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エゼッタお嬢様は、まあと軽く驚いた声を出してキオと自分のヴァルタを見比べる。

「レナードと兄弟?似てないわね」
「私にこのような弟などいませんよ、エゼッタ様」
「兄さんっ!」

キオから兄さんと呼ばれると不快だと言わんばかりに睨みつけた。
それに腹が立って俺を捕まえようと近づいて来るキオの兄貴、レナードに叫んだ。

「キオの兄貴なのになんだよ、その態度!」

無言のまま俺へ手を伸ばしたレナードにキオがしがみ付く。

「兄さん、止めて下さい!」

しかしキオの首根っこを掴んだレナードが勢いよく放り投げる。
キオは飛ばされ花壇の中に転がった。

「キオ!」
「おにいちゃんっ!」

ジュリーがキオのもとに駆けて行く。
俺も行こうとしたがレナードにガシリと腕を掴まれた上に引っ張られてしまった。
しかもそのせいで手の中に包みこんでいたゲコ助の芽が石畳の上に土ごとボトリと落ちた。
大きな傘の中にいるエゼッタお嬢様が呆れた声を出す。

「何を大事そうに持っているのかと思ったら土の塊?」
「ゲコ助っ!」

レナードの手を振り払い慌ててゲコ助の芽を土の中から探した。
すると土に汚れた緑色の芽が現れる。
そっと手ですくい取ろうした時、降り続けていた雨が止んだ。
いや、違う。
目の前に人の気配を感じて咄嗟に見上げるとエゼッタお嬢様が腕を組んで立っていた。
俺は大きな傘の中に入っていたのだ。
目が合うとエゼッタお嬢様がニッコリと笑い足を少し持ち上げる。
雨に濡れた綺麗な白いパンプスの行き先は――。

「――っ!?」

咄嗟にゲコ助を手で庇う。
その上に下ろされる白いパンプス。
ぐっと体重をかけられ手の痛みに顔を顰めた。

「止めろよ!何すんだよ!!」
「その手をどかせばいいじゃない?」

ぐりぐりと踏み付けられて歯を食いしばる。
くっそー!!

「こんなところを誰かに見られたら言い訳出来ないぞ!」
「誰かって誰かしら?」

馬鹿にしたようにエゼッタお嬢様が笑う。

「この周りに張ってある結界はただの結界ではなくてよ。外から見ると何もないように見えるの」
「何もない?」
「そう、景色は変わらず見えているけど、ここにいるわたくし達の事は見えないのよ」

それじゃ、誰にも気付かれないじゃないか!

「ご主人様!!」

声がして顔を向けると大きな怪我もなくジュリーの手を握っているキオの姿が。
そうだ、キオならこの結界を破れるかもしれない。

「キオ!この結界を破れるか!?」

俺の問いに周りを見て戸惑った表情をする。

「全部とは言わない、一瞬だけ一人通り抜ける範囲でいい!!出来るか!?」

それならと頷いたキオに俺は声を上げた。
結界を通り抜けてセバスさんの所に行け!と。
それに目を丸くしたキオは出来ません!と叫んだ。
もう一度、行け!と強く言うと頭を振ってまた、出来ません!と叫ぶ。
なんでだよっ!?
セバスさんが心配じゃないのか!?
―――っ、くそ……っ!!

「キオ、これは命令だ!!」

初めて俺はキオに命令という言葉を使った。
早くしないとセバスさんが危ないっ。
もしかしたらもう……と思うと堪らなかった。
二度とニナさんやキッドさんのような悲しい出来事を繰り返したくなかったんだ!
それなのにキオは。

「出来ませんっ!その命令は聞けません!!」

全身全霊で拒否をしてきた。

「どうしてだ!?」
「ヴァルタはご主人様の命令でも聞いてはならない事が一つあります。
結果的に窮地の場にご主人様を一人置き去りにしてしまう命令はそれが例えいかなる状況であっても 聞く事はできません!!」
「セバスさんがピンチなんだぞ!!」
「それを僕に教えてくれたのは先生ですっ!!」
「……っ!」

キオは泣きそうに顔を歪めて耐えるように立っている。
そうだ、考えてみれば白というだけで同じ仲間のヴァルタや家族から同等に扱ってもらえなかった キオにとってセバスさんは初めて受け入れてくれたヴァルタじゃないか。
俺よりもずっとずっとセバスさんの事が心配なはずだ。

「あら、そう言う事ってあるの?」

エゼッタお嬢様が自分のヴァルタに聞くとレナードはいいえと答えた。

「そうよねぇ。主人の命令には絶対ですものね」
「はい、エゼッタ様」
「命令も聞けないなんて本当に無能なのねぇ」

だからレヴァかよく分からないあなたに仕えて いるわけねと言いながらエゼッタお嬢様は俺の手を踏む力をさらに強くする。
苦痛に顔を歪めると楽しそうに笑うエゼッタお嬢様。
キオが俺の方へ駆けて来て手を翳した。
しかし素早くレナードが剣を抜きキオへと切りかかる。
危ないっと思ったが咄嗟に防御壁を張ったので無傷ですんだ。
ホッと胸を撫で下ろすと、今度はジュリーが怒った顔で駆けて来て なんとエゼッタお嬢様の足を両手でポカポカ叩き出したのだ。

「おとーさんをいじめるな!!」
「ちょっと、なによ、この子!洋服が濡れるじゃない!!」

すごい、さっきまでエゼッタお嬢様を恐がってたのに。
俺の為に……と感動してしまった。

「いい加減にしなさいよね!」

エゼッタお嬢様が手を振り上げてジュリーを叩こうとしたので 俺はジュリーを護るために両手を踏まれている格好のまま身体ごと体当たりをした。
するとバランスをくずしたエゼッタお嬢様が後ろへと倒れる。
しかし傘を持った従者が支えたので倒れる事はなかった。
それでもプライドが許さなかったのか凄い剣幕で睨みつけられる。

「屈辱だわ。予定変更よ。わたくしの屋敷に連れて行って色々聞くつもりだったけれど まとめてここで処分するわ」
「処分!?」
「ふふふ、処分した後はちゃんと持って帰ってわたくしのペットの餌にしてあげる」





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