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「ナイレイト族に会った事がないんですか?」
「ああ、残念ながらね」
「そうなんですか」
「ヴァルタだったらレヴァの一族に仕えているから姿を見た事もあるし実際、話す機会もあったけれど ナイレイトはヴァルタ程レヴァの一族になら誰でも自ら仕えるという忠誠心があるわけでもないんだよ」
「選ぶって事ですか?」
「ナイレイトはプライドが高いから心から認めた相手ではないとレヴァの一族といえども僕にはならないね。噂では総統に仕えているナイレイトがいると聞いたことがあるけれど、やはりそれくらいの力を持っている方ではないと。なにせ始祖との戦いで最後まで接戦を繰り広げていたのはナイレイト族だからね」

それを聞いて俺はジルに仕えているヴィーナを思い出して納得してしまった。
なんて言ったってジルは次期総統候補だもんな。

「ナイレイトについてはまだ身分が3つに分かれているという所までしか分かっていないんだ」

ナイレイト族は全ての者が生まれながらにして戦士らしい。
一般の戦士はロウシャスと呼ばれる。
ロウシャスの中から選ばれた一部の者が暗殺部隊のラウダンスゥラを名乗れその戦闘能力は 計り知れない。
そしてその者達を束ねるのはナヴェルタだ。
ナヴェルタは一族でただ一人、絶対の権限を持つ長だ。
その話しを聞いて俺は何か引っ掛かった。

「ラウダンスゥラ…」
「それがどうかしたのかい?」
「いえ、どっかで聞いたような」

そう、初めて聞く言葉ではないような気がしたんだけど。
でも思い出せない。
うーんと首を傾げている俺に酒が入って少し赤くなったキットさんがはははっと笑った。

「きっと気のせいだよ。生活する上で関係のない言葉なんだから」
「…そうですよね」

気のせいか。
突然、カシャンと音がしたのでその方を見るとコクコクと頭を揺らしているジュリーがスプーンを床に 落としていた。
食べながら半分寝ているジュリーをニナさんはあらあらとスプーンを拾って抱きかかえた。
それを見てキットさんは笑う。

「ジュリーはもうおねむかな?」
「そうみたいね。ベットに寝かしてくるわ」

ニナさんがジュリーを寝室へ運んで行く。

「今日は泊っていくんだろ?」
「え?」
「泊っていきなさい。まだまだ夜は長い。もう少し語ろうじゃないか」

実際、断っても俺には行く所がないのでキットさんの誘いはありがたかった。
だから素直に言葉に甘えて今日は泊らせてもらう事にする。
キットさんは頷いた俺にヴァルタの話しを始めた。
ヴァルタもナイレイト同様、内部はまだ分かっていないようだ。
俺は一つキットさんに質問してみた。

「あの、ヴァルタって白はいないんですか…?」
「白?…白は聞いた事がないな」
「そうですか」

やっぱり他にキオみたく白のヴァルタはいないのか。
俺の落胆にキットさんはそういえば、と話しを続ける。

「最近、三大ヴァルタの一人がもしかしたら白ではないかと言っていたヤツがいたな」
「三大ヴァルタ?」
「そう今では伝説になっているヴァルタの三人だよ」
「そのヴァルタ達はどこに?」
「はははっそれが分かったら大変な事だよ」

キットさんは声を上げて笑う。
今、生きているのか死んでいるのかどこにいるのかは全く謎のままなのだ。
ただレヴァ・ド・エナールが危機に陥った時にその姿を現しレヴァと共に戦ってきたらしいが この数百年の間は何も音沙汰なしだ。
人間の俺からすると数百年って感覚が分からないな…。
しばらく話しを聞いていたがニナさんにもういい加減にしなさいとキットさんが注意され てお互い寝室に戻った。

ベットに寝て布団を被り目を閉じる。
シンっとしている部屋にいるとこれからの事とか色々とぐるぐる考えてしまうので強制的に さっさと夢の世界に入った。









次の日、ジュリーに遊びに行こうと言われて街中へ一緒に行くと 会いたくない人物に遭遇した。
はあーっと俺は心の中で溜息を吐いた。
なぜなら目の前にエゼッタお嬢様が従者と一緒にいたからだ。
エゼッタお嬢様はツンっとした態度で俺を見ている。

「そこ、どいてくださらない?」
「え、あ、はい」

真っ直ぐ歩くのに俺が邪魔だったのかうっとうしそうに言って来た。
ジュリーはこの間の件があったせいで怖がって俺の後ろに隠れている。

「まったく貴方、セルファード公程の高貴な家柄に仕えているなら貴人に対する行動というもの を少しは学んでいるはずなのに言われなければわからないのかしら」
「別に俺、仕えてなんか…」
「おだまりなさい!わたくしを誰だと思って?」
「えっとー、ノズウェル公のエゼッタお嬢様です」

確かこれで良いはず。
俺の答えにエゼッタお嬢様は頷いて言葉を続けた。

「そしてわたくしはセルファード公の婚約者でもあるのよ」
「…へ?」

得意げに言うエゼッタお嬢様の言葉に俺は目を丸くして間抜けな声を出してしまった。
婚約者…?
エゼッタお嬢様がジルの婚約者?
でも、あれ?俺はジルの伴侶だったよな。
伴侶と婚約者って別ものだっけ?
なにがなんだか分からなくなって疑問符が俺の頭の上でいくつも踊っている。

「えっとそれはつまり、結婚するって事ですか?」
「あたりまえじゃない。婚約者が結婚しないでどうするの」

ジルとエゼッタお嬢様が結婚?
……じゃあ、俺は?

「あ!」

エゼッタお嬢様が嬉しそうに声を上げた。
俺を通り越して軽やかに走って行く。
後ろを振り返ると。

「…ジル」

俺を探しに来たのか?
でも俺は戻らない……えっ?
エゼッタお嬢様の腕がジルの腕に絡んでいる。
ジルの目線はエゼッタお嬢様に向いていて俺の方を見ようともしない。
……ジル?

「エゼッタ」

ジルが名前を呼ぶ。
それにうっとりしているエゼッタお嬢様は返事をして身を寄せた。
な、何だよ!
馬鹿ジル!
俺はここにいるのに!

「あ…っ」

信じられない光景を見た。
ジルとエゼッタお嬢様の顔が近づいていく。
まさか、このままだと。
二人の傍に行こうとするが従者に阻止された。

「どうして…ジル」

茫然と俺は二人の顔が重なるのを見ているしかなかった。

「ジルーーーーーっ!!」

ハッと俺は自分の声で目が覚めた。
シンっとした部屋の中は薄暗い。
まだ朝日は出ていないみたいだ。

「夢…か」

はぁーーーーっと安堵した。

「良かったぁ夢で」

と声に出したが、ん?と考える。
良かったって何でだ?
俺はさっき見た夢を回想する。

「別にさ、ジルが誰と婚約してようと俺には関係ないし」

もや。

「ジルが俺じゃなくて違う人を見つめちゃっても関係ないし」

もやもや。

「ジルが誰とキスをしようと関係……」

もやもやもや。

…へ、変だな。
さっきから胸がおかしい。
まだ寝足りないせいかな。
俺は胸の息苦しさを押しこんでまた眠りに付いた。




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