従者が鞘から剣を抜く。
俺達の様子を見ていた野次馬達がざわついた。

「はいはいその剣を収めてくれないかしら」

突然の第三者の声に女の魔族と従者が振り向く。

「お久しぶりですね。ノズウェル家のエゼッタお嬢様」
「まあ、貴方はセルファード公の」

ヴィーナの出現にエゼッタお嬢様と呼ばれた女の魔族は一変、明るい顔になった。
そして両手を重ね合わせおねだりするように顔に近づける。

「セルファード公はお元気かしら。最近お姿を見ていないから心配していたのよ」
「それはありがとうございます」
「セルファード公にわたくしがお会いしたがっていたとお伝えしてね」
「はい」

二人のやりとりにキョトンとしているとエゼッタお嬢様と目が合った。
ヴィーナに向けていた視線とは違いきついモノになる。

「あら、忘れていたわ。本来なら妥当な処罰を与えるところだけれど時間がないからわたくしの 寛大な心に免じて許してあげて良くってよ」

フンッと上から目線で言った後、ヴィーナにごきげんようとほほ笑んで従者と共に去っていった。
い、一体…何だったんだろう。
ポカンと見ていたら後ろから女の子の泣き声が聞こえてくる。
そして通りから母親らしき魔族が飛び出してきて女の子に抱きついた。

「どこのお方か存じませんがありがとうございました」

何度も礼を言われて俺たちはその場を立ち去った。
それにしても小さな女の子を簡単に斬ろうとするのはどういう事だ。
腕を組んで憤慨していると頭をこつんと叩かれる。

「聖ちゃん、急に剣を抜こうとしている者の前に飛び出すなんて危ないでしょ」
「だって仕方がないだろ?それよりさっきの人達なんなの?」
「さっきのはノズウェル公の一人娘のエゼッタよ。ノズウェル公はレヴァの上位だけど娘は中位ね」
「レヴァの一族って気分次第で殺しても許されるの?」
「そんな事ないけれど、誰も文句は言えないのが現状ね」

なんだよそれ…。
俺はゲコゲコ鳴いているリップルップの茎をギュッと握った。
結局、気分転換に来たのにエゼッタお嬢様のせいで台無しになってしまった。









屋敷に戻りセバスさんに花瓶を用意してもらってリップルップを挿した。
それを自分の部屋のベットサイドテーブルに置く。

「よしっ。ゲコ助これから俺はレイグに会ってくるからな」

俺はリップルップにゲコ助と命名した。
名前を付けると愛着も湧いてくる。
レイグに会いに行くのはいいんだがヤツはジルの近くにいる事が多いからどうやって一人の時に 話し掛けるかだな。
部屋から出て廊下を歩いているとキオに会った。

「ご主人様っ!」
「よっ、キオ」
「ご主人様、街へお出掛けになったのですか?」

そうだよと返事をすると不満そうな視線を向けて来た。

「キオも行きたかったのか?でもその時間はセバスさんの授業だっただろ?」

キオは同じヴァルタのセバスさんにレヴァに仕えるいろはを教えてもらっている。
だから邪魔しちゃいけないと思って声は掛けなかった。

「でも、僕はご主人様のヴァルタです。お供したいです」

身体をもじもじさせながら不満を訴えてくるキオに分かったと言って頭をぐりぐりと 撫でた。
顔はまだいじけているがシッポがパタパタ振られている。
それに笑いそうになるのを堪えてごめんごめんと謝った。

「キオさ、レイグがどこにいるか知っているか?」
「さっき廊下ですれ違いました。多分、書庫にいるかと思います」
「そっかありがと」

街に連れて行かなかった代わりにはならないかもしれないけどキオに頼み事をしてみた。

「キオ、俺の部屋に紅茶とお菓子を用意しといてくれるか?」
「はいっ!分かりました」

数えるくらいしかまだキオには頼み事をしていなかったのでそれが余程嬉しかったのか満面の笑みで 返事をすると廊下を元気よく走って行ったが急にピタリと止まり、早歩きに変わった。
多分廊下は走ってはいけませんというセバスさんの教えなのかも。
クスッと笑ってキオを見送り俺は書庫に向かった。
確か屋敷の北側の一階だったはずだ。
書庫に辿り着き両扉を開けると中は学校の図書室のくらいの広さがあった。
たくさんの本棚に綺麗に並べられている本の背表紙を見るが何て書いてあるのかが分からない。
英語がもっと崩れたような感じの字だ。
歩を進めると窓際に立ち手に本を持ってページを捲っているレイグがいる。
話し掛けようとした時、先にレイグが目線は本に落としたままそっけなく口を開いた。

「何の用だ」
「いや、そのぉ。聞きたい事があって」
「……」

う、何だこの乾いた重い空気…っ!
がんばれ俺!

「えっと、エレって女の子いたじゃん」
「……」
「そのエレが俺の夢に出てきて今苦しんでいるかも、というか。多分良くない事…があったとは思うんだ。その…だから、どうやって助け出せばいいかを知りたいというか、その前にエレに会う方法を」

パタンっと本を閉じる音が聞こえた。
レイグが冷たい目で俺を見ている。

「結局、貴様は何が言いたい。簡潔に言えないのか」

うぐっ!

「だから何かの理由で苦しんでいるエレを助け出したいんだよっ。そして俺は元いた世界に帰りたいんだ!そのために協力してくれないかなーと思って」
「なぜ俺が貴様に協力しなければならない」

フンッと鼻で嘲笑された。
うぐぐっ!
だが、そんな台詞は想定内だ。

「だってレイグは俺がジルの傍にいるのが嫌なんだろ?だったら帰したいはずだ」

どうだっ。
協力したい気になっただろ。
ところがレイグはさらに冷たい目で俺を見てくる。

「確かに貴様は我がマスターにふさわしくない邪魔な存在だが」
「だったら…っ!」
「なぜ、そんな面倒な事をする必要がある」
「え?」
「邪魔なら殺せばいい事だ」

―ヒッ!!

そんな台詞は想定外ですよ!
レイグが俺の方へ歩いて来る。
思わず一歩下がった。
こ、殺される!
恐怖でピシッと固まっている俺の横を何もせず通り過ぎる。
その時、レイグが口を開いた。

「だが貴様を殺さないのは忌々しい事に我がマスターが貴様を求めているからだ」

レイグはそのまま書庫を出て行った。
俺は何もされなかった安堵感でだはーっと大きく息を吐いた。
さ、作戦失敗です…。




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