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「むう、何度やっても転移の感覚には慣れないな」
「ちょっと、ドリード将軍、その腕に抱えている者は何ですか!?」

何だ?
俺はそっと目を開けた。
すると先程と変わらない森の中にいて目の前にはピンクの長い髪を二つに結んでいるかわいい女の子がいた。
その子は俺を抱えている男の魔族にギャンギャン文句を言っている。

「ミシュレイここから城まで飛べるか」
「…はぁっ!?」

ミシュレイと呼ばれたその子は驚愕して固まった。
しかし直ぐに我に返るが言いたい事があり過ぎるせいで言葉がつっかえて出て来ない感じに見えた。

「…っ、っ、…っ!!」
「ほら、ぐずぐずしているとセルファード公の僕が来るぞ」
「〜っ!!ここまで転移するのにアタシとドリード将軍の二人分だけでも、すごく魔力を使っている んですよ!これからもう一人増えて三人分の転移をしろって言うんですかっ!?アタシを殺す気ですか!」

この男の魔族はどうやらドリード将軍というみたいだが…。
将軍って事は偉いのか?

「出来ないなら歩いて行くが」
「キ――――ッ!!直属の部下であるアタシがドリード将軍を城まで歩かせる わけないでしょ!」

ミシュレイは手首にいくつもの輪っかのブレスレットを付けていて手を動かすたびにシャランシャランと 音がした。
パンッと手を合わせた後、まるで舞をしているみたいになめらかに手や腕を動かしていく。
ハッ……見惚れている場合じゃないって俺!

「暴れるな、少年。城に着いたら下ろしてやる」
「今ここで下ろせーっ、離せーっ、人攫いー!!」
「ちょっと、集中できないでしょ!静かにしなさいよ!」

ミシュレイにキッと睨まれ反射的に俺は黙ってしまった。
そして大きな光に呑まれて再び転移した…はずだった。
だが光は急速に縮まりやがて消えてしまった。

「どうしたミシュレイ、魔力切れか」
「違います!転移を邪魔されたっ」

え?
何が起きたんだ…?

一瞬にして警戒態勢になったドリード将軍とミシュレイは背中合わせになって注意深く周囲を見ている。

「そいつを置いて行ってもらいましょうか。四大将軍」

あ、この声は。
なんだろう…助けに来てもらったのにこの素直に喜べない感じ。
木の陰から姿を現したのはレイグだった。
レイグは冷たい視線でこっちを見ている。
俺も込みで見られているのは気のせいではない…。

「確かセルファード公の…」

ドリード将軍が対峙する。
攻撃が始まるかと思われたが、ふむと頷いたドリード将軍は担いでいた俺を下ろした。
そしてミシュレイに城に帰るぞと一言告げる。
あれ?
俺、解放されたの?
ミシュレイはえ!?という顔をした。

「ちょ、ちょっとドリード将軍っ。この子連れて行かないんですか!?」
「今回の目的はセルファード公の伴侶の方にお会いして例の件を聞く事であって争いを起こす事ではないからな」
「もう起きてますって!」

レイグに向かってミシュレイは指を差す。

「この少年が伴侶の方だったら無理にでも連れて行ったが…」

ドリード将軍は俺の頭を撫でた。

「悪かったな、少年。リグメットの大学教授一家の件について伴侶の方が事情を知っていると思いセルファード公に会わせて欲しいと頼んでも聞き入れてくれなくてな」

大学教授一家…って。

「伴侶の方がどういう方か色々聞きたかったのだが…少年から伝えてくれないか。 もしもあの時、何か見たものがあればこの四大将軍の一人、ドリードにお知らせ下さいと」

どうしてドリード将軍はその事を知りたいのだろうか。
それを問う前に転移の魔術を発動したミシュレイと共にこの場から消え去った。

鳥がさえずる森の中にいるのは俺とレイグだけになった。
……気まずい。
そろっとレイグを見ると無言で俺を睨んでいる。
そして早足で俺の所まで近づいて来た。
反射的に逃げ腰になってしまった俺はガシッと腕を握り潰すような力でレイグに掴まれる。
痛いーーーーっ!!

「レイグっ!腕っ腕、痛いって!!」
「黙れ…。前回、勝手に屋敷を出て行ってマスターの気を乱すような事をした後に貴様はまたマスターに 同じ事をする気か」

はぁ!?
俺が自分で屋敷から転移してしまったのはジルが原因だって!
何で俺が悪者になっているんだよっ!
それに今連れ去られたのも俺のせいじゃないって!
俺の弁解も受け付けないレイグはギリッと歯を噛みしめる。

「マスターのいない時に貴様に万が一の事があったら…」

そこまで言うと何かを描くように手を動かす。
一瞬にして目の前の景色が森から屋敷の中に変わった。
あ、戻ったのか…?

「聖司様っ!」

玄関ホールにいた俺は慌ててやってくるセバスさんを見てホッと息を吐いた。
セバスさんはしきりに怪我がないか俺に確認する。
その時、玄関ホールのドアがバンっと開いた。

「聖ちゃん!!」
「ヴィーナ」
「良かったわ―!!」

抱きつかれてヴィーナの逞しい胸筋に俺の頬が押しつぶされた。

「うぶっ!」
「聖ちゃんを護るってマスターに言ったばかりなのにこんな事になるなんて」
「しょうがないよ、突然だったし」

ヴィーナはしょうがないだなんて理由にはならないとさらに俺の頬を胸筋でぐりぐりする。
うぶぶっ。

「はー、連れ去ったのが四大将軍だったからまだ身の安全は保障されていたけれどこれが反総統の一味だったらと思うと…」

セバスさんが神妙な面持ちで結界を強化させましょうとヴィーナとレイグに言うと二人とも頷いた。
ところで四大将軍って何だろう?
ドリード将軍の事でいいんだよな?
応接間に移動するとセバスさんはさっそく紅茶を入れてくれる。
それを受け取って一口飲んだ後、四大将軍について聞くとヴィーナが答えてくれた。

「総統の直轄の軍が四つに分かれていてそれぞれの将をまとめてそう呼んでいるの。その中に 聖ちゃんを連れ去ったドリード将軍がいるんだけど豪快な剣の使い手で一振りで一つの街を 跡形もなく消す程の破壊力を持つと言われているのよ」

す、すげーーー!

「性格は真面目な方なんだけれど…それ故に今回みたいに無茶な事をしてしまう時があるみたいね」
「今回って…俺を連れ去ったって事?」
「まあ、それは結果だけど、本当の目的はマスターの伴侶に会う為に来たのよ。 聖ちゃんが伴侶だって気付かなくて幸いだったわー。まあそれもそうよねー、噂では…」

そこまで言ったヴィーナは口を手で覆って目を泳がす。
咳払いをして紅茶を飲んだ。
……怪しい。




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