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心配している俺を余所にヴィーナは、はあっと溜息を吐く。

「あのね、まだこの子小さいのよ」
「今時の子はおませさんなんだぞ!知らないのか!俺の隣の家の誠なんて5歳なのに 彼女が2人もいるんだぞっ」
「なんだか聖ちゃんってチビッ子のお父さんみたいね。嫁に行く時なんて号泣してそう…ってヤダ 聖ちゃん!何泣いてんのよ!」

だ、ダメだ!
想像したら泣けて来た。
服で目を擦っているとヴィーナが爆笑し始めた。

「あははははっ!!想像で泣くなんて完全に聖ちゃんはこの子のお父さんだわ!」
「笑うなよ!俺はニナさんにジュリーの事、頼まれているんだ!」

ゲラゲラ笑っているヴィーナを睨んでいるとジュリーの声が聞こえて来た。

「おとーさん?」
「あ、起こしちゃったか?」
「おにいちゃんはジュリーのおとーさん?」
「違うよジュリー。お父さんはキットさんだろ?」
「パパはパパなの。おとーさんじゃないの」
「パパとお父さんは同じ意味なんだよ」

ジュリーの頭を撫でながら教えてあげた。
だがとても納得いかない顔をしている。
そして眠気もあってだんだんぐずり始めて来てしまった。

「やー!ママ―パパ―!!」

ニナさんとキットさんが恋しくなったのかバタバタと暴れる。
…あ、ジュリーを見下ろすヴィーナの目が険しくなっている。
きっとナイレイト云々なんだろうな。
ヴィーナがジュリーを叱る前に俺はジュリーの横に潜り込んだ。
そして落ち着くまで背を撫でてやる。
ジュリーが俺にしがみ付いて来た。

「おとーさん…」
「ん。おやすみジュリー」

再びジュリーは眠った。
思いの外、俺の服を握る手が離れない。
無理矢理離させたらまた起きてしまうかもしれないのでまあいいかと目を瞑る。
まったく甘々なんだからーというヴィーナの声を聞きながら俺も眠りの世界に踏み込んだ。









んむー。
ジュリーが動いた気配がして俺は少し目が覚めた。
目は閉じたまま背に腕を回してよしよしと撫でてやる。
だが夢うつつのまま考える。
なんかジュリーにしては大きいような気がするのだが。
気のせいか?
背に届く手が結構遠いよなーと思いながらもまた動いたので今度はポンポンと優しく一定のリズムで 叩く。
ん、大人しくなった。
フワーッとあくびしながら目を開けると美しい深紅の瞳とバッチリ目が合った。
俺はあくびしたままの大口でビシッと固まる。
なんで…。
なんで!?

「なんでジルがいるの!?え?ジュリーはっ!?」

周りを確認するとジュリーの部屋ではなくジルの寝室だった。
また俺はジルの寝室に勝手に連れられていたようだ。
思わず密着しているジルから離れ…離れ…離れ〜っ!!
このヤロー、離せって!!
むぎーっと手を突っぱねるが逆に抱き込まれてしまった。

「やれ」
「は?」
「やれ」
「だから何をするんだよ!」

会話が堂々巡りになる気がした俺がキレ気味にジルに聞くと『さっきの』と言って来た。
さっきのって何だ?
きょとんとしていると俺の手を掴みジルは自分の背に回させた。
も、もしかしてこれのことか?
ポンポンと背を2、3回叩いた。
手を止めると『もっと』との一言。
やはりこれか…。
しょうがなく俺は小さい子をあやすようにジルの背を叩き続けた。
ジルは満足しているのか目を閉じている。
俺はそんなジルの顔をまじまじと凝視した。
きっとどんな素晴らしい賛辞もジルにとっては当たり前の言葉になってしまうんだろうな…。
ちらりと窓の外に視線を移せば夜空に浮かぶ月が2つ見える。

「どこを見ている」
「わっ」

ジルがいきなり俺の上に覆い被さって来た。
すると月がジルに遮られ見えなくなってしまう。
眉間にしわを寄せているジルは機嫌が悪そうに俺をジッと見下ろす。
夜空を見ていただけなのに機嫌が悪くなる理由が分からなくて俺もジルをジッと見返した。

……。
………。

ハッ!
何見つめ合ってんだよ。
我に返った俺は顔を横に反らしたが無理矢理戻される。

「何だよ…んっ!」

ジルの舌が俺の口の中を動き回る。
じわりと身体が熱くなってきて俺は慌てて身を捩った。
だからといってジルの下から逃げる事などできやしないのだが。
ようやくジルの口が離れたと思ったら今度は手が俺の服の下に入り込んできた。
思わず不埒な手を掴む。

「止めろって!」

ジルが俺をジッと見る。

「お前なぁ!連続でやろうと思うなよ!やられる身にもなれよっ」

ジルが俺をジッと見る。

「俺はしたくないの!」

ジルが俺をジッと見る。

「な、何だよさっきからその目は!そ、そうだっ」

まだ完全に解決していない話しがあったんだった。
エゼッタお嬢様はジルの婚約者ではないってセバスさんが言ってたけど…。
セバスさんの知らないところで2人で約束してるかもしれないしな。
なにせエゼッタなんて名前呼んじゃって…キ、キスをしようとしているぐらいだし…って これは夢だったっけ?
まあどっちでもいいや。
もやもやしてきた胸を手で押さえるようにしてジルを睨んだ。

「正直に答えろよ。ジルはエゼッタお嬢様と結婚の約束をしたのか?」
「……」

お、おい。
なんで黙ってるんだよ。

「黙ってないで……っ!?」

俺が真剣に言っているのにジルのヤツ、口角を上げて笑っていた。
しかも悪魔バージョンの笑みだ。

「な、なんで笑ってるんだよ!!」

怒るとジルはなぜか俺の頬に手を当てた。

「聖司」
「…っ!!」

名前を呼ばれて思わず身体が揺れる。

「つまりお前は」

ゆっくりジルの顔を見る。
優しく頬を撫でられた。

「俺を」

今度は目を奪われるような笑みをジルはした。
だが次の言葉を聞いた途端、俺の思考能力は…。

「好きなのだな」

完全停止した。




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