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「ヴィーナ、噂って?」
「聖ちゃん、このお菓子おいしいわよ〜」

目の前にお菓子を差し出してくるヴィーナの手を押し返した。

「ヴィーナ、噂って何?」
「あ、これもおいしいわよ〜」
「ヴィーナ!」
「……マスターの伴侶が絶世の美女だって、どうやら巷で噂になっているのよね」

美女?
絶世の美女?
それって…。

「あ、もちろん聖ちゃんの事よ」

な、何でっ!?
どうしたらそういう噂が流れるんだよ。

「どうやら聖ちゃんが草むらで瀕死の状態で発見された時、マスターが精気を与える為に キスしていたところをドリード将軍の部下が偶然見ていたらしくて…」
「キス…っ見られ…!」

ジルー!!
他に方法はなかったのかよー!

「そ、それが何で絶世の美女になる上に伴侶だって分かったの?」
「姿はマスターしか見えてなかったらしいんだけれど…。マスターってあの美貌だけど今まで誰とも噂になったりしてないのよ。基本、無関心だから」

ヴィーナの無関心発言には俺も頷く。

「そのマスターが自ら抱きかかえている者にキスをしていたらこれは一大事じゃない」

…で、キスした相手がジルの好きな人になり、それが変化して伴侶だって事になった。
そんでジルの相手なんだからそれは絶世の美女だろって事になったそうな。
実際は平凡な容姿の男なんですけど。

「その噂のおかげでドリード将軍が聖ちゃんに気付かなかったんだから良かったわ」
「ドリード将軍はあの出来事を…聞きたいようだったけど」

あの惨状が頭を掠めて思わずギュッと目を閉じた。
ヴィーナがそんな俺を引き寄せた。

「リグメットを含めた周囲はドリード将軍が総統から命を受けて反総統の一味から警護するために 軍を置いていたのよ。そんな中、あの事件が起きた。それが反総統の一味と関わっている事か調べたいんだと思うわ」
「ヴィーナ」
「何?」
「関わっているんでしょ?」

ニナさんとキットさんを殺したイースさんは…。
反総統の一味と関わっている。
そうでなきゃ将軍という身分のドリード将軍が自ら上位のレヴァであるジルの屋敷の敷地内に無断で入り込むなんて事はしないと思う。
俺は強い視線でヴィーナを見つめた。

「聖ちゃんは…変なところで勘が良いんだから」

ヴィーナは苦笑いをする。
俺、ドリード将軍にもう一度会いたい。
そしてイースさんを捕まえるんだ。
ニナさんとキットさんを殺したイースさんをっ。
そう決心しているとヴィーナが俺から離れた。
ん?と思ったけど部屋の空気が動いた事によってああ、と納得した。
だけど…。

「え?」

現れたジルの前にヴィーナ達が膝を着き頭を下げたんだ。
そして謝罪した。
俺は目を丸くして驚くしかない。
もしかして…俺が連れ去られたからか。
言わなきゃバレないのにっ。
わたわたとしながら俺はヴィーナ達の後ろで話しを逸らそうとしたがセバスさんが先に言ってしまった。
その事を知ったジルから一気に殺気が溢れ出す。
部屋の中がズンっと重くなり見えない空気に押しつぶされるような感覚になる。
俺の身体がガタガタと震え出し、うまく息も吸えなくなる。
直接睨まれているヴィーナ達はたまったもんじゃないだろう。

「言ったな」
「はい」
「俺に」
「はい、誓いました。ジハイル様が不在の時は私達が全力をもって聖司様をお護り致しますと」
「ならば」
「申し訳ございません。いかような罰でもお受けいたします」

頭を下げているセバスさんはジルとの会話に答えていく。
さすがと言いたいけど今はそんな場合じゃない。
ジルの殺気に上手く動かせない身体をどうにかしようとしていた矢先。
セバスさんを見下ろしながらジルはヴィーナの名を呼んだ。
ヴィーナが苦痛の声を漏らしながら身体が沈んでいくのを必死に耐えている。
それでも、はいと返答した。
その直後、ヴィーナの身体がふっ飛び壁にぶつかった。
固いはずの壁にひびが入り絨毯の上に倒れたヴィーナは口から血が出ている。

「ヴィーナ!!」

なんで…っ!
俺が非難の目をジルに向けたが…。
ジルの周りに浮かぶいくつもの赤い光の球体にギョッと目を見張った。
おいおいおいっ!
冗談だろ!?

「ジルっ!!」

俺の叫んだ声に一瞬こっちを見る。

「ジル、なにやってんだよ!みんなは俺を護ってくれたんだ!だからこうしてここにいるんじゃないか!」

だが球体は鋭利な刃の形に変わっていく。
マジかよっ!?
このぉー馬鹿ジルが!
俺は怒りのままにジルの前に立って両腕を広げた。

「馬鹿な事をするのは止めろっ!」
「そこをどけ」
「嫌だね!」
「どけ」

うぐっ…。
ジルの声が一段低くなる。
でも絶対にどかないぞ。
後ろからセバスさんがおどき下さいと言ってくるが聞こえない振りをする。
くそっどうしたらジルの怒りを宥める事が出来るんだ?
ってヤバイ!
力を発動しようとしたジルへ咄嗟に勢いよく抱きついた。

「止めろって、ジル!」

止めて欲しくて俺はぎゅうぎゅうと抱きしめる力を込める。

「ジルっ!」

ジルは黙ったまま俺を見下ろしている。
えっと、えっと、このままじゃいつまた力を発動するか分からない。
この場所からジルを離れさせればいいんだから。

「ジル、違う部屋に行こうっ!なっ!」
「……」

違う部屋というと…俺の部屋は壊れちゃったから…。

「ジルの部屋…うん、ジルの部屋に行こう!そうしよう!」
「なぜ」

なぜって、それを聞くなよー!
理由を考えろ俺〜!
早くしないとみんながーっ。
焦った俺はグイッとジル首を引き寄せてペロンっと舐める。
その上、カプンっと甘噛み付きだぜ。
俺は自分を犠牲にする事にした。
といってもジルにその気がなければ意味ないんだけど…うおっ!?
横抱きにされた俺は慌ててジルの首に腕を回す。
その時、ジルの目と合った。
紅い瞳はギラギラとしてやる気を見せている。
作戦は成功したけれど、この後を想像した俺は遠い目をしながらジルに連れられて転移した。




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