23




ふぁっと欠伸しながら目覚めると俺はジルの寝室のベッドの中にいた。
少し身体を起こして隣を見たらジルはいなかった。
俺はそのままベッドに倒れてシーツを引き寄せる。
ゴロゴロしながら昨日の事を回想してみた。
予想もしなかったエゼッタお嬢様の攻撃、そこに助けに来てくれたジル、セバスさんは無事で、 その後、俺は…俺は……ぬぁぁああーーっ!!
ジルにバスルームでされた事が脳裏に蘇り恥ずかしくなって頭を枕に叩きつける。
途中で気を失ったからさ、その間に何をされていたのかが分からないって怖いよな。
ふうっと溜息を吐いて今度こそ上半身を起こす。
……昨日起こった事が何もかも解決したわけではない。
エゼッタお嬢様がどうなったか気になるし、セバスさんがジルに酷い事をされてないか気になるしさ。
ここで一人、ぐだぐだと考えていてもしょうがないので寝室を出ようとベッドから下りた。
隣の部屋に行けばセバスさんかキオがいて服を用意してくれているだろう。
だから別になにも気にする事なくいつも通り身体にシーツを巻きつけただけの格好でドアを 開け―――。

「―――っ!!?」

完璧に油断してた。
口を大きく開けた俺の目の先にいるのはメイド服を着た同じ顔の女の子が2人。
向こうも俺を見て固まるがそれも一瞬の事で目を伏せ礼をする。
俺も反射的にあ、どうも、とお辞儀をしたがハッと我に返り慌てて寝室へと戻った。
こ、こんな格好を女の子の前でっ!
カーッと熱くなった顔を手で覆った。
ああ、どうしよう。
服がないからここから出られないじゃんっ。
隣の部屋に行く事が出来ずにドアの前でうろうろしていると……。

「あ、ご主人様、おはようございます」

俺一人だと思っていた寝室で急に声を掛けられた。
驚きながら振り返ると両手で籠を抱えているキオがシッポをパタパタ振りながら立っている。
え、どこから現れたんだ?
さっきいなかったぞ。

「キオ、どこにいたんだ?」
「バスルームのお掃除をしていました」

バスルームにいたのか、なるほど。
しかも掃除していただなんて。
えらいなーと褒めたがそこでジルとしていた行為を思い出してすごく複雑な気分になった。
キオがすぐに服を用意しますねと寝室を出て行く。
少し待っていると戻ってきて、俺に服を着せ始めた。
思わず自分でシャツのボタンを留めようしたら怒られた。

「ダメですっ。それは僕の仕事です!」

俺は苦笑いをしてごめんごめんと謝る。
一生懸命ボタンを留めて行くキオを見ながら気になっている事を質問した。
それは……。

「なあ、キオ」
「はい」
「えっと、セバスさんはどうしてる?ジルになんかされたりしなかったか?」
「僕が見た限りでは先生はいつもと変わりなかったですけど」
「そっか」

じゃあ、特にジルになにかされたりとかしなかったのかな。
でももしかしたら2人の間で何かあったりしたのかなぁ。
うーん、これはセバスさんに直接確かめた方がいいな。

「セバスさんって今どこにいるんだ?」

キオは首を傾げて考えている。
セバスさんは常に動いているのではっきりとどこにいるとは言えないようだ。
今度はエゼッタお嬢様の事を聞いてみた。
しかしこの件はキオもまだ知らされてないようで分かりませんと頭を振る。

「ご主人様……」
「ん?」
「僕の兄がご主人様に酷い事をしてすみませんでした」
「それはキオが謝る事じゃないだろ?」
「………でも、血の繋がった兄弟なので責任を感じるんです。もしも今回の事で兄がどんな処罰になろうとそれはしょうがないと思います。それだけ酷い事をご主人様にしたんですから。あの、ご主人様。もしも、 なにか分かったら僕にも教えて頂けませんか?」

キオの白い耳はペショっと下がっていてとても不安そうな目をしている。
しょうがないと言いつつもきっと兄のレナードの事が気になるのだろう。
俺はキオを抱き込んで背中を撫でた。

「まったく、弟に心配させるなんてしょうがない兄貴だなぁ。 レナードはこんなに優しい弟がいて幸せ者だよ」

大丈夫!ちゃんと罰は受けてもらうけどすごく酷い罰にならないように頼むからさ、 とキオにニコッと笑った。
キオは俺を見上げた後、ぎゅっと抱きついてシッポを左右にゆっくり振った。
よしよし、と頭を撫でているとキオがそっと離れる。
頬を赤く染めながら、ご主人様に甘えないって決めてたのに……と、もじもじしている。

「甘えていいんだぞ」
「だ、ダメです!」
「あははっ――はくしょんっ!!」

笑っている途中で急に寒気に襲われてくしゃみが出る。
ずびっと鼻を啜り、腕をさする。
あれー?

「大丈夫ですか?もしかして風邪を引かれたのでは?」

キオが焦った顔をする。
俺は平気平気と手を振って今度こそ寝室を出た。
するとすでにそこにはあのメイドさん達の姿はなかった。
ああ、変な風に思われてなければいいんだけど……。
ソファーに座るとキオが紅茶を入れてくれる。
口を付けて飲むと喉に痛みが。
んー?まさか本当に風邪でも引いたのか?
色々とやる事がまだたくさんあるから風邪なんか引いている場合じゃないんだよな。

「そうだ、キオ。ジュリーはどうしてる?」

昨日、恐い思いをさせたから気になってしまった。
キオはゲコ助と一緒ですと笑った。
ゲコ助と一緒?

「昨日すぐ鉢に植えかえたんです。そうしたらずっと鉢を離さないんですよ」
「ゲ、ゲコ助は無事だったのか?」

思わず身を乗り出して聞いてしまう。
救出したとはいえ、豪雨に流されそうになったり、手の中に結構な時間いたからなぁ。
ちゃんと復活できたかすごく心配になった。

「はい、今日見たら枯れずに育ってましたよ」
「マジか!!」

よかった〜と額に手を当ててずるずるとソファーに倒れ込んだ。
ジュリーとゲコ助は一安心だな。
後……俺が確認しなきゃいけない事ってなんだっけ?
まだあったはずなんだが。
しかしなぜか頭がぼーっとして考えれば考える程まとまらない。
目を瞑ってうーんうーんと思い出そうとするが何も思い浮かんでこない。

「なぁ、キオ。俺がさ、やらなきゃいけない事ってあったよな?」

キオに聞いてもしょうがないと思ったが一応聞いてみた。

「やらなければいけない事ですか……?」
「うん……なんだっけ?」

頭に広がっている熱いもやみたいのが邪魔していて思考能力が落ちている。
後でじっくり考えてもいいんだけどなぜか今じゃなきゃいけない気もする。
うーん。
その時、キオが、あっと声を上げた。

「ご主人様、手紙じゃないですか?」
「手紙?」
「アートレイズ公の手紙です」

……あ!!
エドか!!
そうだ、そうだ!
それがあった!

「キオ、ナイス!まだ返事を書いてなかったもんな」
「はい」

あーすっきりした、と目を瞑ってはぁと息を吐く。
……で、前にもらった手紙どうしたっけ?
どこかにしまったっけ?
しまうとしたら俺の部屋だよな。
引き出しの中……ん?いや、待てよ。
確か、手紙は燃やせって書いてあった気がする。
じゃあ、燃やしたんだ。
そうだ、そうだ。
………。
…………。

「違うっ!!」

カッと目を大きく見開いてキオを見た。
キオは驚いた顔をして俺を見返している。
俺、手紙を燃やした記憶がないぞっ!
どどどどどこだ?
手紙は一体、どこに!?
慌ててたせいかソファーから転げ落ちる。

「ご主人様!?大丈夫ですか!?」
「いててて……」

起き上がろうとしたが身体の節々が痛い上に脚に力が入らない。
キオに手を引っ張ってもらって立ち上がった。

「ご主人様、なんだか手が熱いし、顔が真っ赤ですよ?熱があるんじゃ……」
「おおお、思い出した――――!!!」

転んだ衝撃のおかげかパッと思い浮かんだ。
確かズボンのポケットに入れたはずだ。
手をポケットに入れ探す……が、違う。
このズボンじゃない!
えっと、昨日穿いていたズボンは……そうだ、バスルームで脱いだんだ!
よろけながら急いで寝室のバスルームへと向かった。
ドアを開けると――。

「ないっ!」

脱いだはずの服が一つもなかった。
呆然としていると後ろにいるキオから声が掛かる。

「どうしたんですか?」
「キオっ。ここにあった服、知らないか!?」
「それならさっき僕が片付けましたけど……」
「それで!?どこにやった!?」

キオの肩をガシッと掴んで詰め寄ると瞬きをしたキオが渡しましたと言う。
渡した?

「誰に!?」
「え、レイラさんとライラさんです」

レイラさん?ライラさん?って誰?
分かっていない俺にキオがメイドのお姉さん達ですと教えてくれる。
もしかしてさっき会った女の子達の事か!?

「レイラさんとライラさんって同じ顔をしているメイドさん達か?」
「あ、はい、そうです。レイラさんとライラさんは双子なんです」
「その2人は今どこに?」
「えっと、もしかしたら洗濯場かもしれません」

洗濯場!!
それを聞いてすぐにジルの部屋から飛び出した。
俺を呼ぶキオの声がするがもしも洗濯をする時に手紙が見つかってしまったらと思うと それに返事をする余裕はなかった。
すごくだるくなっていく身体に鞭打って脚を動かす。
しばらく廊下を走った所である事に気が付き、壁に手をついて息を切らしながら立ち止まる。
そういえば、俺、洗濯場がどこにあるのか分からないっ!!
俺のアホー!!
ガクリと項垂れて何気なく顔を上げると、丁度廊下の角からさっきのメイドさんの一人が現れた。
俺と目が合うと驚いた顔をして礼をする。
そして急いでどこかに行ってしまった。

え?

「ちょっ、ちょっと待って!!」

慌ててメイドさんの後を追う。
俺が追い掛けてくる事を知ったメイドさんがさらに驚いて走って逃げていく。
逃げないで!待ってーー!!
いつものように脚が動かせないせいかなかなか追い付けない。
身体をふらつかせながら必死に走っていき角を曲がったところで誰かがいた。

「うぉわっ!?」

危うくぶつかりそうになるのを避けて相手を確認すると――。

「奥様」
「あ、貴女は」

年配の女の人でスカートの丈が長めのメイド服を着ている。
灰色の髪をお団子にしてまとめ、少しつり目できりっとした表情のその人は侍女長のアマンダさんだ。
姿を見かける事はあまりなくて会話をしたのも数えるほどしかない。

「こちらに何か御用でもありましたか?」
「え、いや。その……」
「この先は私共が働くところでございます。奥様がいらっしゃるような場所ではございません。 さあ、お戻り下さい」

アマンダさんの厳しそうな雰囲気に気圧されるが、なんとか説明をして俺の服を取り戻さないと……。
口を開いた時、急激に気分が悪くなって冷や汗がどっと出て来た。
目が回り、平衡感覚が保てず身体が傾ぐ。
うわ!! やべっ、倒れるっ!!

「奥様!?」

どさっと倒れた衝撃を身体で感じた。
痛さよりも気持ち悪さと苦しさの方が勝っている。
必死にアマンダさんが奥様っ!と叫んでいる。

「誰か!奥様が!!」

すぐに耳にバタバタと複数の走って来る音が聞こえて来た。
俺は未だに奥様と呼び続けるアマンダさんにその呼び方は止めて〜と言いたかったが 残念ながら意識がプツッと途絶えてしまった。




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