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その夜。
ジュリーの子守りをしているとニナさんがキッチンから俺達を呼ぶ。
返事をしてダイニングに行くといい匂いが漂ってきた。
おいしそうな料理がたくさんあって自然と口の中に唾液が出てくる。

「さ、二人とも席について」

席についた俺達の前にニナさんはキッチンから皿を持ってきてテーブルの上に置いた。
覗きこむと白いピンポン玉のようなものがたくさんある。
これはなんだろう?
首を傾げているとそれと目が合った。
…ん?
目が合った?

「はあっ!?」

ピンポン玉の中心に黒っぽい丸がありそれがギョロギョロとせわしなく動きまくっている。
ななななっ!!
まるで目玉そのものじゃないか!
驚いていると向かいに座っているジュリーがきゃーっとはしゃいだ声を上げてそれを フォークで真上からブッ刺した。
俺はクラリと気が遠のく。

「ぎょろっとめだぁー!」

嬉しそうにパクリと…た、食べた!
この子食べちゃったよ!

「ほらセイジくんも食べなさいな。ジュリーに全部ギョロットメ食べられちゃうわよ」

ニナさんがジュリーの横の席につきながら俺に勧めてくる。
もぐもぐと食べているジュリーを見てみれば口から赤っぽい色の液体が漏れ出ている。
ううっ無理です、ごめんなさい。

「お、俺はいいです。ジュリーにあげて下さい」
「あら、遠慮する事ないのに」

すでにギョロットメが置いてある皿も俺、見れないんだけど…。
目を逸らしながら違うものを食べていると玄関の方からキットさんの声が聞こえてくる。

「ただいまーっ」
「あら、キットが帰ってきたわ」
「パパー!」

ジュリーは椅子から下りて玄関へ駆け出して行った。
玄関からダイニングへ近づいて来る会話の中にジュリーとキットさん以外の声がする。

「お帰りなさい、キット」
「ただいま、ニナ。お客さんを連れて来たよ」

ジュリーを抱っこしているキットさんの後ろから男の魔族が顔を出した。
その姿を見たニナさんがニッコリと笑う。

「あら、イースじゃない」
「こんばんは。ニナ」

男の魔族はイースと言うらしい。
俺よりも少し背が高く細身で色白だ。
服はよれ、くすんだ茶色い髪はボサボサであちこちに髪が跳ねている。

「すみません。こんな格好で」

自分の格好を恥じいるように恐縮しながら頭を掻いている。

「私がイースを無理矢理誘ったんだ。こいつまた研究室にこもりっぱなしでさ」
「ふふふっ。それは正解ね。また、ちゃんと食べてなかったんでしょう」

図星を指されイースさんが苦笑いをした。
そして俺に気付く。

「あれ?この子は?」
「この子はジュリーのお兄さんよ」

ニナさんが片目を瞑って俺にねっと声を掛ける。
それにイースさんは笑う。

「ははっ、キットいつの間にもう一人子供を作ったんだい?」
「愛の力があればいつでもさ」

そう言ったキットさんはニナさんを引き寄せて頬にキスをした。
ジュリーが私もーとキットさんにせがむ。
キットさんはジュリーの頬にもキスをした。
何かこの家族を見ているとても幸せそうで微笑ましくなってくる。

「初めまして。僕はキットと同じ研究室のイースです」

イースさんが俺に手を差し出して来た。
俺はその手を握る。

「初めまして。俺は高野聖司と言います」
「セイジくん。昨日話していた三大ヴァルタの中に白がいるかもしれないと言っていたのがこのイース だよ」
「キット、それはまだ仮説の話しだよ」
「いや、私は…」

キットさんの話しが本格的に燃え上がる前にニナさんが止めてみんなを席につかせた。
ギョロットメがある事にキットさんとイースさんが喜んだ声を上げた。
それって魔界だと人気の食べ物なのかな。
キットさんが勧めてくるけど丁重にお断りをする。
しばらく夕飯を楽しんだ後ジュリーとニナさんが席を外し男三人になると会話が研究の事になった。

「そういえばキット、まだレヴァの影について調べているらしいね」
「ああ、それはもちろん」
「だがあれは師が禁止しただろう?」

ん?
レヴァの影…!?

「そう言うな。レヴァの影を調べる事は私の研究に必要なんだよ」
「でも危険だよ。師だってあんな事になったのに」
「心配してくれるのはありがたいがそれを恐れていては研究は務まらないよ」
「キット…君は。ニナだって小さいジュリーだっているのに」
「はは…それは言うな」

キットさんは真剣に心配しているイースさんに苦笑いしながら酒を飲んだ。
俺はキットさんに希望の光が見えた。
まさかこんな近くにレヴァの影を調べている魔族がいるなんて!
もしかしたらエレの事が分かるかもしれない。

「あのっキットさん!」
「ん?なんだい、セイジくん」
「その、レヴァの影って!」
「セイジくんっ静かに」

興奮して思わず大きな声を出してしまった俺にイースさんが小さい声で話すように注意した。
咄嗟に口を覆った俺はそんなに危険な事なのかと心拍数が上がってしまった。

「あはは、イースは心配症だな」
「キットが呑気すぎるんだよっ」

イースさんはフンッとキットさんと反対方向に身体を向けグイッと酒をあおった。
俺は出来るだけ声を小さくして聞いた。

「レヴァの影について調べるのは危険なんですか?」
「別に危険ではないよ。ただ最近、それについて調べていた研究者が攫われたり殺されたりしているんだ。私とイースの師も調べていた大事な資料や文献を奪われてね。幸いな事に本人はその場にいなかったから無事だったけれど」

いや、十分危険ですけど!
キットさん大丈夫かな。
俺の顔を見たイースさんがほら見ろとキットさんに言う。

「セイジくんだって心配してるじゃないか」
「分かった、分かった気を付けるよ」

イースさんは肩を竦めてどうだかと疑心な目でキットさんを見た。

「で、セイジくん。レヴァの影について何か?」
「キット、今言ったばっかりなのに…」

イースさんはガクリとテーブルに突っ伏した。
エレの手掛かりとなるチャンスを逃さない為に イースさんには悪いが質問する事にした。

「レヴァの影って普段どこにいるんですか?」
「うーん、残念ながらはっきり分かっていないんだ。ただ有力な説は七つの月にいるのでは ないかという事だ」
「七つの月って?」
「レヴァを回る月だよ」

ん?空には二つの月しかないけど?
七つもないぞ。

「普段は二つしか見えてないけれど毎日月が変わっているだろ?月の色は全部で七つの色があるから 言わなくても分かっていると思うけど」

へ、へぇ〜。
し、知りませんでした。
俺はですよねーと言葉を合わせる。
知らないなんて言ったら不審に思われるよな。

「じゃあ、そのレヴァの影に会いたい場合はどうしたらいいんですか?」
「それこそ私が知りたい事だなぁ」

はははっとキットさんは笑う。
そっか、そこまでは分からないのか。

「まあ、向こうから接触してくれれば一番早いのだけれどね」

そうなんだよな。
だけどエレは今何か大変な事になっているみたいだし。

「ただ…」

キットさんは何気なく言葉を続けた。

「ただ、レヴァの一族でも始祖に近い血筋を持っている者なら接触は出来るかもしれないな」

俺とイースさんはジッとキットさんを見つめた。
そしてキットさんは額をテーブルにゴンっとぶつけて寝てしまった。

…え!?

「ちょっ、その後は!?」

俺もイースさんもオイっと突っ込みを入れる。
だがいびきを掻き始めたキットさんは起きる気配がしない。

「これはダメだね。酒の許容範囲を超えてしまっている」

キットさんは一定の酒が入ると強制的に眠りに落ちるらしい。
イースさんはやれやれと溜息を零した。

「あらやだ、キットってば寝ちゃったの?」

ダイニングに戻って来たニナさんがキットさんを見て笑った。

「ニナ、運ぶの手伝おうか?」
「大丈夫よ。後で叩き起こすから」
「はははっ。じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。夕飯ごちそうさまでした」
「ちゃんと家に帰ってね」
「さすがにこれから研究室には戻らないよ」
「ふふっ、気を付けて」
「じゃあ、おやすみ。セイジくんも」

イースさんが俺に向かってニコリと笑った。
俺も笑い返して挨拶をした。

「おやすみなさい。今度ヴァルタの事聞かせて下さい」
「ああ、喜んで」

イースさんが家を出て行った後、ニナさんはキットさんを言葉通り叩き起こそうとしたが 寝てしまっているキットさんはどうやっても起きなかった。

「もぉー。いつもなら起きるのに。しょうがない、リビングに寝かせちゃえ」

俺とニナさんでキットさんをリビングに転がして布団を掛けた。
その後夕飯の片づけを手伝った。

「セイジくん手伝ってくれてありがとう。お風呂入るでしょ?」
「あ、はい」
「今日買い物に行った時、下着買っておいたから」
「えっ!?」

ニナさんいつの間に。
タオルと一緒に渡されるけど…何か恥ずかしい。

「若い男の子の下着を買うって新鮮ね!」
「……あ、ありがとうございます」

ニッコリと笑っているニナさんに礼を言って俺は足早にバスルームに向かった。
お風呂から上がった後、飲み物が欲しくなってキッチンへ行く。
廊下を歩いているとリビングから話し声が聞こえて来た。
キットさんが起きたのかな?
半分開いているドアから顔を覗かせると寝ているキットさんにニナさんが傍に座って話し掛けている ようだった。

「ねぇ、キット。あの日の事覚えている?倒れていた私を貴方が拾ってくれた日の事よ。 警戒心が強かった私を根気強く介抱してくれたわね。身元を明かそうとしない私に貴方は言いたくなければ 言わなくていい。それに後ろめたさを感じる必要もない。私は君の後ろに何があるのかなんて知りたいと 思っていないんだから。でもどうしても君が言いたいって時があったら聞いてあげてもいいよって言って くれたでしょう」

ニナさんはほほ笑みながらキットさんの髪を撫でた。

「私、それを聞いてとても楽になったの。だから貴方の言葉を借りてセイジくんに言ったわ」

…ニナさん。

「あれからジュリーが生まれて私とても嬉しかった。毎日がとても楽しくて。キット、幸せを ありがとう」

俺はそっとその場を離れて部屋に戻りベットに潜り込んだ。
ニナさんにも事情があるみたいだけど…幸せそうで良かった。
今日は良い夢が見られそうだな。


―だけれど…それは叶う事はなかった。


「セイジくん!!起きてっ!逃げるのよ!!」

俺はニナさんの叫び声で目覚めた。




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