11




三の影の手首を掴んで引き離そうとするが全くビクともしない。
このままじゃっ……!
もがく俺を面白そうに見つめる三の影が突然、手を離した。
もっと面白いおもちゃを見つけた時の子供の顔を三の影はしていた。

「へぇー。君すごいねー、俺の影に侵入するなんてさ」

ごほごほと噎せている俺が顔を上げると…。
噎せて出た涙の向こうにジルが暗闇の中、立っていた。
ジルがいる…ジルが来てくれた…!
三の影はニタッと笑う。

「なーるほど。君、オルヴァンの直系だな」

オルヴァン……?
誰だっけ?
でも聞いた事ある名前だ。
ジルが俺を見て…そして三の影に視線を向けた瞬間。
俺の目の前でどさりと三の影の胴が真っ二つになって倒れた。
あまりの出来事に目を丸くしたまま固まっていると包みこまれるように 抱きしめられる。

「聖司」
「ジル……っ」

手を伸ばしぎゅっとジルを掴んだ。
ジルが俺を抱き上げると三の影がゆらりと起き上がる。
しかも胴体は離れたままでだ。
まるで手品を見ているような感じがした。

「ひどいなー、いきなりー。ま、本当は今、殺してもいいんだけど……やめとくー。 君達を殺すのは俺じゃなくてアイツだからさー。そっちの方が面白いし」

三の影の笑い声が響く中、だんだんと空間が遠ざかっていく。
ぐらりと揺れる平衡感覚に目を瞑った。







「……ん」

瞼を開けると光が入ってきて思わず目を細めた。
手にはなめらかなシーツの感触がして身体はふかふかのベッドに沈んでいる。
視線を動かすとジルと目が合った。
あれ?
ジルの頬が赤い…。

「…っ!!?」

ジ、ジルの頬が切れている!!

「ジルっ!血が…っ!!」

慌てて身体を起こそうとしたがジルに押さえつけられてそれは出来なかった。
ジルは俺を無表情に見下ろしたまま出ている血を傷口ごと指でグイッと拭う。
すると傷口は綺麗に無くなっていた。
ホッとする反面、ジルが怪我をした事に動揺を隠せない。
だって、今までにジルの傷ついた姿を見た事なんてなかったからだ。
いつの間にジルを…。
三の影の狂気を纏わせた笑みを思い出し身体が震えた。

「…ぁ、っ」

ジルが俺の口の中に血で濡れている指を突っ込んできた。
途端に芳しい香りと共に精気が俺の中へと入って来る。
指で舌を撫でられてゾワゾワっとした感覚が全身に広がっていった。
ジルの血を口にしたのはこれで2回目だ。
すべての血を舐め取るようにジルの指を吸う。
心地よい精気を少しでも多く取るように。
しばらくしてずるっと口から指が抜けていく。
はたと我に返った俺はジルの指を吸ってた事に恥ずかしくなってジルから視線を外した。

「ジル……えっと…その、来てくれてありがと」

ジルが来てくれなかったら俺どうなっていたんだろ。
チラッとジルを見てそっと手を伸ばし傷があった頬に触れて撫でていると ジルの手が俺の手に重ね合わせた。

「行くなと」
「え?」
「行くなと俺は言った」

俺は眉根を寄せて考える。
ちょっと待て。
俺が自ら進んで行って元の世界に帰ろうとしたとか思われているのか?
まさか!そんなわけあるか!!
しかも相手はエレじゃなくて三の影だぞ!!

「違うぞ、ジル……うひゃっ!!?」

いきなりジルが俺の首を舐め始めて変な声が出てしまった。
え、これって、あれですか…?と思ったが、どうやらそうではないみたいだ。
ただ唇を落としたり吸ったり舐めたりしているだけ。
一体、何?何をジルはしたいんだ?とむやみに身体を動かせない雰囲気の中で 必死に考えるが答えを導き出せなかった。
本人に聞くのが早いとジルに首を差し出しているまま質問した。

「あの、ジル…?何してんの?…くすぐったいんだけど…」

顔を上げたジルは次に指でつっと横に首をなぞる。

「殺す」

……ヒッ!?
それはそれは息も出来ない程の威圧感でその一言を口にしたジル。
な、なに。
俺、殺されんの!?
青褪めガタガタと震える俺を見てジルはまた首を触って来た。
首がじんわりと暖かくなる。

「あの者、必ず殺す」

三の影に締められてずくずくとした痛みが消えて行く。
ジルの深紅の瞳が怒りでゆらゆらと揺れている。
どうやらジルの殺意の矛先は俺じゃなくて三の影みたいだ。
俺は首に触れているジルの手を掴んだ。

「ジル、殺すとか考えなくていいよ。あの三の影、すごく嫌な感じがする」

レヴァの影は全くその実態が分かっていないのだ。
どんな力を持っているのかも分からない。
でも一つだけ、世界を結ぶ力を持っているのはエレを見て分かっている。
そんなすごい力を持つレヴァの影が簡単にやられるとか考えにくい。
もちろんジルの力はとても強いって事は知っているけど…。

「ジルが、ジルがさ、さっきみたいに怪我したりしたら、俺…やだよ」
「お前を傷つけた」
「もういいよ。ジルが助けに来てくれてこうしてここに帰って来れたんだからさ」
「また」

また?
えっと、また影に行ってしまったら…って事?
俺は何かを言おうとして口を開けたけど直ぐ閉じた。
また連れて行かれないという確証はない。

「どうするのだ」
「そ、それは…」

あ、結界とか…?
ジルはそんな俺の考えを読んだように先に言う。

「レヴァの影の接触に結界は無効化する」
「えっと、それは防ぎようがないって事?」
「そうだ」
「そんな」
「殺す以外ない」

うう、行き詰った。
結界が無効化するなんて。
確かにジルから接触して三の影をやっつければエレも助けだせるかもしれないけど……。
あれ?
どうしてジルはレヴァの影に接触できるんだ?
確かエレの時も接触してたよな?

『レヴァの一族でも始祖に近い血筋を持っている者なら接触は出来るかもしれないな』

蘇るのはキットさんの声。
始祖に近い血筋?
……あ。

「あーーーーーーっ!!」

三の影が言っていたオルヴァンって名前!
思い出した!
レヴァの始祖の名前だ!




main next