「あ、ママーおきたよー!」

瞼を開けると俺の耳元で小さな女の子の声がした。
横を向くと女の子と目が合ったがパッと目を逸らされてどこかへと行ってしまった。
俺は自分のいる場所を把握する為に上半身を起す。
六畳くらいの部屋にあるベットに俺はいた。
部屋の中にはクローゼットや本棚があり二つ窓がある。
しばらくジルの屋敷の広い部屋にいた俺は元の世界の自分の部屋と似通っているこの部屋に懐かしさを感じた。
パタパタと足音が聞こえてきて部屋のドアが開く。

「あら起きたのね」

黄色い髪の女の魔族が現れその後からさっきの女の子が顔だけ覗かしている。

「…あなたは」

どこかで見た事があると思ったらヴィーナとリグメットの街に行った時に会った女の子と その母親だ。

「この間はありがとう」
「えっ」
「貴方がこの子を助けてくれなかったら今頃この子は…」
「いや、あれは俺が助けたってわけでは」

結局あれはヴィーナが来てくれたおかげで事無きを得た感じだ。
俺一人だったらどうなっていた事か。
…というか何で俺ここにいるんだ?

「あの…ここは?」
「心配しなくてもいいわ。ここは私たちの家よ」
「なぜ俺がここに?」
「覚えてないの?貴方この家の裏で倒れていたのよ」

え!?
倒れていた?

「体調は大丈夫?」
「あ、はい」
「なんともなくて良かったわ。この子が貴方を見つけたのよ。ほらジュリー、お兄ちゃんにこの 前のお礼を言って」
「あ、ありがと」

恥ずかしそうに言った後また母親の後ろに隠れてしまった。
それにしても俺何でこの家の裏に?
確か最後の記憶は…。

「ゲコ助…」

そうだ。
ジルにゲコ助を燃やされてしまってそれにキレた俺がレヴァの力を使ったんだ。
そうしたら空間が変わって…。
俺一人で転移しちゃったんだ。

「何かあったの?」

急に暗くなった俺を心配して母親が声を掛けて来た。
俺は頭を左右に振る。

「あの、俺の方こそありがとうございました」
「大した事してないわ」
「俺、高野聖司って言います」
「私はニナよ。この子はジュリー」

俺はなかなかニナさんの後ろから出てこないジュリーにニコッと笑った。
するとジュリーはニナさんのスカートを握ったまま笑い返してくれた。

「もうすぐ夕飯出来るから食べていってね」
「あ、でも」
「家の人に知らせた方が良い?」
「大丈夫です」

ヴィーナ達が心配しているかもしれないけれどここに俺がいる事は知らせたくない。
ニナさんは夕飯を作る為に部屋を出て行き俺は距離を取っているジュリーと二人っきりになった。

「ジュリーは何歳?」

まずはコミュニケーションだ。
ジュリーは手のひらを広げて5歳と恥ずかしそうに言った。
そしてパタパタと部屋を出て行きすぐに戻ってくる。
ジュリーの手に何か握られていた。
ゲコゲコと鳴くそれ。

「リップルップ」

その花をみて少し悲しくなってしまった。
ジルに燃やされてしまったゲコ助はもうないのだ。
ジュリーはそれを俺に差し出す。

「あげる」
「え?俺に?」
「うん」
「いいの?」
「うん」
「…ありがと」

そっと受け取る。
俺の手の中でゲコゲコと鳴く花にフッと笑みが漏れた。
ジュリーもエヘヘと笑う。
その時、部屋のドアが開き、ニナさんかと思ってそっちを向くと知らない男の魔族が立っていた。
マントを付け、丸メガネを掛け手には鞄を持っている。
何だか先生や学者のような雰囲気だった。

「パパ―!」
「ジュリーただいま」

ジュリーが男の魔族に抱きつく。
ひょいっとジュリーを抱き上げると俺に笑いかけた。

「やあニナから聞いたよ。調子はどうだい?私はこの子の父親のキットだ」
「あの、俺は高野聖司です。お邪魔してます」
「君がジュリーを助けてくれたんだね。礼を言うよ。ぜひゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」

この後、ニナさんに呼ばれ夕飯をごちそうになった。
ジルの屋敷で食べたコースメニューではなく家庭的で素朴な料理だ。
もちろん初めて食べる料理だがどことなく慣れ親しんでいる味に食が進む。
そんな俺にニナさんはニコニコと笑いながら皿に盛ってくれる。

「やっぱり男の子だと気持ちの良いくらい食べてくれるわね」
「ジュリーもたべるー!」
「はいはい」

俺に対抗意識を持ったジュリーもニナさんに皿に盛ってもらう。
キットさんは一杯食べろとジュリーの頭を撫でている。

「キットさんって先生っぽいですね」

俺のその一言にキットさんは恥ずかしそうにニッコリと笑って頷いた。

「いや〜。良く分かったね。私はコートルトレッジの先生なんだ」
「コートルトレッジ?」
「ああ、丘の上に大きなレッジがあるのは知っているかい?あれがコートルトだよ」

ヴィーナとこの街に来た時に見た博物館のような建物がコートルトという学校みたいだ。
ちなみにレッジというのは学校という意味らしい。

「何を教えているんですか?」
「私の専門は考古学なんだ。まだこのレヴァ・ド・エナールが創設する前の事を調べているんだよ」
「もともとここはレヴァ・ド・エナールじゃなかったんですか?」
「実はそれは違うんだ」

キットさんは俺を生徒のように語り始めた。

レヴァ・ド・エナールを創設したのはレヴァの始祖でオルヴァン・エルセイ・アライル・コルド・レヴァという魔族だった。
そのころの魔界は大まかにレヴァの一族とヴァルタとナイレイト、その他の魔族たちでこの地の奪い合いがあったそうだ。
激闘の末、レヴァが他の者たちを制圧して総統に君臨した。
そしてヴァルタとナイレイトはレヴァの僕になる。
これが遥か昔の事の出来事で語り継がれているらしいが詳しい事は分かっていないらしい。
それをキットさんは調べているのだ。

「それと、ヴァルタとナイレイトの事も調べているんだけどどちらとも結束が固い古い一族だからね。 簡単には分からないんだ」
「はあ」
「特にナイレイトは影の一族だから滅多に姿を現す事もないし」

思わず今度連れて来ましょうか?と言いそうになったよ。
今の俺の家出状態では簡単に口には出せないので止めといた。




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