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「ご主人様、大丈夫ですか?」
「んーなんとか…」

ぐったりと自分の部屋のソファーに横たわっている俺はけだるい声で心配そうに見てくる キオに返事をした。
だめだ、馬鹿ジルにほとんど精気を奪われた感じだ。
何回もいかされっぱなしでいつもならその分ジルの精気が俺の中に入って来るのに 昨日は中じゃなくて外に…俺の身体に…。
カーッと顔が熱くなる。
そのせいで俺の身体中がジルで濡れていった。
それをジルの深紅の瞳は満足そうに見ていた。

「顔が真っ赤です、ご主人様。具合が悪いのではないですか?」
「え、いや…ちょっと精気が足りないくらいだから大丈夫」

わ、忘れろ!
忘れるんだ、俺!
ジルのアレをねだった事なんて忘れるんだ!
羞恥心のあまり顔を覆い隠しながら身体をジタバタさせる俺にキオが首筋を差し出してきた。

「僕の血を飲んで下さい」

いらないよと断って身体を起こすが力が入らない上に倦怠感がどっと襲い掛かる。

「ご主人様、その状態ではしばらく動く事ができませんよ」
「え…ぁ…」

それは困る。
なぜなら俺には修業をしたりキットさんの師を探したりドリード将軍に会ったりしなければ ならないのだ。
時間がもったいない。

「さあ、ご主人様」
「……ぅ」

じゃ、じゃあ…ちょっとだけ…。
キオの白い首筋に歯を当てグッと噛むと口の中に甘い味が広がる。
同時に精気も入ってきて飢えている俺は底なしに欲していく。
夢中でごくごくと喉を鳴らして……慌てて口を離した。
しまったー!!

「キオ!ごめん!吸い過ぎたよな!?」

キオの身体がふらふらと揺れている。
あわわわー!!
手で支えてソファーに座らせた。

「大丈夫か?」
「は、はい。ご主人様も精気足りましたか?」

さっきより遥かに身体が動けるようになっている。
キオに礼を言って頭を撫でると白い耳がピコピコと動いて気持ちよさそうに目を閉じた。

「なあ、キオ。ジルは屋敷にいるのか?」
「セルファード公なら、お出掛けしています」

そうか…、よしよし。

「レイグはジルと一緒に出掛けたか?」
「あ、はい」

よーし!!
この屋敷の大ボスと中ボスが不在だぜ!

「ヴィーナとセバスさんは?」
「屋敷にいますよ」

今回の事、ヴィーナに頼んでみるかな。
でもなー、なんだかんだでヴィーナは結局ジルの味方だし。
それはセバスさんにも言える事だし。
だからと言って一人で勝手に屋敷を出たりしたら……また心配掛けるしなぁ。
自分を護れる力を身につけていない俺には痛いところだ。
うーんうーんと唸っているとキオが心配そうに聞いて来た。

「ご主人様?何か悩み事ですか?」
「え?あ、まあ…な」

キオは真面目な顔でなんですか?と聞いて来る。
その顔を見てキオが俺に自分自身の事を語った時の事を思い出した。

「うん…そうだよな。キオは俺の味方だよな」

ポツリと呟くとキオは力強く、もちろんです!!と答えた。
俺は誰にも秘密だぞと小さい声を出す。
緊張した顔ではいと頷くキオにこれからの計画を打ち明けた。
その問題点も一緒に。

「やはり、何も言わずに出て行くのは良くないと思います。ご主人様が突然、転移をして 行方が分からなくなった時のヴィーナさんと先生の様子を僕は知っていますから」

うん…まあ、ヴィーナのあの真剣な怒りは凄かったもんな。
自然とあの時に叩かれた頬を手で擦った。

「どーしよ…」

何も良い案が思い浮かばない…。
なんかジルのニヤリとした顔を想像して負けた感が俺を取り巻く。
く、くやしい……っ!!

「ご主人様」
「ん?」
「ご主人様が動けないなら誰かに動いてもらうっていうのはどうでしょうか?」

誰かに?
誰かって…誰だ?
俺は苦笑いをする。

「キオ、ヴィーナとセバスさんは…」
「その方以外です」
「え?」

ヴィーナとセバスさん以外?って残るは…レイグ?
そんなバカな。
でも、他に魔界で俺に知り合いがいるとしたら……。
あっ!

「僕はあまり賛成できないんですけど…」

もしかしてキオが言っている相手って。

「エド達の事を言っているのか?」

微妙そうな顔をしているのはきっと…。
ユーディがいるからなのか。
うーん、頼み事を聞いてくれるかなと漏らすとコクンと頷いた。

「あの失礼な魔族なら喜んで協力してくれますよ」

失礼って…ユーディの事だよな。
でも俺、エド達のいる所を知らないし、頼むならジルの屋敷を出なきゃいけないから 結局変わらないんじゃ。

「僕、アートレイズ公の屋敷がどこにあるか知っています」
「知ってんの!?」

どうやらエドはああ見えて有名らしい。
まあ、確かに上位のレヴァだしな。
キオ曰く首都に近い所を治めているようだ。
へーあのエドが…って感心しているとキオが紙とペンを用意した。
紙とペン?

「これに要件を書いて下さい」

良く分かっていない俺は口を開いたままキオを見つめる。

「手紙ならご主人様がわざわざ行かなくても頼めますよ」
「キオ―――――っ!!」

俺はキオのすばらしいアイディアに感動して抱きついた。
さすがはキオ!
俺にはもったいないぐらいのヴァルタだぜ!!
褒めまくるとキオは顔を紅潮させ、もじもじしながらシッポを高速で左右にパタパタ振った。
よーし、エドに手紙を書くぜ!と気合いを入れ、ペンを握り書き始めようとして…気付いた。
そういえば俺、こっちの言葉書けないんじゃ?
そっとローテーブルの上にペンを置き項垂れる。

「キオ…俺に字を教えてくれ」
「僕が代筆しましょうか?」

キオの申し出は断った。
これは俺の頼み事だから俺が書かねば!
取り合えずキオに見本を書いてもらったけど…。
な、なんというか…こう、英語が複雑になってしまったような文字だ。
しかも筆記体のようにうねっている。
かなりレベルが高いがゆっくりと真似ながらペンを動かす。
書き順なんてもはや存在しない。
読めさえすればいいんだ!
一行を書き終えて一息吐く。

「どうだ?キオ」
「あ、ここ逆です」

逆?
何が逆?
俺には繋がってうねった線しか見えない。

「これを逆にしてしまうと否定的な言葉になってしまいます」
「え?」

結局良く分からず言われるがまま最初から書き直す。
そんな感じで書いては直し、書いては直しで手紙を書き終えた頃には結構な時間が経っていた。
ぐったりとローテーブルに顔を伏せて深い溜息を吐いた。
すると一緒にお腹も鳴る。

「はぁ〜〜〜っ。終わったー!腹減ったぁ〜!」

綺麗な封筒に手紙を入れたキオは宛先と名前を書いてしっかり封をする。

「お食事、直ぐにご用意しますね」
「うん、それ出した後でいいよ」

キオはペコッと一礼した後、部屋を出て行った。
ローテーブルを見てみれば失敗した手紙が散乱している。
あらためて見るとなんだか小さい子供が書いた落書きのようにしか見えない。
俺はそれをぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱にポイッと捨てた。
うーーーんっと腕を上げて伸びをする。

「後は返事待ちだ」




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