キドロショックから抜け出し休憩しながらしばらく歩くと森林を抜け平原に出た。
最初にキドロに遭遇しただけで後は魔獣に会う事もなかった。

「あ、あそこに見えるのって街じゃない?」

遠くに何か建物らしきものがある。
近づいてみるとそれは大きな門だった。

「ここがジュッシェマデルなの?」

俺の問いかけにヴィーナがそうよと頷く。
そして俺たちは大きく開かれていている門を通過した。
この街は高い塀にぐるりと囲まれているという。
夜になると平原に出没する魔物の侵入を防ぐ為らしい。
中に入ると様々な魔族がたくさんいた。
肌の色が違かったり動物が二足歩行している姿だったりキオと同じく耳とシッポが生えていたり。

「ほら聖ちゃん、キョロキョロしていると迷子になっちゃうわよ」

ヴィーナが手を差し出してきて自分よりも大きな手に握られた。
高校生にもなって中身はともかく外見男のヴィーナと手を繋ぐのは気恥ずかしい。
そんな俺に美麗な顔でニッコリと笑いかける。
うむむ。
きっと俺が女の子だったら惚れちゃうかもね。
現に若い魔族の女の子達がチラチラとヴィーナを見ている。

「どうしたの?」
「ヴィーナってもてるだろ?」

からかったつもりで言ったのだが。

「そうね。私の魅力に男も女もメロメロね」

パチンっとウインクをして俺の耳元で甘い声で囁いた。
ゾクっとして首元を竦める。
何だかだ。
うん、何だかとても負けた気がして穴を掘ってそこに入りたい気持ちになった。
その気持ちが握られている手を外そうと引っ込める。
しかしそれは叶う事もなく逆に引っ張られてしまった。

「うう…みんな見てるし」
「手ごときで臆する事なんてないじゃない」

俺の訴えも次の爆弾発言で全てが吹っ飛んだ。

「聖ちゃんと抱き合った中なのに」
「だはーーーー!!!」

違うっ。
いや、確かに俺から抱きついた記憶はあるっ。
しかしその言い方は…。
ヒソヒソと女の子達が目を輝かせて話している。
え?
何で?
困惑してる俺をよそにヴィーナが笑いを堪えながら俺の手をしっかりと握って石畳の道を突き進む。
建物が密集している間を抜けていくと下に行ける階段が現れた。

「この下に闇市があるのよ」

段差のある階段を下りるとそこはさらに大勢の魔族たちが行きかう市場があった。
一本の道の左右に露店があり、通るスペースがそんなに広くないので気をつけて歩かないと ぶつかってしまう。
見た事もないモノが各店で並べられて売られている。
闇市というからいけないものが売られているんじゃないかと想像していたがそんなような 雰囲気はなく売る側も買う側も陽気で明るい。
そんな賑やかな市場をヴィーナは見向きもせず歩き続ける。

「ヴィーナ、ここに用があるんじゃなかったの?」
「そうよ。私たちが用があるのはここ」

とある店の前で足が止まる。
多分何かの生き物だと思われるものが紐でたくさんぶら下がっている。
その下には瓶詰めされたよく分からないものがごちゃごちゃに置いてあった。

「坊ちゃん、何か物入りかい?」
「え?」

いきなり話し掛けられ前を向いた。
頭に長い布を巻きつけているいい感じに歳を取った魔族が太い煙草をふかしている。
大量の煙草の煙を吐き出してニヤリと笑った。
含みのある悪そうな笑みに思わずギュッとヴィーナの手を握った。
キオはのん気にその場にしゃがんで「これ何ですかー?ご主人様ー」なんて言っている。

「オリィが欲しいんだけど」

おっちゃんが顔に垂れている長い布を手で避けて注文したヴィーナをゆっくりと見た。
灰色の目を瞬きもせず煙草を吸って銜えたまま煙を吐きだした。

「何色だい?」
「赤を。血よりも濃い赤を」

ヴィーナがそう言うと低く掠れた声でクククッと笑いながら ニケルを見た後、俺とキオに視線を移した。

「まったくここ何年も顔見ないと思ったら伴侶見つけてガキ2匹かよ」
「違うわよ。私は今でもピチピチの独り身よん」
「まあ、いいさこっちに来な」

親しげに話している二人は知り合いなのか?
店の後ろには建物の裏側の壁だったがおっちゃんが物をどかすと小さい扉が現れた。
俺たちは商品を跨いでその扉の中にしゃがんで入る。
そこは椅子とテーブルがある薄暗い部屋だった。
おっちゃんは違う魔族に店番を頼むと扉を閉めテーブルの下の絨毯をどかした。
何があるわけでもなく普通の木の床だ。
しかしおっちゃんがそこに手を置き何かを唱えるとふわりと模様が光って現れいつの間にか 床が消え地下に伸びる階段が見えた。
どこに続いているんだろ?
おっちゃん、ヴィーナ、俺、キオ、ニケルの順でそれぞれランプを持ち階段を下りると それなりのスペースがある所に着いた。
ランプを掲げて辺りを見るが石で出来ている壁に大きな鏡があるだけだった。
だがこの鏡、汚れているのか姿が映らない。
ニケルが俺と同じようにランプを掲げて鏡を見た。

「これは転移鏡ですね」
「それ何?」
「転位の術と同じく一瞬にして別の場所へ移動できるものです。これは術が使えない者でも 移動が可能で、力の消費もないのがメリットなんですけど、これを作動させるのにはいくつかの 材料が必要でその量により移動できる距離や数も限られてくるんです」
「お、姉ちゃん詳しいねえ」

手にいろいろ持っているおっちゃんが鏡の前に立った。

「この鏡はずいぶん前に廃止されたはずですが」

不審に見るニケルにニヤリと悪い笑みを浮かべた。
そして色とりどりの小瓶を出し鏡にそれを振り掛ける。
次第に鏡がゆらゆらと波打つ。

「廃止されたってこうやって今もあるところにはあるのさ。さーて最後の材料だ。こればかりは 今手元にない」
「大丈夫よ。ここにあるある」
「へ?」

ヴィーナに肩を掴まれおっちゃんの目の前にグイっと押された。
材料って俺!?
ニタリとしたおっちゃんが俺の顔に近づいてくる。
わわわわっ!

「ほう、坊ちゃんレヴァなのかい」
「違います!違います!」

俺がブンブンと頭を振り、手も左右に高速で振って否定している傍からキオが自慢げに言い放った。

「ご主人様は立派なレヴァ様なのです!」

コラー!
空気読めー!

「そんな風には見えないが。まあいい、腕を出しな」

俺は良くないって。
おっちゃんは何やら細い針の付いた筒状のものをケースから取り出す。
まさかそれって注射器ですか?

「最後の材料はレヴァの血が必要なのよ」

だからちょっとだけ我慢してねとヴィーナにお願いされた。
しぶしぶ腕を差し出すと液体を腕にかけられる。
冷やりとしてスースーする。
ヴィーナは針を刺す少し上の腕を強く握りおっちゃんは躊躇いもなくブスっと刺した。
すぐに筒の中が赤い液体で満たされる。
ヴィーナが手を離すと針を抜かれた。
刺されていた所から血がプクリと盛り上がりそれが流れて腕を伝う。
すかさずキオが来てペロリと舐めてしまった。

「キオ!?」
「垂らすなんてもったいないです。傷も塞ぎましたよ」

腕を見ると確かに血が止まっていた。
キオは幸せな顔で口をモゴモゴしている。
大好きなお菓子を食べたような顔だ。
おっちゃんは俺の血を小瓶に移すと量を確認している。

「これぐらいあれば十分あそこまでこの人数が移動出来るだろ」

そう言って鏡に振り掛けた。
するとさっきまで波打っていた鏡が光り出す。
ヴィーナがおっちゃんに礼を言って何かを手渡した。

「それじゃ、行きましょうか」
「行くのはいいですけど、どこへ繋がっているのですか?」

ニケルがヴィーナに尋ねた。
ヴィーナはいたずらっ子のように笑う。

「ラフィータへ」




main next