21




一瞬にして雨が降り注ぐ外から屋敷の玄関ホールへ変わった。
ちゃんとキオとジュリーも連れて来てくれたようで二人が手を繋いで立っている。
ホッとしたのも束の間、見渡せばそこはいつもと同じ屋敷の玄関ホールではない。
至る所に戦った爪痕が生々しく残っていたのだ。
綺麗な壁や階段は破壊され、大きなシャンデリアは床に落ちて周囲に飛び散りながら割れている。
そして、あちらこちらに倒れている者達。
ざっと見ても結構な人数だった。
服装からエゼッタお嬢様の従者と分かったがその他になぜか飾り気のない黒ずくめの者達もいる。
まるで暗殺者のように感じて 血の気がすっと引く。

「セ、セバスさんは?」

思わず倒れている者達の中にセバスさんがいないか目だけで探す。
やはりそれだけでは見つける事が出来ず、ジルに下ろしてと言ったけどどこかにスタスタと歩いて行ってしまった。
もちろん俺を抱えたまま。

「ちょっと、ジル!?あ、キオ!何があるか分からないからジュリーを連れてジルから 離れちゃだめだぞ!」

はいっと返事をしたキオがジュリーと一緒にくっついてくる。
その姿を確認していると突然、ピタリとジルが止まった。
そこは玄関ホールの中央階段の横で、正面からは死角になっている所にレイグが立っていた。
レイグの前にはメイド服を着た女の子が2人。
2人とも同じ顔をしていて肩の上で黒髪を綺麗に切り揃えていた。
手には長箒をそれぞれ持っている。
何度か部屋で会った事はあるけど実際に会話をした事がなかったメイドさん達だ。
そしてさらにその2人の前にいるのは……セバスさんっ!!

「セ……」

名前を呼ぼうとしたけどセバスさんはいつになく厳しい表情で黒ずくめの男の首を掴み壁に 押さえ付けるようにしている。
やがて動かない男に頭を振り、こちらを振り返った。

「だめです。自害しました」

セバスさんの言葉にレイグが舌打ちをする。
ジルの目の前に歩み出たセバスさんは足元に跪いた。
メイドさん達も同じようにその場に跪く。

「ジハイル様、申し訳ございません。屋敷へ招かざる者の侵入を許し、そして」

セバスさんが痛々しそうに俺を見て顔を伏せた。

「聖司様を護る事が出来ませんでした。いかなる処分もお受け致します」

え?何だって?
処分って、そんなバカなと思っているとレイグが一歩前に出た。

「マスター、先程までこのホールにアゼディルウィ―バが。とても強力な空間縛が掛けられて いました。これでは外へ出る事も転移をする事も出来ません」

アゼディ……?知らない言葉が出て来たぞ。
でも今はそれを聞く雰囲気じゃないので後にしよう。
セバスさんをジッと見下ろしているジルが気になったので服を引っ張ってみた。

「ジル、セバスさんに処分とかするなよ。な?」

しかしまだジルはセバスさんを見ている。
何か行動を起こすんじゃないかとハラハラしながらセバスさんに視線を移してハッとした。
黒スーツだから良く分からなかったけど少し色が違う所がある。
それに白いシャツに血が付いていた。
慌ててジルをグイッと力強く押して腕から下り、セバスさんの前に膝をついた。

「セバスさん、怪我しているんじゃないですか!?」

どこを怪我しているのか分からないので手は身体に触れずに目だけであっちこっち確認をしていると セバスさんが顔を上げた。

「怪我はしておりませんよ、聖司様」
「でも、血が……」
「これは敵のものです」

敵の……。
返り血って事か。
セバスさんに怪我が無い事が分かり、安心して気が抜けた拍子にポロっと目から 何かが出た。
それは立て続けにポロポロと出て床にポタポタ落ちる。

「よ、よかった……。セ、バスさんがっ、ぶ、無事でっ」

急に泣き出した俺に驚いた顔をしていたがふっと優しくほほ笑まれて白いハンカチで拭われる。
涙を零しながらセバスさんにほほ笑み返すとジルが後ろから俺を抱き上げた。
俺の顔を見て明らかに不機嫌になる。

「泣いたな」
「え?」

ジルが恐い目でセバスさんを見ようとしたのでガシッと両手で顔を掴んで向くのを阻止した。

「ちょっと待て!何で怒ってんだよ!」
「泣いた」

泣いたって……セバスさんが俺を泣かしたとでも思ってんのか?
おいおい、それは違うって!

「これは悲しくて泣いてんじゃないの!嬉し泣きだって!」

ジルは理解出来ないのか難しい顔をしている。
涙は悲しい時じゃなくて嬉しい時でも出るんだよって事を教えてやった。
だからそんな恐い目をするなと注意しようとした時、さっきまで雨に打たれていた寒気が一気に やってきて身体を震わせながら大きなくしゃみを連発してしまった。
そんな俺を見てセバスさんがジルに早くバスルームへと促す。

「風邪を引かれてしまいます。先に身体を温めて――」

ジルはセバスさんが言い終える前に自室のバスルームへと転移した。
タイルの上に下ろされるとすぐにシャワーが俺の頭の上から降り注ぐ。
冷えた身体が温かいお湯で包まれて、その気持ちよさに目を閉じた。

「んっ」

突然、口を塞がれて目を開けるとジルが俺にキスをしていた。
チュッチュッという音を立てながら唇を軽く吸われまた離れては吸われる。

「あ、ジル、んっ。待って……服を脱がないと…」

いつまでも服を着たままシャワーを浴び続けるのは……と思って脱ぎたいと訴えるとジルは 俺の服に手を掛ける。
自分で脱ぐよと言う前にビリッと服を破かれた。
驚いて目を丸くしている間にもシャツからビリビリッという音がしてくる。

「ちょっと!なんでシャツを破る……ん!」

文句を言うとジルの唇に塞がれてしまった。
しかもシャツを破る事は止めない。
その上、ズボンにもジルの手が伸びてきて、ぐいっと下着ごと下げられる。
浴槽のふちに座らされて脚から抜き取られた。
キスを受けながら全裸になった俺はジルも脱げよと黒いロングコートを掴んだ。
脱がそうと思って肩からずり下げる。
しかし俺はジルにたっぷりお湯が入った浴槽の中へ身体をトプンっと落とされた。
ジルは自ら服を脱いだ後、俺を向き合うように脚に乗せた格好で浴槽の中へ座った。
……別にこんな密着しなくても十分俺達2人が入るスペースはあるんだけどな。
ま、いっかと力を抜いてジルにもたれる。

「ジル……」
「何だ」
「ジルが来てくれたのって俺が呼んだから?」
「そうだ」
「そっか、ありがと」

呼ぶと言うよりは呟いただけだけど本当に来てくれて助かった。
あのままジルが来てくれなかったら俺は確実にレナードに切られていた。
もしかしたら死んでいたかもしれないと思うとゾッとする。

「呼べ」
「え?」

ジルを見れば真剣な顔している。
呼べって……。

「もっと早く呼べ」
「えっと、ジルを早く呼ぶって事?」

ジルは頷き俺が怪我していた手を持ち上げた。
さっき俺の中に入ったジルの精気のおかげで傷は塞がっているが よく洗ってないせいでまだ汚れている。
しまった、洗わないで浴槽の中に入っちゃったよ。
立ち上がろうとするとジルは脇腹をガシっと掴んだ。
うわっ!バカッ!
脇腹に触られるのが弱い俺は身体がビクンッと反応してお湯を跳ねさせながら 再びジルの脚の上に座ってしまった。

「ジル、脇腹は止めろって!」
「……」
「何だよその目」
「離れるな」
「は?手がまだ汚れているから洗わないと。お湯が汚れちゃうだろ」

また俺が立ち上がろうとするとその手を掴み、ジッと観察するように見ている。
そんなジルの様子を見守っていると汚れている甲に口を付けたのだ。

「おわっ!?おい、何してんだよ!汚いって!」

手を引こうとするけどガシリと掴まれてしまって離してくれない。
ジルもキオもよく汚れた俺の手に口を付けられるよなー、と呟いたらなぜかジルに睨まれた。
理由が分からない俺はちょっとたじろぐ。




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