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「おはようございます」
「あら、おはよう。良く眠れたかしら」
「…は、はい」
「昨日はキットの長い話しに付き合ってくれてありがとう」

リビングに行くとニナさんが俺の為に朝食を用意してくれた。

「いえ、俺の方もキットさんの話しは為になりましたから」
「そう言ってくれると助かるわ。あの人、語り出すと止まらないから」

ニナさんは苦笑いしながら大盛りによそった皿を俺の目の前にドンっと置く。
…ニナさん俺、朝からこんなに食べれないよ。
とりあえず礼を言いフォークを突き刺して食べ始める。

「キットさんはもう仕事に行ったんですか?」
「ええ、少し前に出て行ったわよ。そのキットから貴方に伝言よ」
「え?なんですか?」
「時間があれば今夜もまた語り合おうですって」

俺の目の前に座ったニナさんが頬杖をついてジッと見てくる。
俺もニナさんをジッと見る。
それってつまり…まだこの家にいてもいいって事なのかな。

「あの…」
「セイジくんがいいよって言ってくれたらあの人、喜ぶと思うんだけど」

ニナさんもキットさんも俺がなんらかの事情で行く場所がない事を勘づいているのかもしれない。
深くその理由を聞かない二人に感謝をして俺はコクリと頷いた。
それにニナさんはニコッと笑ってジュリーを呼んだ。

「ママ―なにー?」
「セイジお兄ちゃんがまだお家にいてくれるって。良かったわねージュリー」

ニナさんはジュリーを膝の上に乗せた。
ジュリーはテーブルの上に身を乗り出して俺にホント?と聞いて来る。

「うん」
「やったー!ジュリーとあそぼ!」
「ふふふっ。お兄ちゃんがご飯食べ終わったら遊んでもらいなさい」
「はーいっ!」

ジュリーが元気よく返事をする。
俺が食べ終わった後はママゴトや絵を描いたりして遊んだ。
しばらく部屋の中で遊んでいるとニナさんが買い物かごを持って来た。

「街に買い物に行くけどセイジくんも来る?」
「あ、行きます!」

この間はエゼッタお嬢様のせいで早めにジルの屋敷に帰ったからあまり街を見られなかったので 俺は迷わず行くと返事をした。
この時エゼッタお嬢様を思い出したせいか夢で見た事も思い出してしまって嫌な気分になってしまった。

「どうしたの?」

ジュリーに声を掛けられてハッと我に返る。

「はやくおかいものいこっ!」
「うん、行こう」

俺はもやもやを振り切るようにジュリーと一緒に街へと駆け出した。








店が立ち並んでいる緩やかな坂を歩きながらご機嫌なジュリーが歌を歌っている。

「まるごとごりごりたべちゃうぞぉー♪ばきばきへしおって〜♪」

…な、何の歌だこれ。

「にこにこわらってたべちゃうぞぉー♪ひめいもぜんぶかみくだき〜♪」
「ジュ、ジュリー!?」

思わず止めた俺をジュリーはキョトンとした顔で見上げて来た。

「い、今の歌って何?」
「このおうた?いただきますのうただよ」

なんてデンジャラスな歌なんだ。
子供が歌う歌じゃない気がするんだけど。
魔界ではポピュラーなのか。

「あ、おねえさん」

前方を指差したジュリーは一目散に走って行く。
俺とニナさんはその後を追いかけた。
するとヴィーナにゲコ助を買ってもらった花屋さんがあった。
なんか見た事ある風景だと思ったら一回ヴィーナと来てたんだ。
先に店に着いたジュリーと会話をしていた花屋のお姉さんが顔を上げ俺を見た。

「こんにちは」

ニッコリ笑って挨拶をして来た。
俺もペコッと会釈して挨拶を返す。

「こんにちは」
「この前リップルップを買ってくれた方でしょう?」

う、覚えてる。
あまり覚えていて欲しくなかった。
顔に出てしまったのかお姉さんはクスリと笑った。

「そういえば昨日赤い髪の方が貴方を探していたけれど」
「えっ」
「貴方がリップルップを買った時にいた方よ」

ヴィーナだ。
昨日俺を探しにここに来たんだ。
ドキドキと早まる心臓の音を聞きながらなるべく冷静に対応する。

「そ、そうなんですか」
「会えた?」
「あ、はい」
「それなら良かったわ」

ニコッとお姉さんが笑った。
きっと隣にいるニナさんは俺が嘘を吐いた事が分かっただろう。
ニナさんは花を触っているジュリーの手を握り行くわよと俺とジュリーに言って歩き始めた。
俺は黙ってニナさんの後ろを付いて行く。
お世話になっているニナさんに事情を黙っていていいのだろうか。
でも…。

「セイジくん」

ニナさんが急に立ち止まって後ろを振り返り俺を見る。

「は、はいっ」

瞬きをしながら返事をすると手が伸びて来て頭を撫でられた。

「言いたくなければ言わなくていいの。それに後ろめたさを感じる必要もないの。 私もキットもジュリーも貴方の後ろに何があるのかなんて知りたいと思っていないんだから。 でもどーしてもセイジくんが言いたいって時があったら聞いてあげてもいいわよ」
「…ニナさん」

母親のような眼差しで俺にほほ笑むニナさんに感謝をした。
でもどうしてこの俺にそこまで言ってくれるんだろう。
俺の心の声が聞こえたのか分からないけれどニナさんがふと視線を俺から外してある場所を見た。
そこはジュリーがエゼッタお嬢様とぶつかって危うく従者に切り殺されそうになった店の前だった。

「ジュリーは。ジュリーは私とキットの宝物なの。愛するあの人との…かけがえのない」

その場所を厳しい目で見つめ、そう呟いた後ニッコリと俺に笑った。

「本当にありがとう。セイジくん。ジュリーを護ってくれて」
「え、いやそんな別に」
「ふふふっ。レヴァの一族に立ち向かうなんて容易に出来る事ではないわ。この街の大人でさえ 見て見ぬふりよ」

確かに何も言わず遠くで見ているだけだった気がする。
それ程レヴァの一族の権力が強いのか。

「さてと、今日の夕飯何にしましょうかっ」
「ジュリーぎょろっとめがいいー」

はーいっと手を上げたジュリーのリクエストはギョロットメだ。
…ギョロットメって何だ?
ニナさんは新鮮なの入ってるかしらーと店へ歩き出した。
店の前で品定めをしているニナさんの傍にいると買い物かごをぶら下げた魔族の奥様達が 世間話をしながらやって来る。
自然と耳に入ってくる会話に俺はピクリと反応した。
なぜならジルの名前が出て来たからだ。

「聞きました?」
「あら、何を?」
「セルファード公の事よ」
「もしかしてノズウェル公のお嬢様との事?」
「そうそう」

…え?

「あの噂って本当なのかしら」
「私の娘の友達がノズウェル家で働いているんだけどお嬢様がそう言っているみたいね」
「じゃあ、お二人が婚約者同士って本当なのね」

ジルとエゼッタお嬢様が婚約者同士?
あれ?
何だかデジャヴ…。

「あーうらやましいわ!セルファード公と言えばとても美しい方らしいわね」
「家柄も容姿も素晴らしい方と婚約だなんてお嬢様は幸せね」

ふーん。

「おにいちゃん」

ジュリーが俺の洋服を引っ張る。

「おにいちゃん?」

俺の意識は奥様達の方へ向けられていてジュリーの声は聞こえなかった。

「お嬢様も綺麗な方なんでしょう?」
「きっとお似合いの二人ね」

ふーーーーん。




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