「何するんだ、エド!離せよっ」
「マスターっボクの聖くんから離れてよ〜」
「ご主人様から離れて下さいー!!」

俺のこの状況にさっきまでケンカしていた二人が一緒になってエドを引き離そうとしている。
そんな二人を無視してエドは笑いながら俺の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでいる。

「人間界で嗅いだ時よりもうまそうな匂いがしてくるな」
「離せって!」
「味見くらいいいだろ。そんなに吸わねえって」

お前ら魔族のそんなにとかちょっとは信用ならねえんだよ!
エドの舌が俺の首筋を這った。
ヒッ!
鳥肌が一気に立つ。

「嫌だーー!!ヴィーナァーーーー!」

叫んだ瞬間、俺の身体がガクンと揺れエドから引き離される。
助け出してくれた人物は…。
ヴィーナではなかった。

「よぉ、ジハイルやっと来たか」

エドが俺を横に抱きかかえている人物を見て軽く手を上げた。
そっと見るとジルの双眸が俺を見下ろしている。
視線は俺の首筋だ。
そしてゆっくり俺と目が合う。
…怒ってる。
無表情だが間違いなく怒っている。
なんだよ俺、怒られるような事してないぞ。
フンッと目を逸らした俺からジルはエドの方へと視線を移した。
エドはジルに向かって好戦的に笑った。

―――そして。

ドオォォォォォォォンッ!!!

大きな爆音を轟かせながら戦闘が始まった。
もちろん仕掛けたのはエドの方からだ。
おいおい、家の中だぞ!
俺は二人から離れて避難する。

「聖司様、こちらへ」

冷静なセバスさんが俺を別の部屋に誘導した。
キオやユーディ、ニケルにウェルナンも移動する。

「お?ユーディ達、エドから離れていいの?」

彼らのマスターが戦っているのにその場を離れてきてしまっていいのだろうか。
ユーディは当たり前のように頷いた。

「うん。だって僕達が手出ししたらマスター怒るもん。セルファード公との戦闘は一対一が 主義なんだって」
「でも万が一の事とかさ」
「もー、聖くん。マスターを弱いって思ってるでしょ」

う…。
だってジルにやられている姿しか見てないからさ。
ユーディは大丈夫大丈夫〜と笑っている。
本当かなと思いつつ俺は目の前を歩いているセバスさんに視線を向けた。

「セバスさん」
「はい。聖司様」

初老の人にこんなこと聞くのは気が引けるけど今度はジルのヴァルタであるセバスさんにジルを 護らなくていいのか聞いたんだ。
そうしたらニッコリ笑った。

「助力は無用との事です」
「いつの間にそんな会話を」
「いえいえ会話はしておりませんよ。ジハイル様を見れば分かります」

さすがっ。
幼少から仕えている執事兼ヴァルタ!

「ホッホッホ。ではこちらの部屋をお使い下さい」

移動した先は応接間に似た部屋でその部屋のソファーに座りティータイムが始まった。
もう一方の部屋からは轟音とそれによる揺れが伝わってきているのにこの呑気な 空間は何なんだ。
魔族ってこういうものなのか…?
若干カルチャーショックが。
目の前にセバスさんが入れてくれた紅茶が置かれた。

「セバスさん…屋敷大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。結界を張りましたから」
「あーそうなんだ」

ほぉっと息を吐いた。

「ところでヴィーナとレイグは?」

ヴィーナはともかくいつもジルにべったりのレイグが珍しくいなかったな。

「お二人はそれぞれ用があり屋敷の外へ出ていますよ」

レイグが帰ってこないうちに戦闘が終わればいいけど…。
ややこしくなっていく状況を想像していると俺の右に座っていたユーディが抱きついて来た。

「おい、離れろって」
「それにしても、いつもマスターが攻撃しても最初は相手にしないセルファード公が今回直ぐに応戦したのはやっぱり聖くんのせいだね!」
「は?」

首を傾げる俺に今度は左に座っていたキオが抱きついて来る。
そしてキオはユーディに文句を言った。

「ご主人様から離れて下さい!」
「うるさいっ犬!」
「犬じゃありません!ヴァルタです!」
「白のくせにっ!」

…また始まった。
もういい加減にしてくれよ。

「ユーディ、キオもう止めなさい」

ニケルが二人を注意した。
そのニケルに双方から己の不満をぶつける。
だが。

「聖司様を困らせたいのですか?」

その言葉にキオとユーディがぐっと黙った。
ナイス、ニケル!

ところでさっき聞きそびれてしまったが俺のせいでジルが直ぐにエドの相手をしたってどういう事だ?
それをみんなに聞くと逆にえ?っという顔をされてしまった。
俺何か変な事聞いたのか?

「聖くん…本気で分からないの?」

ユーディが目を丸くする。
分からなくて悪かったな。

「全然分かんない」

拗ねた口調でそう言うとセバスさんがホッホッホと笑いながらフォローを入れてくれる。

「もしかしたら魔界と人間界ではまた異なる事の一つかもしれませんね」

その言葉にみんな納得したのかどうか分からないがユーディが自分の首を指差した。

「さっき聖くん、マスターに首舐められたじゃない」
「う、うん」

思い出したくない出来事に俺の顔が引きつる。

「それって誘惑なんだよね」
「…え?誘惑?」
「そう。捕食する以外は一般的に首を舐めたり甘噛みしたりするのはやろうぜって言ってるようなものなんだよ。まあセックスしてる時とかにそういう事するともっとしたい〜とか、もっとして〜とか色々あるけどって聖くんどうしたの?」

不自然に固まって動かない俺にユーディが声を掛ける。
マ、マジで!?
おおおおお俺、ジルにやったような気が…っ!
こ、今度から気を付けよう…。

「きっとマスターはセルファード公を挑発したんだと思うよ」
「いい迷惑だ…俺は血を吸われるのかと思った」
「それはないよー」
「なんで言いきれるんだよ」
「だって伴侶が決まっているレヴァの一族の血は他の者が吸ったら毒になるもん」
「え?そうなの?」

ユーディは大きくうんと縦に頷く。
だから例外を除きレヴァがレヴァを従属するっていうのもないそうだ。
そうだよな。
与える方も与えられる方も毒で飲めないって事になりかねないもんな。

「でもね。聖くん」

キラキラ目を輝かせてユーディが俺を見る。
嫌な予感。

「その先は言わなくていい」
「マスターは決まってるけどボクの血は聖くんが飲んでも毒にはならないからね」
「あ、そう」
「味見してみる?」
「いらん」

俺が拒否するとユーディはプクと頬を膨らませた。
レヴァの一族で伴侶が決まっている者の血が毒になるのでそれ以外の者の血は毒にならないみたいだ。
グイッと左に身体が引っ張られる。
キオが俺に目線だけで必死に訴えてきた。

「あー分かった分かった今度くれな」

苦笑いしながらそう言うとパアっと明るい顔になり元気よくハイっと返事をしてシッポを 振りまくった。
それに黙っているようなユーディではない。
またケンカが始まると思った時、傍に控えていたセバスさんが離れ部屋のドアをタイミング良く開けると ズカズカとエドが入ってきた。
エドの格好はボロボロになっていて傷だらけだ。
ムッとしているエドはユーディ達を見て一言、帰るぞと告げた。
ニケルとウェルナンは、はいと頷きユーディは小声でまた負けちゃったと舌を出した。
エドはさっさと部屋からいなくなってニケルとウェルナンは挨拶をして退出した。
ユーディはもー帰るのぉ?と不満そうに言って俺の手を握る。

「聖くん今度マスターの家に遊びに来てね」
「あー、行けたらね」

どこにあるかわからないけど。
ユーディはじゃあねっと手を振りエド一行はジルの屋敷を出て行った。
そういえばエドの本当の目的ってジルと戦闘することではなかったん
じゃ?




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