18




セバスさんの後についてジルの寝室から出ると繋がっている部屋のドアの直ぐ近くで壁に寄りかかりながらヴィーナが腕を組んでいた。
目を閉じているヴィーナは俺を見ようとしない。

「ヴィーナ」
「……」
「ヴィーナ、ごめん…ごめんなさい」

無言のまま何も言ってくれなくてそっとヴィーナに手を伸ばした。
もしもこの手が触れた瞬間に払われたらどうしようと不安になる。
だけど心配していた事は起きなかった。
腕に触れる事が出来た俺はヴィーナの服をギュッと握った。

「ヴィーナ…」

スッと目を開けたヴィーナが俺の頬を撫でた。

「痛かった?」
「ううん…。ご、ごめっ…ごめ、んっ」
「……泣き虫聖ちゃん」
「な、泣いて…な…」

引き寄せられてボスンッと俺の顔がヴィーナの胸に埋まった。
ギュッと抱きしめられてヴィーナの腕の中で涙を流した。
ずずっと鼻を啜って顔を上げると大きな手が俺の目元を擦って涙をぬぐってくれる。
俺泣きすぎだよな…。
優しくほほ笑んだヴィーナの顔を見た途端、涙が浮き上がって来た。
ああ、まただ…っ。
セバスさんが渡してくれたハンカチで涙を拭いているとヴィーナが俺の手を見て 何か持っているの?と聞いて来た。
握っていた拳を開いて見せた。
手の上でコロンと転がる黒いいくら。

「さっき、ジルから渡されたんだけど何なのか分からなくて…」
「あら、これは…」
「知ってるの?これ」
「これは多分リップルップの種よ」
「え?」

マジマジと黒いいくらを見た。
これがリップルップの種?
どうしてジルが…。

「聖司様、それは聖司様の部屋にあった花から出来た種ですよ」

思わずセバスさんを見た。
俺の部屋にあった花って…ゲコ助?
でもゲコ助はジルに燃やされてしまったはず。
俺の疑問にセバスさんが答えてくれた。

「リップルップは咲いている花の中に種が出来ます。その種は熱や寒さにとても強いのです。 ですからジハイル様に燃やされても種だけは灰にならずにすんだのです」

咲いている花の中に種が…あのチューリップみたいな形をしている中に種が出来てたんだ。
気付かなかった。
じゃあ、これを土に埋めればゲコ助が芽を出すのかっ。

「後で土に埋めてあげよう!」
「ホッホッホ。リップルップは一度孵さないと芽は出ませんよ」

か、孵す?
種を孵すってなんだ?
色々聞きたい事があるけれどそれは後回しにして今は早くジュリーの所に行かなくては。
ズボンのポケットにゲコ助の種を入れてジルの部屋から出るとセバスさんを先頭に 廊下を歩いた。
階段を下って二階まで行くとまた長い廊下を進みとあるドアの前で止まった。
セバスさんがこちらですと言ってドアを開けてくれる。
カチャリと音を立て次第に開いていくドアから部屋の中が見えてくる。
それに俺は少し緊張した。
部屋に入ると奥の方に天蓋付きのベットがある。
ゆっくり近寄るとジュリーがすうすうと寝ていた。

「ジュリー…」

そっとジュリーに触れる。
知っているのだろうか。
ニナさんとキットさんが亡くなった事を…。
俯いている俺の横にヴィーナが来た。

「聖ちゃん、この子はもう知っているわよ」
「え?」

知っているって…。

「まさか言ったの?」
「そうよ。遺体には会わせてないけれど」
「ニナさんとキットさんはどこに…」
「きちんと埋葬したわよ」

そっか…。
目が熱くなってきてじわりと涙が溜まっていく。
グイッと袖で目を擦った。

「ジュリーは…」
「ずっと泣いていて今こうして泣き疲れて寝ているわ」

ヴィーナからジュリーに視線を戻すと起きる気配がした。
ジュリーが小さな手でごしごしと瞼を擦って目を開ける。
まだ覚醒していない目と合った。

「お、おにいちゃっ」

ジュリーが起き上がって飛びついて来た。
俺は力強く抱きしめる。
するとジュリーが泣き始めた。

「ママとパパはめーかいにいちゃったのー?」
「めーかい?」

ヴィーナが横からジュリーにはっきりと肯定する。

「そうよ。さっきも言ったけれどあんたの親は冥界に行ったの」
「いつかえってくるの?」
「冥界に行った者は二度と帰って来ないわよ」

それを聞いた途端ジュリーは大声で泣き出してしまった。
冥界って何だ?
確かセバスさんもジルに俺は冥界には行かないってさっき言ってたよな。
俺は腕の中で泣くジュリーにうろたえながらヴィーナにその言葉を聞いた。

「冥界っていうのは死の世界よ。死んだ者が行き着くところ」

ヴィーナは厳しい目でジュリーを見ている。

「チビッ子、ナイレイトの血を引くなら泣くなんて行為はもう止めさない。あんたはすでに両親がいない と分かっているはずよ」

え?
ああ、そうだ。
ニナさんがナイレイト族ならその子供であるジュリーも半分ナイレイトだ。
でも何でヴィーナはジュリーがナイレイトだって知っているのだろう?
驚いた顔でヴィーナを見てその事を質問した。

「同族は分かるのよ。以前リグメットで会ったこの子の母親もナイレイトだって分かったわ。 母親もきっと私が同族だって分かったでしょうね」

それにしてもとヴィーナは言葉を続ける。

「他の魔族との混血だなんて」
「珍しいの?」
「少なくともナイレイトは外の血を内に入れると言う事はしないのよ」

ヴィーナの視線に怯えているジュリーは俺にしがみついたままだ。
同族ならもう少し優しい言葉を掛けてあげてもいいのに。
しかもこんな小さな子だ。
だから俺はヴィーナを注意した。
しかし。

「半分とはいえナイレイトの血を持つ以上、我が一族の誇りを汚す事は許されない。チビッ子、分かるわね。あんたの中にナイレイトの血がある事を」

ジュリーはコクリと頷いた。
その目は強くヴィーナを見据えていた。
ヴィーナはフンッと鼻で笑う。

「上等。そんな目が出来るならもう大丈夫ね」

俺はキョロキョロとヴィーナとジュリーを見る。
どうやらナイレイト同士で通じたものがあったようだ。
ヴィーナがジュリーをヒョイっと抱き上げて肩車をした。
ジュリーは目を丸くした後、ニコッと笑う。
俺はその笑顔を見て心から安堵した。

「いわない?」

ジュリーが俺を見て不安そうに言ってくる。

「言わないって何が?」
「みんなにジュリーがないれいとだってこと。ママとジュリーのひみつなの」

万が一の事を考えてきっとニナさんは秘密にしたんだ。
俺は頷いた。
振り返ってドアの傍で控えているセバスさんにジルは知っている?と聞くと肯定の返事が返って来た。

「はい、ジハイル様は知っておられますよ」

他にセバスさんはレイグとキオの名もあげる。
キオ…。
俺は自分に仕える事が使命だと思っているキオを思い出して焦り始めた。
一緒に行動が出来なかっただけでいじけて俺が自分のいた世界に帰りたいと知った時は 泣いていた。
そんなキオが今回の出来事でどんな事になっているのか。




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