あれから数日が経ち身体もほぼ回復をみせる中、ジルに会わないという日も続いていた。
朝起きるたび、俺をいつものように拉致したジルが目の前にいて何食わぬ顔で寝ている のではと警戒していたがそのような事は今のところない。
今日も目が覚めると自分のベットの上だ。
俺はベットから下り軽くストレッチをする。

「よしっ!どうだゲコ助!」

ゲコ助はゲコゲコと鳴きいいんじゃない?と想像上の声が聞こえた。
カーテンと窓を開けると心地よい風が入ってくる。
空に見えるのは一つの太陽と二つの月。
みんなには悪いが俺はエレを探す事は諦めない。

「ゲコ助お前は応援してくれよ!」

ゲコゲコと鳴く音にあたりまえだろ!という声が聞こえる。
うんうん、お前だけが俺の味方だよ。

…ぐぅーーーーっ。

ちなみにこれは俺の腹の音だ。

「お腹減ったな〜」

部屋を出てお腹をさすりながら廊下を歩いていると大きい玄関ホールから話し声が聞こえてくる。
誰だろ?
この屋敷にはエド達が来ただけで後は誰も訪れなかった。
だから知らない声を聞きとった俺は興味本位で階段の手すりから顔を覗かせて下を見る。
すると身なりの良い女の魔族と数名の従者らしき者の姿が見えた。
女の魔族はフリルが付いている白のシャツに青のスカートを穿いていた。
ウェーブの長い金の髪が目立つ。
ん?
どこかで見たような。

「…あ」

リグメットで会ったエゼッタお嬢様だ!
何しにここに来たんだろう?
耳を澄まして話を聞く。
エゼッタお嬢様はセバスさんが対応していた。

「せっかくお出で下さいましたのに、申し訳ございません。ジハイル様は留守にしておりまして」
「まあ、そうなの?残念だわ。たまたまセルファード公のお屋敷の前を通りかかったからお姿をご拝見したかったのだけれど…しょうがないわね、また今度正式にお訪ねするわ」
「ジハイル様にそのようにお伝えしておきます」
「ではごきげんよう」

どうやらジルに会いに来たらしい。
エゼッタお嬢様は従者達をひきつれて去っていった。
手摺りにつかまりながらそれを見ていた俺の目と振り返ったセバスさんの目が合いほほ笑まれる。
しまったバレた。
俺は階段を下りてセバスさんの元へと近寄った。

「聖司様。お身体の方は」
「大丈夫です。でもお腹空いちゃって」
「ホッホッホ。ではご用意しますのでこちらへ」

俺はグレート・ホールに案内されとても長くて大きいテーブルの席に座り用意されたご飯を全部平らげた。
はーお腹一杯。
俺の食いっぷりにセバスさんは嬉しそうに目を細めている。

「もうよろしいのですか?」
「うん。もう充分です。ごちそうさまでした」

退出する俺の背にセバスさんが声を掛ける。

「聖司様」
「はい?」
「もう少ししたらジハイル様が戻られますので一度お二人でお話しになって下さい」

その言葉には何も返事をせず自分の部屋に戻った。
ベットの上にうつ伏せのまま倒れ込む。
正直、ジルとの状態がずっとこのままでいる事は良くないって分かってるけど……だけどさ。
俺、悪くないもん。
自分の家に帰りたいって思うのは当たり前だろ?
それなのに俺にあんな事…。
あーダメだ!
考えるとイライラしてくる。
俺は手を伸ばしてゲコ助を撫でた。
へへへ。
かわいいなー。
顔を近づけてそっとキスを一つ落とした。
するとゲコではなくて詰まったかのようにグェッコと鳴き俺はそれに大爆笑した。

「なんだよ、驚いたのか?」

またその鳴く音が聞きたくて調子に乗りもう一回長めのキスをする。
しかし不意に部屋の中が冷やりとした空気に変わって顔を上げるとジルがベットのすぐ傍に立っていた。

「ーーっ!?」

まさかこんな急に来るなんて思いもしなかったので言葉が出てこなかった。
ジルは俺ではなくゲコ助を見ている。
そして視線を俺に移し身を乗り出すと唇を重ねて来た。

「…ん、ぅっ」

だんだんと深くなってくるキスを拒む為、顔を逸らすが顎を掴まれて逃げられなかった。

「はっ、やめっん!」

俺の視界にジルの手がゆっくりと横に伸びるのが見える。
その先にあるものは…。

「ジルっ!…んぁぅっ」

唇を深く塞がれて制止が出来ない。
ジルが花瓶に挿してある花を握った。
やっ、止めろ!
ぐしゃりと潰される花。
ジルの指の間から潰された衝撃によって出た水が滴り落ちて行く。
あ、あああっ!
ゲコ助っ!!
俺は握り潰されているゲコ助に向かって手を伸ばすがジルの手の中で呆気なく燃やされ灰となった。

な、何で…。

「何で、こんなっ」

もう怒ったなんてレベルではない。
胸の奥底が一気に熱くなって赤い光がぐるぐると渦を巻き限界まで膨らんだ。

「もう、許さない!!」

ギッとジルを睨みつけた瞬間、ドォンっと俺の部屋から伝わった爆発が屋敷を揺らした。
部屋は俺が使った力のせいで家具も壁もボロボロになってしまった。
そんな中でも、もちろん俺の攻撃でやられるようなジルではなく無傷のまま立っている。
直ぐにヴィーナ達が部屋とは呼べなくなってしまった空間に駆け付けた。

もう、嫌だ。
ここに居たくない。
ジルの傍に居たくない。

ジルなんか、ジルなんか…っ。

「ジルなんか大っ嫌いだぁ!!!」

そう俺が叫んだ途端、再び胸の奥深くが燃えるように熱くなった。
そしてぐにゃりと空間が歪む。
あ、これは…転移の…。
ジルが俺に向かって手を伸ばす。
だがジルの手が触れる前に俺の姿は部屋から消え失せた。




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