今すぐにでも駆け寄って慰めてあげたかった俺は隠れていたベッドから立ち上がろうとした。
するとセバスさんが俺をチラリと見て手で制した。
え?
もしかしてここに隠れていた事、セバスさんにバレてた?

「おにいちゃん、どこかいたいいたい?」
「大、丈夫だよ、ジュリー」

心配そうにジュリーがキオを見ている。
キオは袖で目を拭うとセバスさんを真っ直ぐ見た。

「僕、決めました」

セバスさんはよろしいと頷く。

「迷いのない良い目です。聖司様に伝えなさい。そのままのあなたの気持ちを」
「はい」

キオの返事とともにセバスさんが手を俺の方へ向けて振った。
すると小さくパチンっと音がする。
なんだ?
辺りを見回した後、首を傾げてセバスさんを見ると キオが驚いて俺を見ていた。

「先生、もしかして結界をっ」
「そうでなければ貴方に聖司様がここにいるという事が分かってしまいますからね」

なんだ?なんだ?
とりあえず、いそいそとベッドの裏からみんなの元へと近寄った。
ジュリーが俺に向かって抱き付いて来たのでそのまま抱き上げる。

「おとーさん、かくれんぼはおわり?」

かくれんぼをしていたわけではないんだけどな…。
キオがジッと俺を見上げてくる。
うーん、言いたい事はたくさんあるんだけど、なんて声を掛ければいいのか。
そう考えている俺の目の前でキオはむずむずもぞもぞと身体を少し動かしている。
もしかして?と思った俺はジュリーを下ろし、両腕を広げてキオをぎゅっと抱き込んだ。
キオは黙ったままだけどシッポが徐々に左右に動き、最終的には高速でパタパタと振った。
それを見て嫌われてない事が分かり、ホッと安堵する。

「キオ」
「ご、ご主人様〜っ!!ごめんなさいー!!」

ぎゅうっとキオが俺に抱きつき泣きながら謝って来る。
優しく頭を撫でてキオが落ち着くのを待っている間にセバスさんはジュリーを連れて部屋を 出て行った。
少しするとキオが落ち着き涙目でゆっくりと話し出す。

「僕、決めました。ずっと考えて決めたんです」
「うん」

キオが決心した事。
契約を切りたいと言われたら悲しいけどちゃんとしてやるからな。
強い眼差しで見てくるキオにそう思っていると。

「僕、ご主人様と一緒に人間界に行きます!」
「…へっ!?」

想定外の事を言われて思わず変な声が出てしまった。
一緒に人間界だって?

「人間界に戻れる方法を僕も一緒に見つけます。行方の分からないレヴァの影も探します。 だから僕も人間界に連れて行って下さい!これからもずっとご主人様のヴァルタでいさせて下さい!」

まさかキオがそんな事を言ってくるとは思わなかった。
ポカンとしている俺は思わず呟いた。

「てっきり、キオに契約を切りたいと言われるのかと思った」

するとすかさずキオが叫ぶ。

「まさか!そんな事、絶対に言う訳ないです!僕にとってご主人様はかけがえのない方なんです! 生きる希望なんです!」

え、あ…ちょっと俺、そんな大層な人間ではないんですが。

「人間界に来るって言っているけどキオの家族はどうするんだ?」
「ご主人様…どうか嫌わないで下さい。僕を不要だと言わないで下さい」
「キオ?」

キオは泣きそうになりながら俺の手を離さないようにして意を決して自分の事を語り出した。

「僕の、家名はベルローズといいます」
「ベルローズ?」
「はい、キオ・ベルローズ・ヴァルタです。ベルローズ家は代々有能なヴァルタを輩出する家として 有名なんです。そして多くの者が上位であるレヴァの一族に仕えています。だけど、そんなベルローズ家 で汚点が生まれたんです」

キオのつらそうな顔を見て無理に言わなくていいんだぞと頭を撫でるとぜひ聞いて欲しいと言って 一呼吸してからまた話し始めた。

「汚点、それは白のヴァルタの僕です。色が白くても有能だったらまだ問題なかった。 攻撃する力の無い無能なヴァルタ。家族はそんな僕を世間に出す事を恥じた。 僕も僕なりにがんばったんです。父のように兄たちのようになりたいとがんばったんです。 でも結局、僕には治癒と防御しか使えなかった。ある日、僕を見限った父に言われました。 もうお前はベルローズ家の者ではない、ただの恥さらしだ。この家から出て行けと」

なんて…ひどい。
親が子に言う言葉ではない。
湧き上がって来る怒りを押さえながら俺はキオの話しを黙って聞いた。

「そしてあてもなく彷徨い続けて…いつのまにか大草原で魔物に追われて…そして」

キオが顔を上げて俺を見た。
泣き笑いながら嬉しそうに俺を見た。

「ご主人さまに出会いました。僕にとってご主人様は運命の方です。こんな僕をヴァルタとして 仕えさせてくれて…居場所を与えてくれて…失敗しても怒らずに慰めてくれて…。 そんなご主人様に肝心なところで僕はなにもできない。そう思うと自分が不甲斐なくて やるせなくて自己嫌悪になっていました。でも、ご主人様はそんな僕を呆れずに心配してくれましたね。 先生の言う通り、ご主人様に僕は甘えていたんです。何も変わっていない。昔と同じです。 ただ自分の中に閉じこもっていじけて泣いて立ち止まっているだけの僕…」

だから、とキオは言葉を続けた。

「このままじゃいけない。前に進む事にしました。ご主人様と一緒にいたいから。 なによりも大事なご主人様の願いを僕が叶えます。ご主人様…家に見捨てられている僕ですが ヴァルタとして仕えさせて下さいますか?」

キオが一回り大きくなってとてもたくましくなっているように見える。
すごい、すごいな。
こんな10歳くらいの少年がちゃんと自分をみつめて答えを導いている。

「キオ」
「はい」
「キオに言っておきたい事がある」
「はい」
「キオは自分の事をダメと感じているみたいだけど俺はそうは思っていないぞ。 肝心なところで何もできてない? そんなわけないだろ?ピンチな時に助けてくれたじゃないか。 それに…良い事を教えてやる。三大ヴァルタって知ってるよな?」
「あ、はい。ヴァルタなら誰もが尊敬し憧れる方々です」
「キオは詳しく知っているか?」
「いえ、同族でもその方々の事は未知な部分があって」
「その三人の中の一人は白なんだぞ」
「え?」
「白だって三大ヴァルタになれるんだ。恥じる事じゃないだろ?」

それを調べたのは…あの人だけど。
イースさんを思い出してグッと目を強く瞑った。
ご主人様と呼ばれて目を開けると興奮したように頬を紅潮しているキオがいる。

「キオはさ、誰よりも治癒と防御が得意になればいいと思うぞ」

そして、俺は。

「攻撃は俺がする」
「ご主人様が攻撃?」

キオに俺は頷いた。
そう、俺も強くならなきゃいけないんだ。
魔界のどこかにいるイースさんを捕まえるために。
そのためには相手を上回る程の力を身に付けなければならない。
それにエレも探さなきゃだしな。
ポンポンっとキオの頭を軽く叩いた俺は一番言いたい事をキオに伝えた。

「後にも先にも俺のヴァルタはキオだけだからな」

するとキオが俺にガシッと抱き付いてわーーんっ!!と泣き出した。
しかしシッポは左右に振られている。
嬉し泣きなのか?
でも文句を言われた。

「ご主人様ーひどいですー!もう泣かないって今決心したばかりだったのにー!」

俺は笑いながらごめんごめんと謝ってキオを抱き返した。

「俺の前だったらいくらでも泣いていいからな」
「わーーーーんっ!!甘やかさないで下さい〜!!」

さっきよりも激しく左右に振られるシッポに我慢ならなくてこの後しばらく笑いが止まらなかった。




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