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手を俺とジュリーに向けて翳し魔力を発動し始める。
何かもうエゼッタお嬢様の自分勝手な振る舞いにものすごく腹が立って、もしもセバスさんに 万が一の事があったらと思ったら俺の怒りが最高潮に達した。

「死になさい」

エゼッタお嬢様の手から光球が放たれる。
同時に俺の中で高速で回り始めた紅い力が溢れ出て来た。
光球目掛けてその力をぶつけるとドォオンッと大きい爆発音があたりに響き渡った。

「な……。なんなの」

俺を仕留めたと思ったエゼッタお嬢様は予想外の事が起きて呆然としている。
そして俺を見た途端、目を丸くした。

「その紅い瞳はっ!やっぱりレヴァだったの!?でも…さっきまでは……」

レヴァの力を発動したので俺の目は紅くなっているらしい。
実は今まで何回か発動しているけど実際に瞳の色が変わったところはまだ自分で見た 事はないんだよな。

「あ、あなた、どこの家の者なの?まさかセルファード家の?いえ、セルファード家は あの方のみのはず」

混乱しているらしくぶつぶつと呟いている。
俺がどこの家の者か気にしているあたりもしも上位に位置する家柄だったらまずい事になると 思っているんだろう。

「だから執事が様付けで呼んでいたのね……。 セルファード公とどういう関係なの?」
「なんであんたにそんな事を言わなくちゃいけないんだ。あんた、お嬢様なら人のプライベートを あれこれ聞いてくんなよっ。失礼だろ!」

頭に来ている俺はこの時ばかりは強気だ。
エゼッタお嬢様は顔をカッと赤くして唇を震わせる。
そんなエゼッタお嬢様にレナードが駆け付けた。

「大丈夫ですか、エゼッタ様」
「レナード」
「はい」
「さっさと始末するわよ」
「御意」

エゼッタお嬢様は俺達を殺す事で何事もなかったように振る舞うつもりだ。
そうはさせるか!!
絶対に公にしてやる!
それには勝つかジル達が帰ってくるまで耐えるかだ。
たしかエゼッタお嬢様は中位のレヴァだった気がする。
それに対しておれは下位の下……。
や、やれる事だけの事はやってやるぜっ!
ん?
ふと、ジュリーを見るとなぜかファイティングポーズ。

「ジュ、ジュリー!ジュリーはあっちで隠れてなさい!」
「ジュリーも!」

さすがニナさんの娘、半分ナイレイトだけの事はあって戦う血が目覚めたようだ。
だけどさすがに危ないので俺はそっとジュリーの手のひらにあるものを乗せた。
それは―。

「げこすけ」
「そう、ジュリーはあっちに行ってゲコ助を守ってくれ。いいな?」
「うん!」

ジュリーは大事そうにゲコ助を持って花壇の隅に走っていく。
よし、後は。

「ご主人様!」

キオがジュリーと入れ換わるように俺の隣に来た。
やはりキオ得意の防御はレナードの攻撃に耐えたようだ。
無傷のキオにホッとして頭を撫でる。
褒められていると分かると嬉しそうにシッポを左右に振った。

「それがお前のマスターか」

レナードが俺を見てキオに問うた。
キオは自慢するように胸を張り肯定した。

「そうです!」

さあ、勝負の始まりだ。
先に攻撃して来たのはレナードだ。
俺に向かって剣を抜く。
すかさずキオが防御壁を張って防ぐがエゼッタお嬢様がその防御壁を 魔力で粉砕させる。
俺はというとがんばって紅い力を凝縮させていく。
しかしなかなか安定しなくてうまくまとまらない。
うー、焦るな焦るな……。
よーし、形になってきた。
それを手のひらに集めると紅い光球が出来る。
そして掛け声とともにエゼッタお嬢様が発動した力に投げつけた。
二つの魔力がぶつかり合い爆風が起きる。
渦を巻く強い風の中、軽い身のこなしでレナードが切りかかってくる。
キオが防御を張るが目の前まで来たレナードが突然、消えた。
えっ!?
驚く俺にキオが、残像です!と叫ぶ。

「何だって!?じゃあ……」

本体は――っ!?
背後に殺気を感じて振り向くと剣を振り落としたレナードが。
切られるっ!
ギュッと目を瞑ると俺に当たるギリギリでキオの防御が 間に合った。
至近距離にいるレナードにチャンスと紅い光球を投げつける。
しかしそれはエゼッタお嬢様に防御されてしまった。
くっそー、もうちょっとだったんだけどな。
俺はキオにさっきのナイスアシスタントをよくやった!と褒めると嬉しそうな顔を浮かべたが さすがに連続の防御は力を削るようで息切れをしている。

「キオ、体力大丈夫か?」
「は、はいっ」

はい、とは言っているけど……肩を弾ませているところをみるとかなり消耗しているよな。
あ、そうだ。
キオの体力回復に俺の血をあげればいいんじゃないかと良い案が生まれた。
さっそく提案するとなぜだか拒否される。

「ダメです、この状況でご主人様から力をもらえません。むしろ僕の血を吸って下さい」
「それこそできないって」

ほとんどキオの防御で今もってんのにさ。
みんなーっ、早く帰って来てくれー!
もうレイグでもいいよ!
贅沢は言ってられない。

「ご主人様っ、手を怪我しているじゃないですか!」

うん?
あ、エゼッタお嬢様に踏まれたやつか。
泥にまみれて良く見ないと傷があるのか分からないんだよな。
でもこれ結構、皮が剥けちゃってんだぜ。
良く分かったな、と言うとかすかに血の匂いがしたらしい。
さすが犬……じゃなかったヴァルタの鼻!
でもキオはしょんぼりしている。
雨で匂いが消されていたとはいえ気付くのが遅れてすみませんと謝られた。
キオに手を取られ、ペロリと舐められる。
思わず手を引く。
だって泥だらけなんだぞ。
汚いから舐めるなと注意すると汚くなんかありませんっと言い返されてペロペロ舐められてしまった。
キオのシッポが左右に振られている。
あ、そうか、血がこびり付いているからだ。
片手を舐め尽された時、エゼッタお嬢様が魔力を溜めている事に気が付いた。
手のひらの上でだんだんと大きくなった光球にキスをすると一気に分裂が始まり、たくさんの 紫色に光る球体が出来上がる。
エゼッタお嬢様は今までの単体攻撃ではなく広範囲による攻撃をするつもりなんだ。
あっ、ジュリー!
花壇の隅でゲコ助を守っているジュリーに目を向ける。
きっとあそこも攻撃範囲内だ。
キオの防御は同時に二か所張る事が出来ない。
俺は全ての力を急速に集める。
イメージするのは無数に浮かぶ紅い球体。
この攻撃をすれば俺のレヴァの力はゼロになってしまうだろう。
でも唯一これだけが今の相手からの攻撃を防ぐ事が出来る方法なんだ。
腕をバッと左右に広げて力を解放する。
目を開けると俺の周りにたくさんの弛む球体が浮かんでいる。
間もなくエゼッタお嬢様から放たれた、たくさんの紫色の光球が俺達に向かって降り注いで来た。

「ご主人様っ!」
「大丈夫、防いでみせる!!」

赤い刃に変化させ両腕を前に振って一気に紫色の光球に向けて攻撃を仕掛けた。
あちらこちらで力がぶつかり合い爆発音と煙が出る。
ほとんど相殺させる事ができて俺もキオもジュリーも無傷だ。
息を吐きホッとした瞬間、キオにレナードが切りかかって来た。
素早く防御壁を張るがエゼッタお嬢様の援護攻撃でヒビが入りそこをレナードの剣に振り落とされてしまうとバリンッと音を立てて壁が壊れてしまった。
身体を回転させながらレナードがキオに蹴りを入れる。
キオは勢いよく地面に転がっていった。

「キオっ!!」

すぐにレナードが俺に向かって切りかかって来た。
もちろん、俺に防御壁なんて張れないし、すでに攻撃するレヴァの力も残されていない。
瞬く間もなく俺に剣が振りかざされる。
見開く目にはそれしか映らない。
余計な事なんか考えている余裕なんてなかったのにただ一つ。
脳裏を掠めたのは――。

「ジル……」

どうしてか分からなかったけど無意識に口に出た。

その時、腕が。

そう、俺の腹に腕が回って来て後方へ引っ張られたんだ。
瞬時に目の前にいたレナードが見えない大きな力にぶつかったみたいにふっ飛ばされる。
一体……何が起こった?
離れた所にいるエゼッタお嬢様が近くに倒れたレナードではなく、俺の方を見て両手で口を押さえていた。
まるでとても驚いた事があったように。




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