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            癒しきれないほどの悲しみは

         一粒涙がこぼれるたびに虚空に広がり

            声がかれる程の悲痛な叫びは

             決してあなたに届く事はない

            声がかれる程の呼び掛けにも

             決してあなたは声を返さない


                 この悲しみと


                 この虚しさと


                生まれた怒りは


                憎しみを落として
















「せ、いじ…」

ん…。
誰かが俺を呼んでいる?
辺りは真っ暗で何も見えない。

「…は…り、だ」

女の子の苦しそうな声は遠い所から聞こえてくるようではっきりと聞き取れない。
だけれど聞き覚えのあるこの声は。

「エレ!?」
「…に、きを…つ、け…」

きをつけ?
何に気を付けるんだ?

「エレだろ?どこにいるんだ!?」

やがて声がしなくなった。
俺はエレの名を叫んだ。

「エレー!!」

ハッと自分の声で覚醒して目を開けた。
起き上がるとお腹に掛けてあったブランケットがずり落ちる。
どうやら俺用の部屋のソファーで寝ていたらしい。
夢だったのか…?
思案している俺の耳にドアのノックの音が聞こえて来た。

「聖司様」

セバスさんの声が掛る。
返事をすると失礼しますと中へ入って来た。

「聖司様にお客様ですよ」
「俺に?」

…お客?
魔界に俺の客?

そう、ここは魔界であって俺の生まれ育った人間界などではない。
魔界という別の世界に来てしまった俺は二つの世界を結ぶ門を出現させる事の出来るエレと 会えていないので元の世界に帰れないでいる。
ジルの伴侶になった上に半分レヴァにもなってしまい今こうしてジルの屋敷のいるのだが…。
魔界に友達なんていないんだけど。
首を傾げているとほほ笑んでいるセバスさんが応接間に俺を案内する。
応接間のドアが開けられその中へと入ると。
あっ!

「よっ!セイジ!」

ソファーに座っているエドが手を上げる。
エドの傍で控えているニケルとウェルナンは俺に向かって会釈をする。
そして…。

「聖く〜ん!!」

うわっ!
ユーディが満面の笑みで両手一杯に広げながらすごい勢いで走ってくる。
思わず俺は一歩後ろに下がった。
もう少しで俺に届くというところで見えない壁に当たったかのようにユーディの身体が勢いよく 跳ね返った。
きゃんっと悲鳴を上げて倒れたユーディを唖然と見ていると後ろのドアからご主人様〜という声が聞こえてくる。

「キオ」
「大丈夫でしたか?ご主人様っ」
「今のキオがやったのか?」

肯定の意味でキオはシッポをピンっと真っ直ぐに立てる。
そしてキリっとした表情で俺を見た。
褒めて下さいっという雰囲気が感じられ頭を撫でると頬が染まりシッポがパタパタと振られる。
起き上がったユーディは怒りを露わにしてキオを睨んだ。

「このーぉ!!聖くんとの感動の再会を邪魔して〜!!」
「僕は害を為す者からご主人様を護っただけです」
「害っ!?このボクが害だって〜!?」

ユーディの身体からバリバリと電気が生じる。
おいおい、ここで戦闘は止めてくれよっ。

「ご主人様は嫌がってました!」
「黙れっ!犬っ!!」
「犬じゃありませんっ。僕はヴァルタです」
「ヴァルタァ…?嘘つくなっ!お前は白じゃないか!!」

ユーディの言葉にキオの耳とシッポが一気にペションっと下がった。

「嘘じゃありません。僕は…」
「ヴァルタだって嘘ついて聖くんの傍にいるなんて!」

キオは不安げに俺を見上げ泣きそうになっている。

「ぼ、僕っ、う、嘘ついて…ないですっ」
「聖くん早くそいつから離れて!」

はあっと溜息を落として俺はキオと同じ目線の高さで話しかけた。

「キオ」
「僕、僕っ。嘘ついてなんか…っ」
「俺がいつキオの事ヴァルタじゃないって言った?」
「………い、言ってません」
「嘘つきって言ったか?」
「…言ってないです」
「だろ?」

ニッコリと笑うとキオは空色の目に溜まっていた涙をこぼして俺にギュッと抱きついてきた。

「ご主人様〜!!」

背中を撫でてやると垂れ下っているシッポが左右に振られる。

「…どい」
「ん?」
「ひどいっ聖くん!その犬ばっかりその犬ばっかりぃ〜!!」

ユーディがその場で地団駄を踏んでいる。
俺はもう一つ溜息を落としキオから離れてユーディの傍まで近寄った。

「拳を前に出せ」

訳が分からない感じのユーディだが素直に拳を出した。
俺はそれに自分の拳をコツンとぶつける。

「手を開け」

俺がそう言うと手を開きそこに向かって自分の手をパチンと合わせてグッと握る。

「これは何?」
「これはダチとの…まあ、コミュニケーションだな」

物事が上手く出来たときとか励ましたりする時とか俺と広哉と勇貴の間で良くやっていた。

「ダチ…友達。聖くんと友達」

ユーディの顔から笑みがこぼれている。
機嫌が直ったみたいだ……ん?
握ったままの手が離れない。
あれ?

「今はお友達で我慢するね」
「ユーディ、手を」
「あまり急ぎすぎるのもね」
「おいっ何で握る力が強くなって…っ」
「ご主人様から離れて下さいっ!」

援軍に入ったキオをユーディはキッと睨みつける。
そして子供同士のケンカを思わせる言い争いが俺を挟んで始まった。
俺はユーディのマスターであるエドに助けを求めた。
だがエドは紅茶を啜りながら俺達を見ている。

「はー、平和だなー」
「そうですね」

ニケルがエドに同意をしウェルナンはフフと笑いながら頷いている。
おいっユーディのマスターなんだから止めろよ!

「エド、しみじみしてないで止めてくれよ!」

俺はキオとユーディの襟首を掴んで引き離しながら叫んだ。
エドは手をひらひらと振りながら少し嫌な笑みを浮かべて俺を見る。

「セイジを巡っての争いに俺が口を出す様な野暮な事はしねえよ」
「はあ?ってかエド達は何の用でここに来たんだ?」

すると暴れていたユーディが大人しくなり俺を見上げながらほほ笑んだ。

「それはもちろんボクは聖くんに会いに…むぐっ」

最後まで言い切る前に口を手で塞ぐ。

「俺達が来たのはアリアス様からジハイルに言伝があったからさ。じゃなきゃわざわざここに来ねえよ」

…そりゃそうだよな。
ジルとエドは友達ではないもんな。

「ったくジハイルのヤローいつまでこの俺を待たせる気だ」

待ちくたびれた様子のエドはソファーの背もたれにドサッと寄りかかった。
そして目線だけ俺に向けニヤっと笑う。
な、何だ?

「てっきりやってる最中かと思ったんだがな」
「なーーーー!?」

突然何を言い出すんだ!

「そんな匂いはしてないな」
「え!?」

エドの声が突然俺の後ろの耳元でした。
前を見るとソファーにはエドの姿はなくニケルとウェルナンの二人しかいなかった。
ニケルはマスターと窘める声を出す。
俺はいつの間にか転移したエドに後ろから抱きつかれていた。




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