かわいい私の――。

            どうして泣いている?

            さあ、こちらにおいで。

            歌をうたってあげよう。
















なんかおかしいんだ。
みんなの様子が。
なんだかとても浮き立っていて。
セバスさんなんて笑顔だけどほんのり涙を浮かべているし。
ヴィーナはすごく笑顔で俺のこめかみをドスドスと突っついて来て…あれは首の骨 が折れるかと思った。
レイグにはいつも以上に睨まれて…絶対殺意も含まれてたよ。
屋敷で働いている人達にもなぜだかおめでとうございますと感極まった感じで祝福されるし。
俺ははぁ…と訳の分からないまま返事をしていたけど。
何かあったのかなぁ?

夕ご飯を食べるためにグレート・ホールに行くと思わず立ち止まりそして身体を引いてしまった。
だってすでに並べられている料理が赤いんだ。
魚らしきものも野菜だって赤い。
次々に運ばれてくる食べ物も全て赤かった。
色的にどうも食が進みづらいと言いますか。
俺の隣に座っているジュリーはおいしいねーともぐもぐ食べている。
ジュリーの口を拭きながらとりあえず同意はしたけどさ。
途中でジルがどこからか帰ってきて俺の目の前の席に座った。
セバスさんがジルのグラスに注ぐものも血のように赤かった。
みんなこの状況に何も疑問を持っていないみたいで聞くタイミングがどうも掴めない。
俺の横に来たセバスさんがジルと同じ飲み物を俺のグラスに注いでいく。
こっちの世界の乾杯はグラス同士を当てずちょっと持ち上げるだけなので俺もそれに倣う。
口を付ける前にすんすんと匂いを嗅いで一応確認する。
匂いはしないな。
チラッとジルを見ると躊躇いもなく飲んでいる。
ちょっと口に入れるとホワッとした甘い香りが口の中に広がった。
あ…おいしいかもこれ。

「セバスさん、これ何ですか?」
「これはボボドブですよ」

飲みほした俺のグラスにまたセバスさんが注いでくれる。

「ボボドブ?」
「はい。ボボドブはヴォードン地方にある谷しか生息しない貴重な種なのです」

へー、どんな果物なんだろ。
ブドウ系かな。

「このボボドブはその中でも五百年ものなのですよ」
「五百年!?」

すげーさすが魔界!
驚いている俺にセバスさんは滅多に狩れる事はないと説明した。
ん?
…狩れる?
取るの間違いじゃないかと思いつつ口にボボドブを含んだ。

「この喜ばしい今日にふさわしいボボドブの生き血をご用意出来て…聖司様?」

今、生き血って!
生き血って何!?
なになにボボドブって生き物なの!?
質問しようにも俺の口の中一杯にボボドブ…がっ!
飲み込む事も出来ず出す事も出来ず頬を膨らませたまま吐き出せる所まで行こうとあわてて席を立った。
するとジルが近寄ってきて俺の腕を引っ張る。
なんだよ俺はこれを出したいんだよとんーんー言いながら自分の口を指差した。

「…んっ!?」

いきなり唇が合わさりジルの舌が俺の唇をこじ開けていく。
そこから漏れ出てくるボボドブはジルの咥内へ流れて行った。
俺の口の中にもうボボドブはないっていうのにジルの舌が出て行こうとしない。

「ジ、…ぁっ、ふ…ぅ!」

俺達をスプーンを咥えたままジッと見ているジュリーが目に映り火事場の馬鹿力でジルを 引き剥がす。

「馬鹿っ!ジュリーの教育に悪すぎる!!」

ジルは俺を無視して腰に手を回し抱き上げると席に戻って座った。
俺を膝に乗せて。
……あの。
俺、なんて突っ込めばいいのでしょうか。

「ジュリーも!」

タタタッと走り寄って来たジュリーは俺に向かって手を伸ばす。

「ジュリーもおとーさんといっしょにすわるの」

そうなんだよな。
なぜかおにいちゃんだったのにおとーさんと呼ばれるようになってしまった。
おにいちゃんと呼んでとお願いしようとした時、ジュリーが後ずさりし始めた。

「ジュリー?」

ジュリーは離れた所に立っているヴィーナの足の後ろに隠れてしまった。
俺はハッとしてジルを振り返る。

「お前…」

絶対ジュリーを睨んだんだ。
知らん顔でジルはボボドブのグラスを傾けている。




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