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何事かと慌てて起き上がると部屋の中に煙が入り込んできている。

「わっ、何だっ」

まさか火事!?
急いでドアまで行こうとした時、音も無く俺の後ろにフードを深く被り身体をマントで覆った黒い影が現れた。

「―――!?」

黒い影は俺の口を押さえ羽交い締めにした。
何が起こっているのか分からない恐怖に身が竦む。
それでも拘束から逃れようと抵抗した。
すると俺の首に冷たい鋭利なものがヒタリと当てられた。
感触で危険なものだと分かる。
こ、これ絶対、刃物だよ…っ!!
動いたら殺される!
後ろからくぐもった声が聞こえた。

「死ね」

ぎゃーーーーー!!
動かなくても殺されるぅ!!
首に押し当てられた刃物が真横に引かれる瞬間、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。
同時に多量の煙が一気に入って視界が遮られる。
すぐ傍で金属のぶつかり合う音がした後、グイッと俺の身体が誰かに引っ張られた。

「走って、セイジくん!」
「…ニナさんっ!?」

俺はニナさんによって廊下に出された。
廊下はすでに煙が充満していて周りからバチバチと燃える音がする。
振り返ると火の粉が舞う中、ニナさんが短剣で黒い影を斬りつけていた。
隙を見てニナさんは俺の方へと走って来る。

「一体、何が起きているんですか!?」
「この異変にさっき気付いたばかりで私にも何が起きているのか分からないわ!」
「キットさんとジュリーは!?」
「ジュリーはキットと一緒に寝るって言い出して二人ともリビングにいるのよ!」

俺達はリビングへ急いだ。
リビングに駆け込むと…すでに黒い影が数人いる。
寝ているキットさんの傍にいる黒い影がゆっくりと俺達の方へ向いた。

な、何て事だ…。

キットさんの身体は赤く染まっていて剣が真っ直ぐ突き刺さっていた。

「キットォォォーーーーッ!!!」

ニナさんが絶叫する。
そしてニナさんはああ、と震えた声を出した。
別の黒い影がジュリーの首を掴んで持ち上げている。
ジュリーは意識がなく手足がだらりと下がっていた。
ニナさんは躊躇うことなく素早い動きでジュリーを捕らえている黒い影に短剣で斬りかかった。
だが他の黒い影達がニナさんの前に立ち塞がる。

「どきなさいっ!!」

跳躍したニナさんは黒い影の頭上を逆さまの格好で飛び越えながら首に腕を絡ませた。
そして黒い影の背におぶさった状態になり短剣で喉笛を引き裂いた。
そのまま間も空けず背を蹴りその反動でジュリーを捕えている黒い影の元に一気に距離を縮めた。
黒い影のマントの下から出て来た長剣がニナさんに襲い掛かる。
身体を反転させて攻撃をかわしたニナさんはその勢いでジュリーを掴んでいる腕を短剣で突き刺した。
すごい、まさかニナさんがこんなに強いだなんて…っ。

しかし。

「…うっ!」
「ニナさん!!」

長く伸びてきた黒い影の腕がニナさんの首に幾重にも巻き付いている。
そのせいで黒い影に刺さっている短剣からニナさんの手が離れてしまった。
ニナさんは天井まで高く持ち上げられた後、思いっきり床に叩きつけられる。

「ニナさんっ!!」

部屋が燃えさかる中、俺は駆け出してニナさんとジュリーを掴んでいる黒い影に体当たりをした。

「二人を離せっ!!」

くそっ!
くそっ!!
何でこんな事になったんだ!!

「セ、イジく、んっ!ジュ、リーを!」

うねりながら長く伸びている腕に身体を絡みつかれ身動きが出来ないニナさんが必死に俺に叫んだ。
燃え落ちて行く物がガラガラと音を立てていく。
早くなんとかしないとっ。
ジュリーを助けようと手を伸ばした時、黒い影のフードの中を見てしまった俺は身体が強張った。
…顔がない。
ゆらゆらと蠢く影しかなかった。
その気持ち悪さと恐怖にゴクリと喉が鳴る。

「……ぁ」

固まっていた俺の耳にか細いジュリーの声が聞こえた。
何してるんだ俺は!
怖がっている場合じゃないだろ!

「ジュリー!!」

今度こそジュリーに抱きつくがジュリーを掴んでいる黒い影の手が離れない。
その手を引き離そうと躍起になっていると俺の項がぞわりと総毛立った。
バッと後ろを振り返ると別の黒い影が俺めがけて長剣を振り落として来た。

「―――!!?」

俺の目に部屋を燃やす炎を反射させた長剣が飛び込んでくる。
斬られる…そう確信した。
だが次の瞬間、信じられないものが目に映った。
猫が横から跳躍して来て長剣を持っている腕に噛みついたのだ。

「ヴィーナ…!?」

いや、違う。
ヴィーナの毛色は赤だ。
この猫は黄色だった。
黄色い猫が噛みついてくれた事によって長剣が床に落ち俺は危機を脱した。
そしてこのチャンスを逃さない。
長剣を拾い上げジュリーの首を掴んでいる腕へと勢いよく振り落として 切り離す事に成功した。
俺はジュリーを抱えて一気に遠ざかった。

「ふ、あはははははっ!!」

勢いを増して燃え続けているリビングに笑い声が響く。
身体を揺らして笑っているのはキットさんの近くに立っている黒い影だ。

「あははははっ!何て愉快なんだ!ニナ、キットは君の正体を知っていたのかい?」

この、声は…。
黒い影がフードを取った。
すると容貌が露わになる。
…どうして…。
どうして、どうしてっ!
だってキットさんと友達じゃなかったのかよ!?
さっきまであんなに笑い合っていたのに!!
黄色い猫は毛を逆立てながら光り輝く。
しだいに人の形になり残酷に笑っている黒い影の名を叫んだ。

「イースっ!!!」
「やあ、ニナ。まさか君がナイレイト族だったなんてね」




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