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ゴロっと転がった感覚の後、身体を起こして状況を把握する。
ここはどこだ?
きょろきょろと見回せば誰もいない洋風の見慣れた貴族部屋。
もちろんさっきまでいた俺の部屋ではない。
しかもジルの屋敷の部屋とはまた少し趣が違う。
だからここがジルの屋敷ではない事がなんとなく分かった。
歩き出すと熱のせいでまっすぐ進めている感じがしない。
まいったなーと呟いた時、どこからかキオの声が聞こえてきた。

「キオ?」

耳をすましてみるとどうやら隣の部屋からのようだ。
ふらふらになっている身体でどうにか隣の部屋に続くドアを開けてみる。
するとキオの怒った声がはっきりと耳に入って来た。

「もう一回言って下さい!」
「何で偽ものヴァルタがマスターの屋敷にいるのさ」
「僕は偽ものじゃありません!」
「白のくせに。せめて黒に染めてくればいいのにさ」

キオは耳とシッポをピンっと立たせ目の前にいる相手に向かって威嚇している。
誰かと思って見てみて、うん納得。
最初からあんな調子だったもんな。

「ご主人様!!」

俺の気配に気付いたキオが驚いた顔をしてこちらを向いた。
そして――。

「聖く〜ん!!!」
「うおっ!?」

ユーディが顔を輝かせ、両手を広げて走って来る。
その勢いに本能が逃げようとするが身体が熱で重くて思うように素早く動けない。
あと少しで俺に手が届こうとした時、見えない壁に当たったかのようにユーディの身体が跳ね返った。
あ、デジャヴ。

「このー!!犬ーーっ!!また聖くんとの再会を邪魔したなぁー!!」
「犬じゃありません!!僕はヴァルタです!!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めた二人をいつもなら止めに入るんだが、いかんせん今は発熱中なので そんな体力も無くソファーによろよろと移動して勝手に座らせてもらった。
えーと、ユーディがいるって事はここはもしかしなくても……。

「貴方達、何をしているのですか」

突然、言い争っている声が続く部屋の中で聞き覚えのある女の人の声がして俺もキオもユーディも そっちへと顔を向ける。
あ、やっぱり。
俺が名前を呼ぶ前に聖司様!と声を上げ、俺の元へとやってくる。

「久しぶり、ニケル」

あいかわらず、その……目のやり場に困る格好をしている。
始めほほ笑んでいたニケルだったが俺の顔色が悪い事や着ているものが寝間着だった事に 気付いて眉を顰める。

「聖司様、体調が悪いのですか?それにいつから屋敷に?」
「えっとそれは……」

なんとなくここに来る事になった原因の鏡がなんなのか分かってきたんだが 頭がくらくらしていてうまく言葉がまとまらない。
そんな俺に代わって隣に来たキオが説明した。

「ご主人様は今、熱が出ていてお休みになられていたんですけど、アートレイズ公が 送って来たものが元凶でこんな現状になっています」

元凶のところを強調しながらキオはユーディを睨んだ。
ユーディはキオをシカトして、聖くんかわいそう!熱はどれくらい高いの? と心配しながら身体を触って来る。
キオがすかさず触っている手を叩きながら離れて下さい!と叫ぶとユーディが黙れ犬!と 白い犬耳を引っ張りながら叫び返す。
その後はいつもの如く。
思わず耳を塞いだ。
近くで大きな声を出されると頭に響くんだよなぁ……。
ぐったりしているとキオを押しのけてユーディが俺の方へ身を乗り出してきた。

「聖くん!ボクがじっくり看病してあげるから!」
「え、いや……気持ちだけ受け取っておく」
「身体も拭いてあげるね!」
「いや、大丈夫だから」

やんわりと断る俺の言葉なんか聞かず、興奮したユーディが迫ってくる。
しかし素早くキオが間に入って盾になってくれた。
俺はホッとしたけどユーディはムッとした顔になった。

「邪魔だ!犬!」
「僕は犬じゃありません!ヴァルタです!」
「はぁ〜?白のくせにヴァルタだなんて分かりきった嘘を何回も吐くな! ボクは聖くんの看病するんだからそこをどけ!」
「看病は僕がします!」
「お前に看病なんてできるわけないだろ!」
「出来ます!」
「出来ない〜っ!」
「出来ます!!」
「出来ない〜っ!ボクは聖くんの身体を拭いてあげられるもんね〜」
「それは僕がやります!」
「出来ない〜っ!」
「出来ます!!」
「出来ない〜っ!聖くんはボクにやってもらいたいでしょ?」
「ご主人様、僕ですよね!?」

二人とも自分が前に出ようとお互いを引っ張り合いながら俺に聞いて来る。
なんでこんな話しになってんだ。
自分が選ばれると信じてキラキラとした目で見て来るのは止めて欲しい。
どっちの名前を言ったって騒がしくなるのは分かりきっている。
それは非常に避けたい。

「えーっとな……その」

どうしようかなと頭を掻いて……うん。

「さっきヴィーナに身体を拭いてもらったから大丈夫」

これでいいだろ。
嘘吐いてないし。
でも、そうしたら……。

「えーーーーっ!?ヴィーナってあのセルファード公の僕でしょ!?」

ボクが拭きたかったのにー!とユーディが叫んできた。
う……っ!
大声がダイレクトに響いて両手で頭を抱えて俯いた。
すると視界の端にキオがふるふると震えているのが見える。
思わず顔を上げたら大きな空色の瞳を潤ませながら唇を噛み必死に泣くまいと耐えているキオが。

「キ、キオ?」
「ヴィ、ヴィーナさんっ……が、ご主人様……の、……拭いて……っ」

あ、ヤバっ!
口を手で覆ったけど今さらすでに遅い。
ヴィーナに自分の仕事を取られた……というより仕事を全うできなかった事に対してくやしかったのか、 とうとう目からボロボロと大粒の涙が。
ああ……ああああ〜。
どうしようかと思っていると、ユーディがそんなキオをからかい始めた。
キオはというと黙っているはずもなく泣きながら言い返す。
その後は言わずもがな。
再びぐったりとしているとすぐ傍から女神の一声が。

「ユーディ、キオ。さっきから貴方達、体調の悪い聖司様の前で騒いでいいと思っているのですか」

怒った口調のニケルにピタッと二人が口を閉じた。
さすがニケル!

「聖司様、取り合えずベッドを用意しますのでこちらへ」

違う場所に促すニケルに首を横に振る。
俺にベッドでゆっくり休んでいる時間はないのだ。
さっさと帰らないと。
俺が部屋にいない事がバレたら計画を立てていた事もバレてしまうだろう。
そうなったら終わりだ!
早く戻らなければ!




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