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結局、俺の掌にある黒いいくらが何か分からずこれをどうしたらいいかも分からず。
自然とセバスさんに助けを求める視線を送る。

「聖司様、まずは着替えてからにしましょう」

バスローブに包まれただけの俺はセバスさんの言葉に素直に頷いた。
セバスさんは俺に服を着せ最後に靴を履かせて靴ひもを結ぶ。
屈んでいる状態のセバスさんが顔を上げた。

「聖司様、とても辛い目に遭われましたね」

優しく気遣うように言われた途端、俺の目からぽたりと涙が零れた。
ぽたり、ぽたりと後から後から零れ落ちていく。

「よくがんばりましたね」

セバスさんがハンカチで俺の涙をぬぐってくれる。
ショックな事や悲しい事や怖い事があった。
ニナさん達の事、キットさんの友人であったはずのイースさんが 二人を殺した事を嗚咽混じりに伝えた。
そして俺の中のレヴァの力が肝心な時に使えなかった事も。
もしあの時すぐ使える事が出来たなら、ニナさんもキットさんも死ななかったんじゃ ないかと思うと自分を責めずにはいられない。

「俺が…っ!俺が!」
「落ち着いて下さい、聖司様」
「助ける力が、あ、あったのに…っ!!」
「聖司様っ」

ーパシンッ!

我を失って取り乱していると突然、鋭い音と共に頬に痛みが走った。
大きく見開いた俺の目に厳しい表情で俺を見下ろすヴィーナの姿が。
いつの間に…。
茫然としている俺はヴィーナに反対の頬も叩かれてその衝撃によろめいた。
まだ叩いてこようとするヴィーナをセバスさんが制止する。

「ヴィーナ殿」
「止めないで。この子は何も分かっていないんだわ」
「聖司様はとても傷ついているのです」
「それが何だっていうの。私たちだってどれだけ心配したかっ。マスターが瀕死の聖ちゃんを 連れて戻って来た時、どれだけ…っ!」

グッと耐えるように目を瞑った後、再び開いたヴィーナは強い視線で俺を射抜く。

「助ける力があったですって?うぬぼれないで。確かに聖ちゃんはレヴァの力を持っているけれど 位にすれば下位なのよ。それも下位の中でも下のね。さらに言えば長距離の転移は中位以上のレヴァかそれと同等の力を持っている魔族でなければ扱えないのよ。それなのに聖ちゃんはこの屋敷から消える時無理に力を使ったの。そこでもうレヴァの力は尽きていたはずなのよ。レヴァの力を回復するには自然に回復を待つか精気を取るしかない。聖ちゃんは誰かの精気を取ったの?」

俺は頭を左右に振る。

「自然に回復する程日は経っていない。その状況でまたレヴァの力を使おうなんて自殺行為そのものだわ。でもその後、無理に力を使ったのでしょう?」

燃え盛る家からみんなを助けるために転移をした。
あの時は必死だったんだ。
ヴィーナは俺がまた転移…しかもニナさん達も一緒に転移したと聞くと手で顔を覆い もう一発叩いとけば良かったと呟いた。

「複数になればその分、負担がかかるのよ。精気が無い状態でさらにもっと力を使ったら 生命を脅かすに決まっているじゃない」
「力を使わなければ火事で死んじゃう所だったんだぞ」
「それしか方法がなければ聖ちゃん一人で転移すべきだった」
「ヴィーナっ」

俺の悲痛な顔に非難を感じたヴィーナがはっきりと告げる。

「冷たいと言いたい?それとも酷い?何と言ってくれても結構。私たちが大事なのは聖ちゃんなの」
「ヴィーナ…」

ヴィーナはその後は何も言わず口を閉ざし踵を返して部屋を出て行ってしまった。
俯いてジッと床を見ていると俺の手をそっとセバスさんが包んだ。

「聖司様」
「…セバスさん」
「はい」
「セバスさんもヴィーナと…同じ考え?」
「もしも今回のように同じ事があれば私はヴィーナ殿と同意見です」
「じゃあ、見捨てろっていうの!?ニナさんもキットさんも俺が誰だか聞かないで家にいさせて くれたのに…とても優しくしてくれたのにっ」
「私達にとって聖司様の命とその者達の 命、どちらが大切かと問われれば迷うことなく聖司様の命なのです」
「それは…俺が、ジルの」

…伴侶だから?と最後まで言う前にセバスさんの目が叱るように俺を見た。
すぐにごめんなさいと小さい声で謝った。
セバスさんもヴィーナも真剣に俺を心配している。
俺、自分の中のレヴァの力を過信してたんだ。
この力を使えれば絶対大丈夫だとどこかで思ってさ。
認めなきゃいけない。
魔物相手ならどうにかなるレベルの俺の力は魔族相手になると全然歯が立たないって 事を。
それをセバスさんやヴィーナはちゃんと分かってる。
でも。

「俺…自分の力でみんなを助けたいよ…。見捨てる事なんて出来ないよ」
「聖司様がそう思うならそのように」
「…え?」
「しかしそれは相手よりも聖司様の力の方が上回っている時ですが。私もヴィーナ殿も 聖司様が十分に力を持っているのなら何も言いませんよ」

ですからとセバスさんは俺の手をギュッと力強く握った。

「強くなれば良いのです。他者も護れるほどの力を持てば良いのですよ」
「強く…」

俺もギュッとセバスさんの手を強く握り返す。
強くなりたい…。
いや、強くなるっ!
セバスさんは決心をした俺を見てホッホッホと笑った。

「あの…セバスさん」
「はい」
「ジュリーはどうしてますか」
「会われますか?」

俺はコクリと頷いた。




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