26




再び目覚めた俺に気が付いたキオが声を掛けてくる。

「ご主人様」
「キオ……水が飲みたい」
「はい」

キオからさ湯を受け取り喉を潤す。
一息吐いた俺はさっそく手紙の事を聞いた。

「手紙なんですが」
「うん」
「レイラさんとライラさんに聞いたんですけど」
「うんっ」

期待の込めた眼差しで見るがキオの顔はどことなく困ったような顔をしている。

「それが、ご主人様のズボンには入っていなかったと言っていました」
「え?入ってなかった?」
「はい」

キオはますます困った顔をして頷いた。
じゃあ、手紙はどこに?
色々と考えた結果、一つ思いついたのはどこかに落としたって事だ。
……ああ、最悪だ。
セバスさんやヴィーナやレイグに手紙を拾われたら計画が終了してしまう。
俺やキオにセバスさん達以外の誰かが拾って直接渡してくれたりする事は期待しない方がいいだろう。
ど、どうしよう。
今すぐにでも探しに行きたいけど……。
チラッとキオを見るとすぐに目が合った。

「どうしました?ご主人様」
「キオ、また頼み事をしてもいいか?」
「はいっ!もちろんです!」

キオはキリッとした顔で真っ直ぐに姿勢を正した。
けどシッポは激しく左右に振られている。

「きっと、手紙を屋敷のどこかに落としたと思うんだ。だから誰かが見つける前に 見つけ出して欲しいんだ。俺が昨日走ったりした廊下や庭とか見て来てくれるか?」
「はい!!」

キオは大きな返事をした後、思い出したように「あ」と声を出した。
何だろうと思っているとお身体を拭かないと、とタオルを取り出す。
俺はそれを拒否して先に見つけて来てくれ!と懇願した。
手紙の重要性が分かっているキオはそれでも俺の身体を拭かなければいけない事も同じように大切らしく どちらを優先するかめちゃくちゃ考え込んでいる。

「キオ!先に手紙を見つけてくれ!身体を拭くのは後でいいから!」
「……ぅ、は、はい。すぐに見つけて戻ってきます!」
「そうしてくれ」
「では失礼しますっ」

キオは急いで部屋を出て行く。
手紙を見つけて戻って来てくれる事を祈るしかないな。
大人しく布団の中で目を閉じているがキオよりも先に誰かがもう拾っていたら?とか 余計な事を考えてしまってなかなか眠れない。
うー、俺も探しに行きたいよ……。
ジッとドアを見つめていると控えめなノックの音がした。
もしかしてもうキオが手紙を見つけて戻って来てくれたのか?なんて一瞬、思ったけど 部屋に入ってきたのはヴィーナだった。

「あら、聖ちゃん。起きてたの?」
「さっきご飯食べたから」
「そう、薬は飲んだの?」
「うん。飲んだよ」

ヴィーナの大きな手が俺の額を覆う。
まだ熱い事が分かるとなかなか下がらないわねぇと心配そうな声を出した。
ヴィーナの視線がふとサイドテーブルに移る。
そこにあるのは花柄の綺麗な洗面器とタオル。
さっきキオがそこに置いて行ったものだ。

「身体拭いてないの?」
「あ、うん。でもキオが後でやってくれるって」

キオは?とヴィーナから聞かれてドキッとする。
正直に言えるはずもなくちょっと頼み事をしていていないんだとぼそぼそと答えた。
頼み事の内容を突っ込まれるかなと思ったけどそれ以上は何も聞いてこなかった。
それに安堵しているとニコッと笑ったヴィーナが私が拭いてあげるわと タオルを手に取る。

「え?ヴィーナが?」
「何よ、私じゃ不満だって言うの?」

ぶーっと唇を尖らせて俺を見下ろしてくる。

「そんな事ないけど……」
「じゃあ、そこで待っててね」

洗面器を持ってバスルームへ消えていく。
再び戻ってきたヴィーナがお湯でタオルを絞り、俺をベッドに座らせ寝間着を脱がしていく。
そして身体を拭き始めた。
俺がやるよとタオルを取ろうとしたら、ぺしっと手を叩かれた。

「聖ちゃんは病人なんだからジッとしているだけでいいの」
「……うん。ありがと」

てきぱきと足まで拭き終わったヴィーナがそこは自分で拭きなさいねとゆすいだタオルを渡して来た。
そこ?
ヴィーナの視線を辿れば俺のパンツだった。
ぎゃあっ!!
思わず脚を閉じてしまう。

「拭いて欲しいなら拭くけど?」
「自分で出来るよ!」

タオルを受け取り、パンツに手を掛けて……なぜだか視線を感じる。
ヴィーナを見ると俺をジッと見ているではないか。

「ヴィーナ!」
「うふふふっ!良いじゃない〜、別に」
「ヴィーナは乙女なんだろ!」

あら、そう言われちゃったら見れないわねぇーと背を向けた。
こっちを向かないか気にしながらさっさと拭く。
終わった事を告げてタオルを渡すと新しい下着と寝間着を渡された。
洗面器のお湯を捨てに行っている間に俺は着替えを済ましてベッドの中へ横になると 気になっていた事をふと思い出した。
ヴィーナがあの後、エゼッタお嬢様達をどうしたのか聞いてみた。

「ちゃんと捕まえてガルディアに引き渡したわ」
「ガルディアって誰?」
「個人名じゃなくて簡単に言うと裁く者達の事よ」

本当はその場で消したかったんだけど……相手が上位のレヴァの娘だからマスターの立場を考えてしょうがなくねと残念そうな顔をした。
危ねーっ。
だけどちゃんと裁かれるみたいだし良かったと胸のつっかえが一つなくなるかと思ったのだが……。
ぽそっとヴィーナが小さく声を漏らした。

「だけど、いなくなったのよね」
「え?」

ハッとしたヴィーナが何でもないわよと笑みを作り俺の頭を撫でた。

「いい?聖ちゃん、熱が下がるまでは余計な事を考えずにゆーっくり休むのよ」
「あのさ、さっきいなくなったって言わなかった?」
「ああ、それは私の事。マスターに私が聖ちゃんの身体を拭いたって事は内緒よ〜」

顔を近づけて来たヴィーナは、じゃないと私、この屋敷からいなくなるからと囁いた。
何で俺の身体を拭くとヴィーナがいなくなるんだ?
取り合えず良く分からないが頷いた。

「良く寝るのよ」
「うん」
「お休み、聖ちゃん」

ヴィーナが部屋を出て行った後、寝たり目が覚めたりを繰り返した。
その中で何回か夢を見る。
それはこっちの世界と俺のいた世界の人物同士が一緒にいたり場所もころころ変わって 現実ではありえない事になっていた。
だけど、夢の中の俺はその事にちっとも疑問に思わない。
普通に会話したり笑い合ったりしている。
その中で誰かに呼ばれて振り返り……恐怖に包まれた。
場所が突然真っ暗な空間に変わって導化師のような格好をした男が二ィっと笑っている。
お前は三の影……!
くるくる回りながらあっという間に目の前まで接近してくる。
逃げなきゃと思うのになぜか身体が動いてくれない。
三の影が手を伸ばして来て首を締められそうになった時、ようやく脚を動かせられて 走って逃げた。
だけどすぐ後ろから三の影が笑いながら追い掛けて来る。
誰か、誰か!!
どこへ逃げたらいいか分からない俺は走りながら助けを求めた。
ジル……、ジル……っ!!
呼べと言っていたジルの名をひたすら叫ぶ。
きっと助けに来てくれると信じて。
だけどいくら呼んでも来てくれない。
すぐ後ろには俺を殺そうとしてくる三の影。
もう駄目だと思いながら走り続けているとガクンっと身体が落ちた。
真っ暗で分からなかったが道がなかったのだ。
俺の身体は真っ逆さまに落ちて行く。
うわぁーーーーっ!!

「……いっ!!」

ドシンっと身体に衝撃と痛みが走り、目を開けるとそこは自分の部屋だった。
俺はベッドの下に落ちていてパチパチと瞬きをする。

「夢?」

さっきまでの事が夢だと分かった途端、マジで良かったーと息を吐いた。
なんだよーあの夢は!
もう二度と見たくない。

「……ジル」

ジルを必死に呼んでいたせいかとても会いたくなってしまった。
きっと仕事中で迷惑かもしれないけどジルの名前を呼んでしまう。
さっきは夢の中だったから来てくれなかったけど……今なら。

「ジル」

名前を何度か呼ぶが返って来るのは静寂だった。
何だよ……やっぱり来てくれないじゃん。
寂しくなって床の上で身体を丸めた。

ジルのバカ……。




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