19




「どうしたの?聖ちゃん」
「キオってどうしてる?」
「そういえばどこに行ったのかしら」

ヴィーナの話しによると俺が瀕死の状態でジルに運ばれて来た時、それはもう泣きながら自分が 治癒すると言い張っていたそうだ。
だけどジルが直ぐ寝室へと俺を連れて行ってしまったためキオは俺に触れる事も出来なかった。
それはセバスさんやヴィーナも同じだったみたいだけど。

「その後から姿を見ていないわね」
「え!?俺、キオを探しに行ってくる!」

大丈夫、そのうち出てくるわよと気楽に言っているヴィーナと訳の分からないままヴィーナに 同意させられたジュリーをその場に残してドアまで行く。
するとセバスさんが私がご案内しますとドアを開けてくれた。

「キオのいるところ知っているんですか?」
「知っていますよ。ただ…」
「ただ…?」

セバスさんは少しだけほほ笑んで俺を見た。
向かった先は…。
俺の部屋だった場所だ。
そこは以前の可愛らしい部屋だったとは思えない程、俺が使ったレヴァの力でボロボロになってしまっていた。
部屋の中を歩いていると壊れた家具の影に白いシッポがちらりと見えた。
直ぐにそれがキオのものだと分かってそっと近づくと丸まった状態で寝ていていた。
白銀の髪を撫で名を呼ぶと垂れていた耳がピクッと反応する。
ガバッと起きたキオは俺を見ると目を見開いた。

「ご、主人…様」
「キオ」

いつものように泣いたり抱きついたりするのかなと思っているとジリッと後退した。
俺が近づくと遠ざかる。
そして逃げるようにベッドだったと思われるものの影に隠れてしまった。

「キオ?」
「聖司様、こちらへ」

キオの傍まで行こうとした俺をセバスさんが止める。
退出を促されそのまま後ろを振り返りながら別の部屋へと移動した。
ソファーに座った俺にセバスさんが紅茶を入れてくれる。

「一体、キオはどうしたんですか?」
「私の教育不足で申し訳ありません」

セバスさんが頭を下げて来たので俺は慌ててしまった。

「キオは今自分を責めているのですよ」
「え?何で?」
「ヴァルタにとって仕える主人はかけがえのない方なのです。主人の役に立って得られる喜び。 逆に役に立たなければ仕える意味はない。それは即ち己の存在意義。キオは今、 果たして聖司様に仕えていてもいいのだろうかと自責の念を抱いているのです」
「でもそれは俺が勝手に転移して…」
「ヴァルタにとって状況など関係ないのですよ。主人を護る事が出来るかそうでないのか。 だたそれだけなのです」

それにとセバスさんは続ける。

「キオは少し特殊な家庭で育ったようでレヴァに仕えるという事に関してとても強い思いが あるようです」

キオと初めて会った時、キオは広い草原で魔物に追われていた。
10歳くらいの男の子があんな所にいること事態おかしいじゃないか。
自分の事で一杯一杯の俺をいつでも護ってくれようとしていたキオを何一つ分かってなかった。
…簡単に契約なんてしなければ良かった。
キオにとってどれ程意味があるのか知らずになんて安易にしてしまったのだろう。
俯きながら無意識に力一杯掴んでいたティーカップをセバスさんがそっと取った。

「俺、キオのマスターなんて失格だよ」
「聖司様」

セバスさんはほほ笑んで俺の傍にしゃがんだ。

「いいえ。決してそんな事はありません。むしろキオの方が聖司様を悩ませている時点で ヴァルタ失格なのです」
「そんな事ないよ。キオはっ」
「キオの事は少し放っておいて下さい」
「でも」

セバスさんは何も言わず紅茶を入れ直した。
ふんわりと優しい香りは少し心を落ち着かせる。
目を閉じこの後どうするか考えた。
みんなは反対しているけど俺が元の世界に帰りたいのは変わらない。
帰る事になったらキオをここに残して去らなければならない。
そうなるといいかげんな慰めはキオをまた傷つけてしまう。
俺がボロボロにしてしまった部屋で今も隠れるように丸まっている姿を思い浮かべると胸が痛む。
そして使わせてもらっていた部屋をあんな風に酷い有様にしてしまった事をセバスさんにまだ 謝罪していなかった。

「セバスさん、あの部屋をボロボロしてしまってごめんなさい」
「謝る事などないのですよ。あの部屋は聖司様のものなのですから」
「でも借りている部屋だし」
「いいえ。あの部屋は代々当主の伴侶がお使いになられていた部屋なのです」
「え?じゃあ、ジルのお母さんも?」

セバスさんはそうですよと頷いた。
あれ?
そういえばこの屋敷に来てからジルの家族に会ってない。

「セバスさんジルの家族は?」
「ジハイル様のご家族はもうおられません」

…と言う事は。
そういう事だ。
だから会わなかったのか。
突っ込んで聞いてもいいのか迷ったけど知りたかったからおそるおそる聞いてみた。

「いつ亡くなられたんですか?」
「ジハイル様の父君、前当主はジハイル様が12の時に。そして母君はその後直ぐに」
「どうして…」

セバスさんは目を伏せ口を噤んだ。
これ以上は何も聞く事は出来なかった。
でもこれで一つだけジルの事が分かった。
12歳という幼い時にジルの両親が亡くなったって事だ。
小さい頃から感情がなかったらしいがその時は悲しいと思ったのだろうか。
あの深紅の瞳から涙が零れ落ちたりしたのだろうか。
それを考えると切なくなってくる。
それに俺が使っていた部屋は当主の伴侶が使っていたという事だからきっとジルのお母さん も使っていたに違いない。
お母さんの思い出があるあの部屋を俺が壊してしまった。
ジルに謝らなきゃ…。

「セバスさん、ジルはいつ頃戻ってきますか?」
「今回の件で総統閣下から呼ばれていますのでお話しが終わり次第こちらに戻って来ますが…」

セバスさんはそこまで言ってニッコリと俺に笑った。
俺も分かった。
部屋の空気が変わったからだ。




main next