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部屋の中が暗くなりキオが明りを付けようとした時、ピカッと雷が光り、直後にドーンっと 大きな音が響いた。
俺もキオもジュリーも思わず身体をビクッとさせた。

「おとーさん!」

ジュリーが泣きそうな顔で俺にしがみ付いて来る。
ひょいっと抱き上げて安心させるように背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「大丈夫!雷なんかへそを隠しておけばへっちゃらだ」
「へそ?」

聞き返すジュリーに頷くとキオが目を丸くして俺を見ている。
なんだ?
もしかして魔界ではへそは隠さないのか?

「ご主人様!!」
「ん?」

キオが焦ったように大きな声を出し、俺がどうしたんだ?と聞くと窓の外に指を差した。

「リップルップの……っ!ゲコ助の芽がこの雨に流されてしまいます!」
「なっ、なんだって〜!?」

外は一寸先が見えない程の大雨。
生まれたばかりのか弱いゲコ助。
まだ根も深く張っていないだろう。
叩きつける雨が土を抉り、横に倒れたゲコ助はそのまま勢いよく流れて……。
嫌な予感がどっと俺に襲い掛かる。

「ゲコ助〜!!」
「げこすけ〜!!」

部屋を飛び出そうとするとジュリーも付いて来ようとした。
こんな雨の中、外に出せないのでこの部屋で待っているように言うと駄々をこねて やだーっと叫ぶ。

「ジュリーも!ジュリーもおとーさんといっしょにいくの!!」
「すぐ戻ってくるからここで待ってなさい」
「やー!!」

ジュリーを抱き上げると頭を後ろにして身体を反らせる。
うわわわ、落ちる!落ちる!!

「やーーー!!」
「ジュリーっ!」

ああ、こうしている間にもゲコ助がっ。
こんな時ヴィーナがいてくれたらな!
しょうがないとキオを見ると俺が言おうとしている事がすでにわかっていたようで ダメですからね!と先に言われてしまった。
ちっ、キオにジュリーを預けて俺だけで行ってこようとしたのに。
屋敷から遠く離れているわけではないし結界だって張ってあるからちょっとだけなら 大丈夫だと思うんだけどさ。

「僕はご主人様のヴァルタです!!お供しますからね!」
「ジュリーも!!」

しょうがない、今は早くゲコ助を救出しなければ!

「行くぞ!」
「はいっ」
「げこすけ〜」

ジュリーを抱きかかえ廊下を疾走した。
結構なスピードで走っているのに俺から離れずピタリと付いて来るキオ。
しかも息を乱してない。
うーん、やっぱり犬だからなのかな……と心の中で思いながら玄関ホールに向かう。
後ろからキオが傘を用意するので待ってて下さいと声を掛けて来た時、玄関ホールから人の話し声が。
少し興奮したような女の人の声と落ち着いた大人の声。
俺とキオとジュリーはそれぞれ顔を見合わせる。
階段の手すりから見下ろせばエゼッタお嬢様とセバスさんがいた。
ふと、俺にしがみ付くジュリーの力が強くなる。
きっとエゼッタお嬢様に恐い目に遭わせられているせいだな。
ジュリーの背中を撫でながら下の様子を窺う。

「では、一旦帰りますわ。セルファード公がこちらに戻られる時間を教えて下さいます?」
「今日は総統閣下とのお約束がありますのでいつお戻りになるかははっきりと申し上げられません」

エゼッタお嬢様は綺麗な顔を歪めてキッとセバスさんを睨みつけた。

「前回、貴方がわたくしをセルファード公に会わせてくれるって言ったでしょ!」
「会わせるとは申しておりません。ジハイル様にエゼッタ様がいかにお会いしたがっているかその旨は伝えました。後は我が主の御心のままに」
「何よそれ」
「もしもジハイル様に会いたいというお気持ちがあるのならエゼッタ様のもとへご連絡が行くでしょう」
「それがないからわたくしがこうして来ているんじゃないの!」
「ではジハイル様の答えは出ております」
「なんですって…?では、セルファード公はわたくしに会いたいと思っていないとでも言いたいの?」

怒りに身体を震わせながらセバスさんを睨み付けるエゼッタお嬢様。
俺なら完全にビビっているところだけどさすがは執事の鏡。
いつものようにほほ笑みを浮かべている。

「わ、わたくしはあの方の伴侶になるのよ!セルファード公も会えば分かって下さるわ!」

セバスさんは隙の無い綺麗な動きで玄関の扉をスッと開け喚くエゼッタお嬢様を促した。
わなわなと震える唇を噛みしめるエゼッタお嬢様はその場から動こうとしない。
お、お願いだから早く帰ってくれ〜!
そこを通らないとゲコ助まで行けないんだよー!

「一つ、いいかしら?」

数人いる内の従者の一人から扇子を受け取り、広げて口元を隠すとセバスさんを 見据えた。

「何でございましょう」
「この屋敷にセルファード公の伴侶がいるという噂、この前ははぐらかされたけど 実際に見たという者に会ったのよ」
「実際にでございますか?」
「そうよ。誰だか知りたい?セルファード公とその伴侶だと噂の女がキスをしているところを 見たという者よ」

それを聞いて俺が瀕死の時に草むらでジルが俺にキスをしたという話しを思い出した。
確かその場面を見たのはドリード将軍の部下だったはず。
エゼッタお嬢様はわざわざ目撃した本人に聞いたのか。

「百歩譲って伴侶がセルファード公にいらっしゃらなくてもそれと同等な女がいるのでしょう?」
「もし、いたとして我が主のプライベートな事。私の口からは当家無縁の方にお話しする事は 出来ません」
「………」

ニコリとほほ笑むセバスさんにエゼッタお嬢様の一方的な睨みが続く。
こ、恐い。
こんな雰囲気の中で踏み出す勇気がない。
どうしようか…とキオに意見を求めるため横を見ると。

「キオ?」

キオが固まったように身動き一つせず真っ直ぐ玄関を見下ろしている。
まさかエゼッタお嬢様の迫力で?
頭を撫でてなぐさめようとした時、キオがポツリと声を出した。
その言葉に聞き間違いじゃないかと思って聞き返そうとするとエゼッタお嬢様の周囲にいる 従者の一人がこっちへ向いた。
しまったっ。
思いっきり目が合っちゃったよ!
しかもエゼッタお嬢様本人も俺を見ている従者に気が付いて視線を向けて来た。
あ、ヤバイッ!!
階段の手すりから咄嗟に遠ざかったがもうすでにアウトなのは分かっている。
こうなったら、とジュリーを抱っこして階段を一気に駆け下りる。
キオが気になったがしっかりと俺の後ろについてきていた。
さすがにこの行動に驚いたセバスさんが俺の名を呼んだ。

「聖司様!?」
「ごめん、セバスさん!ゲコ助見てくる!!」

セバスさんとエゼッタお嬢様の横を通って外に飛び出す。
傘が無くシャワーみたいな雨にやっぱりジュリーにはここで待ってもらおうかと思ったが ギュッとしがみ付いている姿を見てエゼッタお嬢様が近くにいるところにおいていけない と判断し上着を脱ぎ頭に被せゲコ助のもとへ走り出した。
咲いている花達が強い雨に叩きつけられている姿を見るとすごく不安になってくる。
ゲコ助を植えた花壇に辿り着くと急いで確認をした。

「あ、ゲコ助!」

ぐちょぐちょになった土の上に横たわったゲコ助がいた。
避難させようとしゃがみこんで周囲をゆっくり手で掘り返していると傍に立っているジュリーが 俺の服をギュッと掴む。
どうした?と横を向くと頭に被せてある上着から顔を覗かせて後ろを見上げていた。
そして背後ではいつの間にかキオが俺を庇うように手を広げている。
キオが対峙しているのは……。

「どこかで見た事があると思ったらやっぱりリグメットで会った者じゃない」

リグメットでもつかせていた男の従者にお姫様抱っこさせてもう一人の従者に大きな傘を差させ 雨に濡れないようにしているエゼッタお嬢様だ。




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