薄っすら目を開けると誰かが俺を覗きこんでいた。
白い耳がピョコっと動く。

「ご主人様!!」
「……キ、オ?」

身体が全然動かない俺の耳にゲコゲコという音が聞こえた。
かろうじて頭だけ横にすると…ゲコ助が元気よく鳴いている。
どうやらここは俺の部屋らしい。
キオが心配そうな顔をして俺を見ている。
その後ろにはセバスさんもいた。
そうか俺…ジルに…。

「う…っ!」
「聖司様、無理に動かないで下さい」

身体を途中まで起こしたが下半身の異様なだるさに声を上げた。
中途半端に起こした上半身をセバスさんが支えてくれる。

「水を飲まれますか?」
「うん」

背にクッションをあて寄りかかるとキオが水の入ったコップを持ってきてくれて た。
水を一気に飲み干しふうっと一息つく。
だるさは残るが無理矢理やられたにしては痛みが無い事に気付いた。

「キオ、もしかして」
「あ、はい」

やはりキオが治癒してくれていたようだ。

「でもご主人様、怪我は治癒で治せるんですが体力に関しては僕の力では完全に回復は出来ないんです」

体力の回復は精気が必要らしい。
俺はそれでも痛みを取り除いてくれたキオにありがとうと礼を言って頭を撫でた。
キオは目を閉じてシッポを振った。

「聖司様」

セバスさんが窺うように俺を見てくる。

「聖司様はレヴァの影をお探しなのですね」
「………」
「そして人間界にお戻りになりたいと」
「ご主人様!」

セバスさんの言葉にキオが驚いた声を上げた。
そして俺にしがみ付いて来る。

「ご主人様っ!帰ってしまうのですか!?」
「………」
「嫌です!ダメです!」

必死に訴えてくるキオに俺は何も言ってやれない。
そのうちキオが泣き出してしまった。
セバスさんがキオに退出するように指示を出す。
俺の傍を離れたくないキオは嫌だと頭を振るがセバスさんは先生のようにピシリと告げた。

「キオ。ヴァルタは簡単に取り乱すものではありません。落ち着いたら戻って来なさい」
「…ひっく、は、い」

キオは手で涙を拭うと不安そうに俺を見ながら部屋を出て行った。
部屋のドアが閉まりキオが出て行った事を確認したセバスさんは俺に向き直す。

「さて。聖司様」

呼ばれた俺はゆっくりと目線を向ける。
するとセバスさんが頭を下げていた。
俺は驚いて目を大きくした。

「セバスさん?」
「我がマスターをどうかお許し下さい」

な、何でセバスさんが謝るんだよ。

「きっとジハイル様は聖司様がご自分の元を離れようとした事にお怒りになったのでございましょう」
「だからって…あんな…」
「聖司様を愛するが故…」
「愛してたらどんな事してもいいのかよっ!愛しているならあんな事するかよっ!」

あれは今までやられた中で一番最悪だった!
セバスさんは目を伏せた。

「ジハイル様はどんなに宥めても聖司様をお離しになられなかったのです」
「え…?」

セバスさんの話しによれば朝になっていつものようにレイグがジルの部屋に行くと血の匂い がしてくる事に気付いたそうだ。
中へ入ると意識のない俺を抱きかかえているジルがいて近づくと結界に跳ね返され、 その異様な雰囲気にレイグはヴィーナとセバスさんを呼んだ。
俺の状態を見てこのままだといけないと判断したセバスさんは怒気を感じさせるピリピリとした空気を 纏ったジルを宥めようとするがジルは俺を決して離さなかった。
それでも長い間説得をしてようやくジルの結界が解けた所で急いでヴィーナが俺を抱えてジルから引き離した。
そしてキオに治癒をしてもらって今に至る。

「ジハイル様は本当に聖司様の事を…」
「俺はっ!」

ジルにどんな理由があろうとも俺は…。

「今回の事は許さないからっ!」

バフッと布団に潜って顔まで覆った。
そんな俺の頑な態度を見たセバスさんは一礼をして部屋を出て行った。
それと同時に誰かが入ってくる。
ベットに腰を掛けたみたいで俺の身体が少し揺れた。
大きい手が俺の頭をくしゃりと撫でる。

「聖ちゃん」
「……」

ヴィーナの呼び掛けに返事をしないとクスリと笑い声が聞こえる。

「寝ちゃったの?まあいいわ」

そう言って勝手に話し始めた。

「聖ちゃんが人間界に帰りたい気持ちも分かるのよ。聖ちゃんが生まれ育った場所だしね。 でも私たちはその聖ちゃんの気持ちよりもマスターの気持ちの方を優先に考えてしまうの。 どうか聖ちゃん、マスターの傍にいてあげて。勝手な言い分だけど…。マスターの幸せが 仕えている私たちにとって大きな喜びなのよ」

ヴィーナの話しを聞いている内に本当に眠くなってきて半分夢の中へと踏み入れる。

「今はおやすみ聖ちゃん」

布団の上からポンポンと叩くヴィーナの手がとても優しく感じられた。




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