その夜、夢の中でまたエレの声を聞いた。
真っ暗な何もない空間でエレの苦しそうな声だけが微かに聞こえてくる。
俺は何度も叫んでエレを呼ぶけれど返事は返ってこなかった。
一体どうしたというのだろう……ん?
な、なんだ?
突然の息苦しさに俺は襲われた。
それによりその空間から現実に引っ張り出される。
覚醒して目を開けるとジルのドアップが。

「ん…っ!?んーーーーーー!?」

自分の部屋で寝ていた俺はいつも通りジルの部屋のベットで抱きかかえられていた。
寝ている俺を勝手にジルのベットに移動させるなと何度も言ってるのに…。
しかも今日はキス付きだ。
俺が目覚めた事が分かると唇が離れる。

「お、お前っ!寝てる時にこんな事しやがって!」

手を突っぱねて離れようとするがビクともせずジルは俺をジッと見つめている。
そしてゆっくりと口を開いた。

「うなされていた」
「…え?」

思わずきょとんとしてしまった。
なぜうなされるとジルにキスをされなきゃいけないんだよ。
もー意味分かんねえ!

「また呼ばれたな」
「は?呼ばれたって?」
「行くな」
「…へ?」

ダメだ。
ジル語が高度すぎる…。

「俺が誰に呼ばれたって言うんだよ」
「レヴァの影だ」

……!!
エレの事か!
じゃあ、やっぱりあれは夢じゃなくて…っ。

「ジル!エレが大変な事になってるかも!」

あの苦しそうな声は本当で。
原因は分からないけれど助けてあげないと。
俺はそうジルに訴えた。
だがジルは興味がなさそうに俺を抱き枕にして寝入ろうとした。
コラー!

「エレが心配じゃないのかよ」
「……」
「エレのおかげでこっちに戻って来れたんだろ?」
「……」

聞いちゃいねえな、コイツ。
ムカムカしていると俺の首元に埋まっていたジルの頭が動く。
首筋を舐められくすぐったくて俺の身体がピクリと動いた。
まさかいつもの食事の時間か?
歯が突き刺さる瞬間を覚悟して構えているがその時は一向に訪れずまた舐められた。
吸う気がないのか?
首筋を舐めるだけって……。

ハッ!
ま、まさか。
昼間のユーディの声がよみがえる。

『首を舐めたり甘噛みしたりするのはやろうぜって言ってるようなものだよ』

やろうぜ?
絶対嫌だー!

「ジ、ジル。俺、トイレに行きたいなっ」

ジルは唇を首から離し顔を上げた。
よし、このままトイレに行く振りをしてとんずらだ。
その為に親や兄貴におねだりする時みたいに愛想よくニッコリ笑った。
ジルはしばし見つめた後そっと俺の頬に手を当て低い声で呟く。

「またお前は」

深紅の瞳がギラリと強く光った。

な、何でーーーーーーぇ!?












う、腰が…ダルイ。
俺は全裸でうつ伏せのまま尻にシーツが被さった状態で寝ていた。
起きようにも下半身に力が入らず。
あの変態危険馬鹿男がっ!!
何度も嫌だと拒否したのに俺の言葉なんか無視してやりたいだけやって当の本人はこの部屋にはいない。
イライラしてきて自然と俺の両手がシーツを握りしめる。

「水…」

水が飲みたくて何とかベットサイドのテーブルにある水差しに手を伸ばすが。

「あっ!」

無理矢理取ろうとしたのがまずかった。
取り損なった水差しは落下して割れてしまった。
あーやっちゃったよ。
ずるずると這いながらベットから下りて腰にシーツを巻き付けただけの格好で座りながら 破片を拾い始める。
だが…。

「いてっ!」

破片で指を切ってしまった。
プクリと血が盛り上がってポタッと綺麗な床に落ちた。
痛みはそれ程ないが血が思ったよりも出てくる。
はあーっと溜息を吐きながら、また指から落下する血をボケーと見ていた。
そんな俺の耳にドアをノックする音が聞こえる。
手首まで血が伝っていくのを見ながら返事をした。
失礼しますとセバスさんが入ってくる。

「聖司様っ!?」

セバスさんの驚いた声に俺はドアの方に顔を向けた。
緊張を孕んだ顔つきのセバスさんが俺を見ている。
…え?どうしたんだ?

「聖司様、その手に持っているものを置いて下さい」

手?
右手に持っているのは水差しの破片だ。

「でも…」

これ片付けないと。
危ないし。
水差しを割ってしまった事を謝ろうと再びセバスさんの方へ向こうとした時、首がトンっと突かれたような感じがした。
その直後、右腕が力が抜けたみたいにだらりと垂れ下がる。
俺の手から破片が滑り落ちた。

「申し訳ございません」

いつの間にかセバスさんが俺の前にいて膝をつき頭を垂れた。
そして何と俺を横抱きにしてジルの寝室から素早く連れ出し隣に連なっている部屋のソファーに下ろす。
あまりにも俊敏な動きだったから頭が理解して拒否する前に終わってしまった。

「あの…」
「聖司様、今後このような事はなさらないで下さい」

真剣な眼差しに俺はまさかあの水差しはとんでもなく高かったのではと顔色を悪くした。

「ごめんなさい!高いものでしたか?」
「値段の問題ではございません」

きっぱりと言うセバスさんに俺はじゃあ個人的に思い入れのある品なのかとさらに顔色が悪くなる。
もう謝って済むレベルじゃないよ!
どどどどうしよう。

「あのっ、ごめんなさい」

俺は謝る事しか出来ない。
セバスさんは俺の手をそっと触って怪我の具合を見ている。

「聖司様は、ジハイル様の大事なお方。多少無理に聖司様をお求めになられてしまう事も あるかとは思いますが、それは愛するが故なのです」

とても迷惑な話ですね。
…って何でそんな話しになるんだ?

「今まで感情というものをお持ちになかったジハイル様にとってご自分の中で生まれた感情を 一つずつ聖司様から学んでいる最中なのです」
「俺から?」
「その感情は聖司様がお与えになったからですよ」

いやいやいや、俺そんなもの与えてないけど!
違うと否定する俺にセバスさんはゆっくりと頭を振る。

「レヴァの流血の時お互いの能力を分け与える事をご存じですか?」

俺はうんと頷いた。

「ジハイル様から聖司様にはレヴァの血が。そして聖司様からジハイル様には感情を 分け与えたのです。もちろんこれは確証はされてませんが私はそう思うのです」

マジかよ。
でも俺の能力が感情って微妙ー!

「ですから聖司様、ジハイル様にどうかその感情が何なのかを教えて差し上げて下さい。 その中で聖司様が嫌な思いをされどうしようもならなくなった時は今回の様な事をする前に 私やヴィーナ殿でもご相談して下さい」

真摯な眼差しに見つめられて「はい」と言いそうになったけど、誤解は解いておかないとな。
きっとセバスさんはジルから嫌な事をされた俺が癇癪を起してすごーく大事な水差しを割ったと 思い込んでいるのだろう。
だがあれは故意でないことは一応言っておこう。

「あの、セバスさん」
「はい」
「えっと、水差しを割った事は謝るけど、あれはわざとじゃなくて、取ろうとしてうっかり 手が滑っただけで…」

セバスさんがジッと俺を見ている。

「うっかり割ったのですか?」

うっ!
うっかりは言葉が悪かったか?

「では手に破片を持っていたのは…」
「いや、危ないから片付けようと」

そう俺が言った途端、セバスさんの眉が垂れ安堵した顔を見せた。

「そうだったのですか。私はてっきりご自分の命を断とうとしていたのかと」
「えっ!?」
「申し訳ございませんでした」

その場でセバスさんが深く頭を下げた。
俺は慌てて顔を上げさせる。
だがなかなか顔を上げてくれない。
その理由が許可もなく俺に触れてしまったからだそうだ。
なんだそれは。
勘違いだったけどそれは俺を危険から遠ざける為にした事だ。
どうしようかと思っていた時、部屋の空気が変わる。
その途端、俺の機嫌は下降した。
ムッとした顔で振り返るとジルがいる。
ジルは無言のまま俺を見ると視線をセバスさんに移した。
二人が何か言う前に俺はソファーから立ち上がり、ジルに向かって怒った。

「セバスさんは何も悪くないんだからな!そもそもお前が俺に無茶な事しなければ怪我も しなかったんだ!」

ジルは無表情のまま俺に近づいてくる。
そして指を俺の首筋に這わせた。
いつもならこれでジルが首に噛みついてお食事タイムだが俺はその手を払い落す。
そして叫んだ。

「おあずけ!!」

謝るまで許してやらん!




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