちろん玄関のドアはセバスさんが開けてくれる。
セバスさんにも伝えた方がいいよな。
エゼッタお嬢様が来たって。

「セバスさん、エゼッタお嬢様が」
「ええ、存じております」
「え?」

屋敷の中にいたセバスさんが知っているの?
首を傾げる俺にセバスさんはホッホッホと笑った。

「結界を張っていますので。それに触れる者、入って来る者が誰だか分かるのですよ」
「へー、そうなんだ」

結界って防御だけじゃないんだな。
そういえば、ジュリーの部屋でセバスさんがキオに気付かれない為に 結界を張ってたよな。

「セバスさん、ジュリーの部屋で俺に結界を張ったじゃないですか」
「ええ」
「そうしなければキオが気付くって言ってたのはどうしてですか?」

もしかして俺の隠れ方が下手だったからかな?

「ホッホッホ。主が意図的に気配を隠さない限り、僕は主が近くにいる場合どこにいるか ある程度感じる事ができるのですよ」
「そうなんですか?」
「はい。近くにいればいる程場所が特定されます」

そうだったんだー。
だから見つからないように俺の気配を結界で隠したのか。

「さあ、聖司様。お茶にしましょう」

セバスさんに案内されたのは俺の部屋だった場所だ。
俺がボロボロにしてしまったあの部屋の中に入ると、驚く事にとてもきれいになっていた。
しかも壁も家具も絨毯も以前と同じで何も変わっていない。

「セバスさん、これ…」

セバスさんはニッコリと笑ってお茶を用意する。

「ここは聖司様のお部屋です。今まで通りお使い下さい」
「セバスさん…」

この部屋はジルのお母さんも使っていた部屋だ。
その時のものは俺が壊してしまったとはいえ、まったく同じ部屋に なっていた事に関して良かったと安堵した。

「ご主人様どうぞ」

キオが俺にお菓子を出してくれる。

「僕はまだお茶は入れられませんけど、がんばっておいしいお茶を出せるように しますね」
「うん、楽しみにしてるからな」
「はい!」

パタパタとシッポを振りながらキオが元気よく返事をした時、もーいやー!と言う声と共に ヴィーナが部屋に入って来た。

「ヴィーナ殿、ノックを。奥様のお部屋ですよ」
「交代よ!交代!我慢の限界値を振り切ったわ!」

一体何があったのか。
ヴィーナはセバスさんにエゼッタお嬢様の所へ行くように言っている。
セバスさんは苦笑いをして俺に失礼しますと一礼してから部屋を退出していった。




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