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「えっと、ジルって仕事?」
「ええ、昨日の事がありましたから。ルベーラ城へ行っています」
「そっか」
「でも、先程、ヴィーナ殿がルベーラ城へ行きましたのですぐ戻られますからご安心下さい」
「なんでヴィーナが行くと戻って来るんですか?」

セバスさんはホッホッホと笑う。
俺、面白い事言ったかな?

「ヴィーナ殿は聖司様の事を知らせに行ったのですよ」
「え!?別にいいのに……」

セバスさんはベッドの傍で片膝をついてしゃがんだ。
丁度俺が寝ている目線の高さと同じくらいになる。
そして小さい子に良く聞かせるように優しくゆっくりと話し始めた。

「聖司様。伴侶となられた時点で聖司様の身体は聖司様のものだけではなくジハイル様の ものでもあるのですよ」
「……」
「聖司様に苦しい事があれば、ジハイル様も苦しい思いをされるでしょう。辛い事があれば同じように 感じるでしょう。今、こうして聖司様が熱を出されている時に何も知らされず、後に知った時の その心痛は計り知れません」
「でも……」

重傷ならまだしもたかが熱なのに仕事を中断して帰ってくる事はないと思うけど……と、口にしようとして セバスさんと目が合う。
いつもの穏やかな瞳は力強く、俺の言おうとしていた言葉を抑えこませた。
叱られた感じがして思わず目を逸らしてしまう。

「……ごめんなさい」

うー、セバスさんには敵わない。
ぼそっと謝るとフッと表情を和らげたセバスさんが布団を整える。
ジハイル様が帰って来るまでもう少しお待ち下さいねと声を掛けてから部屋を出て行った。
パタンっとドアが閉じる音と同時に眠気がやってきて本当はジルが帰って来るまでに手紙をなんとか しなきゃいけないのに重くなる瞼に抵抗出来ず寝入ってしまった。







「の……ど、かわいた……」

喉の渇きに目が覚めるが熱のせいで重くて熱い瞼を開く事ができず手探りで水差しを探す。
だけどその手もだるくて思うように動かせない。
サイドテーブルの硬い感触が手に伝わってくるがそこで力尽きて動けなくなった。
ぜーぜーっと熱い息を出しながらうつ伏せの状態で水が飲みたい……と思っていると 身体がふわりと浮き仰向けにされる。
そして口にひんやりとした柔らかい感触がして咥内に冷たい水が流れ込んできた。
乾いた口の中を潤す水を喉を鳴らして飲んでいく。

「もっと……」

水が口の中から消えるとまだ欲しくてねだる。
するとまた冷たい水が流れ込んでくる。
それを何回か繰り返すと喉の渇きが消えてホッと一息吐いた。
しかし次にやって来るのは急激な寒気だ。
ぶるっと身体が震えて布団をギュッと握る。

「寒い…」

布団の中に潜っても身体を丸めても寒気は消えてくれない。
かたかたと震えているとベッドが沈み暖かいものが俺に巻き付いた。
しかも背にピッタリとくっついている所からも暖かさが伝わって来る。
なんだろうコレ……と確かめようにも瞼は開かないし熱のある頭では何もまともに考えられない。
だけど本能だけは働き、暖かさを求めて動かない身体を一生懸命に反転させ、正面からしがみ付いた。
それは俺をしっかり包むようにして暖めてくれる。
この安心感はまるで……ジルみたいだ。
擦り寄ると耳元で、聖司と呼ばれた気がした。









うっすらと目を開けると部屋の中は俺以外誰もいなくて静かだった。
閉じられたカーテンに陽の光が照られていて明るくなっている。
どうやら朝のようだ。
上半身を起こしてみるとまだ、だるさが残っていて頭も重い。
布団の上にある上着を掴んで着た後、ベッドから下りてみる。
少し歩いてみて……うん、歩けない程ではないな。
良し、まだみんながこの部屋に来ないうちにあの双子のメイドさん達に会わないと。
ジルに手紙が渡ったら計画が台無しだ。
……そう言えばジル、結局帰って来なかったな。
ま、別にいいんだけどさ……。
さて、気を取り直して行くぞ!
そっと寝室のドアを開けると隣の部屋には誰もいなかった。
よしよし。
第一関門クリアだぜ。
廊下に出るドアを開けて顔を覗かせてみると人の気配はないな。
よしよし。
第二関門クリアだぜ。
サッと廊下に出て足音を立てず歩いて行く。
だけど肝心のメイドさん達が今、どこにいるかだよな。
誰にも見つかる事なく順調に廊下を進んで行った。
早朝で廊下が冷えているせいなのか熱のせいなのか寒気がしてくる。
思わずくしゃみが出て鼻を啜った。
うーん、いないなぁ。
どこかの部屋にいるのかな。
立ち止まって身体を擦っていると角から誰かがひょっこりと現れ、 ヤベッと思ったが隠れる所もなくバッチリ俺の姿を見られた。

「な、なんでこんな所にいるんですか!?ご主人様!!」

しかし運が良く俺を見た相手はキオだった。
はーっと息を吐き、大きな声を出してきそうなキオに静かにっと人差し指を口の前で立てた。

「えっと、これには理由があってさ」
「理由も何もないです!!早くお部屋に戻って下さい!!」
「だから大きな声を出すなって」

キオは怒った顔で早く早くと俺の手を引き部屋まで戻そうとする。
手紙の事を言おうとする前にキオの口から宣告を受けた。

「今さっき先生が朝食と薬の準備をしていたのですぐにご主人様のお部屋に行きます」
「え?」
「もしいないと分かったら大変ですよ!」

そ、それはヤバイ!
昨日怒られたばっかりなのに!
俺は早足でキオと一緒に自分の部屋に戻って上着をキオに預けベッドの中に潜ると その数分後、寝室のドアがノックされる。

「失礼します。聖司様」
「セ、セバスさん、おはようございます」
「おはようございます。ご気分はいかがですか」

変にドキドキしながら親指をグッと立てた。

「大丈夫ですよ!うん!」

ニカッと笑いながら上半身を起こした俺になぜか顔を曇らせたセバスさんが近寄って来て額に手を当てた。

「聖司様、まだ熱は下がっていないご様子。まだまだ休養が必要です」
「……はい」
「朝食をお持ちしたのですが、食べられますか?」
「はい!」

さっきからおかゆのいい匂いがしてたんだよな!
セバスさんは食欲があって何よりですとニッコリ笑いながらあのめちゃくちゃうまいおかゆを 持ってきてくれた。
蓋が取られると昨日と違って細かいオレンジ色が見える。
ニンジンなのかな?
ま、うまければいいや!

「いただきまーす!」

ふーふーと冷ましてパクッと口の中へ入れると味も昨日と変わっていてさっぱりとしたそれでいて 奥深い味付けになっている。
なんだこれ?
どんな味付けをしたのか全く分からないけど……。

「うまーーーい!!」

あっという間に食べ終えてしまった。
そしてセバスさんから薬とさ湯を受け取る。
苦いので躊躇せず急いで口の中に入れてさ湯で流し込んだ。
苦い苦いとぶつぶつ言っている俺を寝かし布団を整えたセバスさんがキオに何か伝えてから 食器類を片すため部屋から出て行く。

「ご主人様」
「何?」
「もう少しお休みになられた後、お身体を拭きますね」
「あ、ああ。ありがと」
「それとさっき廊下に出ていた理由って何だったんですか?」

そう!
手紙!!
俺はキオにズボンに入れっぱなしになっていたエドからの手紙を説明した。
その途端、キオは怒ったような顔になる。

「どうしてそれを僕に言ってくれなかったんですか!」
「え、だって……」
「だってじゃありません!」

うっ!
俺は布団を引き上げ顔を隠した。
視界が遮断されキオの声だけ聞こえてくる。

「僕に言ってくれればあの時、ご主人様が廊下でお倒れになる事は無かったんですよ」

まるで泣きそうな声を出している事に気づきそっと布団から顔を出すとベッドの傍で ズボンをぎゅっと握りながら俯いているキオが。
そっと手を伸ばすと両手で強く握って来る。

「キオ、心配掛けてごめんな」
「もう無茶しないで下さいね」

俺の性格上、絶対とは言えないけど一応、うんと返事をした。
するとシッポがパタパタと左右にゆっくり揺れ始めた。
それを見てちょっと頬が緩くなってしまう。
……あ、そうだ!
手紙手紙っ!

「キオ、あのメイドさん達に手紙の事を聞いて来てくれるか?」

また屋敷内をうろついたら怒られるのでここはキオに頼む事にした。
キオはシッポをさっきよりも早く振っている。
どうやら俺に頼み事をされて喜んでいるようだ。
頷いたキオがさっそく聞きに行ってくれる。
ホッとしてベッドの中で目を閉じると薬が効いて来たのかすぐに寝入った。




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