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「薬がなくなったらまた取りに来て下さい。では、私はこれで」
「ありがとうございました」

傍で誰かが話す声が聞こえる。
うっすらと目を開けると………ん?
目に映ったのは白いモップだった。
しかもけっこうでかい。
なんでモップが?

「おや?気が付かれましたかな?」

俺の勘違いでなければ今、モップがしゃべった気がするんだけど。
ぬっと俺を覗きこむように近づかれる。
あまりの衝撃に固まってジッとしていると離れていった。

「聖ちゃん!」

今度はヴィーナが覗きこんでくる。
身体を起こすとヴィーナが背中にクッションを置いてくれてそこに寄り掛かった。
ここは……俺の部屋?
べッドの周りにはセバスさんやキオもいる。

「えっと……?」

ヴィーナが、えっとじゃないわよー!と怒っている。
なんで俺、怒られてんの?
ごほっと咳をするとセバスさんが来て肩に上着を掛けられた。

「セバスさんっ」

ジルになにかされてないかと気になっていたセバスさんのいつも通りの姿にホッとすると また咳が出た。
咳込んでいる俺の背を擦ってくれる。

「キオ、聖司様に白湯を」
「はいっ」

キオが俺に白湯を差し出す。
受け取って飲むと咳が落ち着いた。

「えっと、俺……」
「覚えていませんか?廊下で倒れられたのですよ」
「あ……そういえば」

すごく具合が悪くなったんだっけ。
今も身体に力が入らず座っているのも辛い。
まるで熱があるみたいだ。
そう言うとヴィーナが呆れたように溜息を吐いた。

「熱があるみたいじゃなくて、実際にあるの!」
「そうなの?」
「そうなの!分かってなかったの?」

いや……熱を出したのって小学生ぶりだし、ただの風邪だと思ってたし、身体が変だったのは ジルのせいで……ごにょごにょ。
ぶつぶつ言い訳をしていると分かってなかったのねとジトッと見られた。

「うっ」
「熱を出しているのに走ったりするから貧血を起こして倒れたりするのよ!」
「ご、ごめんなさい」

めちゃくちゃ怒っているヴィーナに目を合わせられなくて俯いていたら。

「では、さっきも言った通り、安静にして栄養のあるものを食べて食後に薬を飲んで下さい」

声がしてその方に顔を向ければ……やっぱりモップが動いている。
いや、落ち着け。
モップは動かすものであって自ら動くものじゃないぞ。
さらに言えば、しゃべるだなんてそんな事あるわけがない。
きっと熱があるせいで幻覚が見えてんのかも。
俺、結構やばいのかな。

「聖ちゃん?どうしたの?」

モップを凝視している俺にヴィーナが心配そうに聞いてくる。

「ヴィーナ、俺」
「何?」
「幻覚が見えるんだけど……やばいよなこれって」
「は?幻覚?」

ガシッとヴィーナの腕を掴んでもう片方の手でモップを指差した。

「モップが!モップが!!動いてしゃべってんだよ!!」

興奮したせいか咳がまた出始めてしまった。
ヴィーナは俺の指差した方を見てぎょっとすると指差していた手を握ってバカ聖ちゃん!と小声で 叱って来た。
な、なんだよ、バカ聖ちゃんって。

「あの方はセルべック医師よ!すごい名医なんだから!」
「ごほっ、……ごほ、セ、セルべック医師?」

あのモップが?
医者?
咳が収まらない俺の元にモップ……じゃなかったセルべックさんが来て自己紹介をされた。

「私はセルべックと申します。マダム」

マダムっ!?
思いっきり突っ込みたかったんだけど咳がじゃまして出来なかった。

「身体が回復なさった時にまた改めて挨拶に伺います。今日はゆっくりとお休み下さい。では」

礼をしてセルべックさんが俺の寝室から出て行く。
何か、目や鼻、口がないからどっちが前か後ろか分からない。
ヴィーナも見送るのか後に続いて部屋を出て行った。
その姿を見届けているとセバスさんに話し掛けられた。

「聖司様、何か食べられますか?」
「あー、うん。ちょっとなら」
「では、すぐにお持ち致します」

俺は待ってと立ち去ろうとするセバスさんを呼び止めた。

「あの、セバスさん」
「はい」
「その……昨日の事でジルに何か言われたりとか何かされたりとかしませんでしたか?」

セバスさんは心配には及びませんよとホッホッホと笑う。
本当に?と念を押すと頷いた。
そっか、良かった。
座っているのが辛くなってきたのでずるずると布団の中にもぐりこんだ。
するとすぐにキオが上着を取って布団を掛け直してくれる。

「ありがと、キオ」
「何か欲しいものありませんか?」
「ん、大丈夫……」

目を閉じるといつの間にか寝てしまったようで誰かに名前を呼ばれて揺さぶられて起こされる。
重い瞼を開ける前にすごくいい匂いがした。
目を開けるとセバスさんが皿を乗せたトレイを持っている。

「寝ているところを申し訳ございません。薬を飲むために何か口にしなければいけないので」
「あ、それって……何ですか?」

めちゃくちゃおいしそうな匂いを漂わせている皿の中身が気になった。

「これはオカユでございます」
「おかゆ?」
「はい」

おかゆってあのおかゆだよな?
上半身を起こして皿を覗きこむと見た目もおかゆそのものだった。
トレイを受け取り、スプーンですくって口の中に入れると。
う、う、うまいっ!!
なんだ、このおかゆっ!
うま過ぎる!!
がつがつと食べて始めた俺を見てセバスさんが嬉しそうに目を細めている。

「お口に合いましたか?」
「うん、すごく、おいしい!!」
「そうですか。それはようございました。料理長にも伝えておきます」

なるほど、料理長のブレーズさんが作ってくれたのか。
それならこのおいしさは納得だな!
あっという間に食べ終わり今度は薬をもらった。
紙の小袋に入っているのは粉薬だ。
そっかー、錠剤じゃないんだ。
粉の薬を見て苦そうだなと思いながら口に入れるとやっぱり……。

「苦い……」

急いで白湯で流し込む。
うえっと舌を出しながらまたもぞもぞと布団の中に入った。

「よくお休みになられて下さい」
「うん……」
「お休みなさいませ、聖司様」

目を瞑って寝ようとした時、エドの手紙の事を思い出した。
ダメじゃん、寝てる場合じゃないって!
熱で重い身体を起こして立ち上がった。
だけど身体に力が入らなくてその場でよろけてしまう。
するとセバスさんが驚いた顔をして俺の元へやってくる。

「聖司様?どうかなされましたか?」
「セバスさんっ、あの……っ」

あ、ダメだ。
セバスさんには言えないんだ。
どうしよう。

「さ、ベッドにお戻り下さい」
「あ、でも、俺ちょっと用が」
「そんなにふらついて……。また倒れられたらジハイル様がどんなに心配なさるか」

結局、強制的にベッドへ戻されてしまった。




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